第116話 サシオンの最大の敵

 サシオンは自身の過ちに責を駆り立てられる。

 その姿を目にしたクラプフェンは、一瞬だけ瞳を凍てつかせたが、サシオンに気づかれる前に瞳へ熱を戻した。

 

 冷たき瞳……これに、サシオンは気づいてた。そして、そこに内包されるクラプフェンの心にも。

 しかし、彼は素知らぬ振りをして会話のを進める。



「黒騎士以外であれば、南方の難所『エヌエン関所』で十分対応できるはずだが?」

「はい。ですが、物資に不安が残ります。現在、王都復興のために、物資を供出させている状況。関所に蓄えはあれど、追加は困難。このような状況でキシトルが全軍を上げて攻め込んでくれば、長期戦は不利。関は落ちます」


「兆候はあるのか?」

「間者より、いくさ準備を行っているという報告がありました。マヨマヨとの関係は見えず。戦準備は今のところ小規模のようなので、ジョウハクを目指してか、他国への侵攻なのか判断がつきかねます」


「目的がジョウハク国なら牽制程度とみるべきだが、不安は残るな。いいだろう、私からエヌエン関所に物資届けさせよう」

「サシオンさんが?」

「物資はフィナンシェ家を頼りとさせて貰う。見返りはコナサの森の利権だ」


「ええ、聞きましたよ。あの森に棲むエルフたちの説得に成功したそうで」

「ああ。その説得に成功した者に今回の物資輸送の任を任せようと思う」

「たしか、名はヤツハでしたね。まだ、少女だそうで。信頼に足る人物なのですか?」

「仕事はきっちりこなす。すこし、いやかなり、隙だらけな人物ではあるが、ふふ」



 サシオンはヤツハの何を思ってか、にわかに顔を崩す。

 普段の彼には決して似合わぬ感情の変化に、クラプフェンは僅かに驚きを交える。


「大丈夫なんですか?」

「物資の任程度なら問題ないだろう。私情としてはフォレに経験を積ませたい」

「ふふ、なるほど、そういうことですか。次代の団長。彼のために、ということで。それに……」

「なんだ?」


「エヌエン関所を守る『ケイン』は六龍将軍候補であり、大貴族『パラディーゾ侯爵』の孫にあたるお方。縁を結ばせようというわけですね」

「さて、なんのことか?」

「クス、あなたはフォレに甘い。だが、彼の後ろは真っ新まっさら。今後のことを考えると、少しでも有力者との親交を深めておいた方が良いでしょうしね」



「私が役目を終えた後は、君にもフォレを後押ししてほしいのだが?」

「それは協力者としての頼みですか?」

「いや、友人としてだ」


「本当でしょうかね。ま、フォレの面倒なら構いませんが。そうですね、機会があればみっちりしごいてやるとしましょう」

「あまりフォレをいじめるな。以前、訓練試合で容赦なく叩き伏せたであろう」


「彼が遠慮して本気を出さないからですよ。突いてやれば向かってくるかと思いきや、最後まで抵抗らしい抵抗をしませんでしたし。全く、遠慮が過ぎます」

「六龍将軍筆頭である君の指南だからな。それは遠慮もしよう。だが、今のフォレならば、違うかもしれぬな」



 サシオンは朗らかな笑みに、奇妙な自信を交える。

 それはまるで、自分の息子を自慢しているような態度。

 そんな態度にクラプフェンは笑いを堪えつつ、言葉を返す


「フォレは壁を破りましたか?」


「ああ、破った。そして、歩み続けている」

「そうですか、次の機会が楽しみです。全力で出る杭を打つとしましょう」

「ふふ、君という人間は……。話は以上か。他には?」

「いえ」

「それでは、エヌエン関所へ届ける物資のリストを纏めねば、ふむ」


 

 サシオンはいつもペンを手にする右手を力なく見つめる。

 その様子をクラプフェンは目にして、笑い声を上げた。


「ハハハ、最強と謳われるサシオン=コンベルの最大の敵は書類というわけですね」

「アレには敵わぬ。どうだ、しばらく役目を代わってみるか?」

「私もあなたほどではありませんが書類と戦っていますので、遠慮しておきます。では、先に失礼しますね」

 

 クラプフェンは会議室から出ていく。

 足音が遠ざかり彼の気配がなくなったところで、サシオンは窓から城下を眺めつつ、人前では決して漏らさぬ大きなため息を吐いた。


「はぁ~、紙媒体のしるしがこれほど面倒だとは。しかし、これも役目……戻るとしよう」

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