第145話 お見舞いズ

 王都サンオンに戻って以降、全ての仕事を断り、二か月の間治療に専念することになった。

 その間に色々なことが起こった。

 


 まずは式典。

 これはの黒騎士を退け、キシトル軍を追い払い、民を救った祝典。


 式典はフォレたちが王都に戻ると同時に盛大に行われた。

 だけど、俺だけは怪我を理由に出席を断った。

 その時点で怪我の治療を始めて、まだ二週間程度。

 

 いくらアプフェルや先生が治療をしてくれたとはいえ、そう簡単に右手の痛みは消えず、時折激痛が走る。

 そんな状況で、王侯貴族といったお偉いさんたちが集まるストレスの掛かりそうな式典に参加する気が起きなかった。


 フォレたちには悪いが、彼らはこういった行事に慣れている立場。

 虚像の神輿はみんなに任せよう。

 


 神輿――意図的に行われた盛大な式典。

 そう、これは民衆のキシトルへの不満を逸らすために行われた式典だ。



 まぁ、色々思うところはあるが、ティラのお母さんであるプラリネ女王は現在難しい立場。

 本当だったら、俺も女王を援護するために参加しても良かった。

 でも、まともな礼儀も知らず、繰り返しになるけど怪我のこともあり、粗相をやらかす可能性が高いので参加を見送って正解だっただろう。


 

 その式典後、シュラク村のことが広く伝わり、次々にサンシュメへ来客が訪れる。

 多くは街の人で俺のケガを心配してだった。

 だが、その中には貴族や富豪の連中も混ざる。

 庶民とはいえ、黒騎士とやり合った有名人に唾をつけとこう、というところだろう。

 そこら辺の対応はトルテさんにうまい具合にやってもらった。


 具体的に言えば、貰えるもんだけ貰ってお引き取りを願うという感じ。

 それらの見舞い品を受け取るとあとあと面倒臭いことになると、トルテさんやエクレル先生に忠告された。でも、まぁ、それは、何でしょう……せっかくの見舞い品。お断りするのも失礼だしね。


 彼らが持ってくる品々は高価なものばかりで、これなら多少無茶な自堕落生活をやっても食べていける。

 俺は憧れの食っちゃ寝生活を手に入れたわけだ。


 

 ただし、それらの贈り物はけっこう嵩張るものが多く、とても宿にはおけない。

 そんなわけで、ほとんどをエクレル先生の屋敷に預けてある。

 なので、部屋には貴族たちの贈り物は一つもない。

 あるのは街のみんながくれたお花や女神さまの御守りなど。

 だけど、その中で二つ、かなり高価な見舞い品が混ざる。



 それはある見舞い客と一緒にやってきた。




「久しぶりだな。ケガをしたと聞いたが、思っていたよりも壮健そうで何よりだ」

「大変でしたね~。お怪我の具合は~?」


 町娘の格好をしたティラと黒のシスター服に身を包むアレッテさんが、俺のことを心配して見舞いに来てくれたのだ。


「まぁ、なんとか。エクレル先生の治療のおかげで、あとひと月ちょっとで元通りだそうです」

 俺は包帯に巻かれた右手を二人に見せる。

 ティラは包帯を見た途端に、懐からペンを取り出した。


「うう、そそられるな」

「そそられるなよ!」

「しかし、包帯には落書きをするものだと聞き及んだが?」

「それはギブスを入れた骨折の場合な!」


「ティラさ~ん、ダメですよ~。それよりも、ほら」

「ぐぬぬ、そうだった。仕方ない、渡すモノを渡すか」


 ペンを納め、青い包装紙に包まれた箱を取り出してきた。


「ヤツハよ、見舞い品だ。受け取るがよい」

「横柄な言い方だなぁ」

「なんだ、いらぬのか?」

「いや、いるけど」

「ならば、素直に受け取れ」

「はいはい」


 青い箱を受け取り、早速包装紙を破り、中身を取り出す。

 

「これは……黄金色の宝石?」

 中身は半透明の金色の宝石。

 キラキラ光っていて綺麗なんだけど、宝石というより出店で売ってそうな安物のガラス細工っぽい。

 ティラはその宝石について説明を入れる。


「それは教会の洗礼を受けたマフープの結晶体だ。高純度であるため、黄金に輝く。見た目は少し陳腐だが、魔力を回復する道具としては超一級品だ。これは私とアレッテ、そして母様からの見舞い品だ」

「へぇ~、そんなすごいもんなんだ。って、プラリネ女王も?」

「母様は黒騎士の前に立ち、怪我を負ったヤツハのことを大変心配しておられた。もちろん、私やアレッテもな」


「そっか……」

「さて、そろそろ、城に戻るとするか」

「え、もう?」

「かなり無理をして抜け出してきたからな。あまり長居すると……ピケと遊ぶ時間が無くなる」

「ピケと遊ぶためかよ!」

「なんだ、寂しいのか? ならば、ヤツハも一緒に遊ぶか?」

「いや、遠慮しとく」

 

 俺は左手を振って、断りを入れる。

 二人と仲良く遊んでいる最中に右手に激痛が走ったら、余計な心配をかけてしまう。



 ティラは小さく頷き、席を立つ。そして、扉を開けて部屋から出ていく。

 アレッテさんも立ち上がろうとしたが、俺は彼女を呼び止めた。


「あの、アレッテさん?」

「どうかしましたか~?」

「ティラのことですけど……もう、ピケにバレてますよね? 大丈夫なんですか?」


 英雄祭襲撃の際、あの六龍将軍ノアゼットがティラに対して臣下の礼をとっていた。

 ピケはそのことに一切触れないが、たぶん何となく気づいていると思う。


 俺の心配をよそに、アレッテさんは柔らかく顔を綻ばせる。


「ふふ、子どもたちにとって、友達はただの友達なんですよ~。私たち大人はそれを見守るだけです~」

「そうですか……ピケはすごいなぁ。俺だったら、絶対聞きまくってる」

「それはどうでしょうかねぇ?」

「え?」

「ヤツハちゃんは意外に優しい子ですからねぇ~」

「意外って、それって褒めてるんですか?」

「ふふふふ」


 アレッテさんは笑顔を残して部屋から立ち去ろうとした……が、どういうわけかサササッと戻ってきた。


「すみませ~ん、わすれてました~」

「どうしたんですか?」

「あの、これ~、ジョウハク国からの勲章です~」


 アレッテさんが両手に乗せて見せてきたのは、金でできたメダル。

 メダルには双子の王と、その二人を祝福する女神が描かれてある。

 また、メダルの外側は放射状になった造形が囲んでおり、細かな宝石が埋め込まれていた。

 アレッテさんはメダルに目を落とす。


「本来なら~、式典で授与されるはずだったものです~」

「はぁ、それはどうも……」

「本当は~、私じゃなくてちゃんとした方々がぁ、お宿まで出向く予定でしたぁ。でも~、迷惑そうなので~」

「それは重ね重ね、どうもです」


「ではでは~、ご自愛くださいねぇ~」


 アレッテさんはメダルをベッドの上に置いて、部屋から出ていった。

 俺はぽつんと放置されたメダルを見つめる。


「勲章をこんな扱いでいいのか……ま、大仰な儀礼をされるよりかはいいけど。せっかくだし、勲章は飾っておこうかな。ティラたちがくれた宝石と一緒にね」



 

 ティラたちの見舞いを皮切りに、フォレたちが代わり代わり見舞いに訪れ始めた。

 彼らは式典後も、なんだかんだと行事ごとに引っ張りだこで忙しかったらしい。

 それらが落ち着き、ようやく見舞いに来ることができたと各々口にしていた。



 そして、みんなは示し合わせたかのように、見舞いに訪れては俺にしばらくの休みを申し出ていった。


 

 アマンはジョウハク国より東に住む剣と魔法の達人に会うために旅立つ、と。


「剣と魔法の達人?」

「はい。人身売買の取引を壊滅させた後は、その方にお会いする予定だったので」

「なんですぐ行かなかったの?」

「ふふ、この場所があまりにも居心地が良かったので……ですが、そうも言っていられなくなりました」

 アマンは栗色の瞳に強気意志の籠る輝きを秘める。


「私は強くなりますよ、ヤツハさん。あなたの前に立てるくらいに」


 


 パティはしばらく学園で勉学に打ち込みたい、と。

 

「勉強かぁ。そうだよな、パティは学生だし、本当なら便利屋なんてやってる場合じゃないよな」

「ふふふ、このお仕事はとても楽しいです。ですが、今のわたくしはそれに見合うだけのものを持っていません」

 

 パティは扇子を閉じて、膝元に置き、かなめに埋まる青い玉石を撫でる。


「わたくしの持てる力。魔法、知識、そして財力……全て使い駆け上がるつもりです。待っていてください。すぐにあなたの元へ追いつきもどりますから」




 アプフェルは故郷へ戻る、と


「里帰り?」

「うん、一度戻って、自分というものをちゃんと見つめ直そうかなって」

「え、自分探しの旅的な里帰り? アプフェルって意識高い系だったの?」

「は、何言ってんの? そうじゃなくて、自分の可能性を見出みいだすためよ」

「可能性?」

「うん。魔導だけではなく、違う道も歩いてみようって」


 アプフェルは椅子から立ち上がり、俺を優しく抱きしめた。


「ヤツハ、待っていてね。私はあなたの隣にいる友達だから」


 

 そして、フォレ……彼はエヌエン関所で着ていた旅人の服装に、奇妙な武器をたずさえて部屋へ訪れた。

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