第112話 英雄眠りし祠
森は背の高い木々が雄々しく茂り、新緑の葉が強烈な夏の陽射しを和らげている。
鮮やかな緑の屋根の隙間から顔を見せる木漏れ日たち。
これだけでは森の内部はとても暗いはず。
しかし、内部はシルフのマフープによって、木々の幹の皺がはっきりとわかるまで明るく照らし出されていた。
木々や草花に囲まれた森の道を歩いていく。
途中で二股に分かれる道を左に進み、村へ到着。
エルフたちの家は大地だけではなく、木々の上にも存在する。
全て、木のみで作られた住宅で、見た目はログハウス。
彼らは木々の上を、まるで地面の上を歩くかのように軽やかに移動している。
皆、金髪で…………剃り込み、パンチパーマ、リーゼントなどのヤンキー姿。
人口は見た感じだけでも千人以上は住んでいそう。
それでも森は王都より大きいらしいから、少ない方だろうか?
ゲームで登場するエルフは貴重種でもっと少ないイメージだったけど、他の森にも住んでいることを考えると、アクタではそうでもなさそうだ。
ガラの悪そうなエルフの一団が俺たちに近づいてくる。
エルフたちは俺に鋭くメンチを切る。
それに対してクレマは強烈な鉄拳制裁を行い、俺を姉御だと説明する。
すると、彼らは襟を正して、両手を腰の後ろに回して組み、九十度のお辞儀とともに謝罪をしてきた。
ノリはついていけないけど、クレマを中心にしっかりとした規律が存在していることがわかる。
彼らに軽く挨拶をして、村の奥深くへと案内される。
奥には、
表面は
そこに木漏れ日が当たると瑞々しい輝きを放ち、心は生命の美しさに震え打ち抜かれる。
大樹からはシルフの力を受けた七色の光沢を持つ、丸い半透明のマフープが絶えず溢れ出している。
しゃぼん玉のようにふわりとした虹の煌めきを纏う大樹は、一つの大きな宝石のように見えた。
その樹木の袂に、緑に覆われた
クレマとともに祠へ近づく。
彼女は祠へ手を差し伸べて、厳かに言葉を口にした。
「ここは、女神コトア様と風の導き手シルフに祈りを捧げる場所。そして、あたいらを救った英雄が眠る場所だ」
「英雄って……えええ、あれがぁ?」
祠の傍には前タイヤが大きく湾曲した黒焦げのバイクが横たわっていた。
そのバイクには、様々な儀式用の飾りつけがされている。どうやら、バイクは
バイクの種類には疎いけど、間違いなく柊アカネのものだろう。
「えっと、クレマ。これは、柊アカネのバイク?」
「ああ、そうだ。火龍に
「死ん、ま、そう。死んだのか。なぜ、バイクをここに?」
「フェックスはアカネさんの相棒だった。だけど、アカネさんはあたいらのために相棒を犠牲にしたんだ。あのとき、気丈なアカネさんが涙を流すところを見ちまった……あたいらにできるのは、アカネさんが愛したフェックスの功績を讃えてやるくらいしかできねぇ」
クレマはフェックスと呼ばれるバイクのボディを優しく撫でる。
良い話なんだろうけど、感動しにくい……。
「祠に祀られた理由はわかったけど、どうして俺を?」
「紹介したかったんだ。フェックスに姉御のことを」
彼女は片膝をついて、フェックスへ語りかける。
「フェックス、この人があたいの姉貴分、ヤツハってんだ。アカネさんにはまだまだ敵わないけど、将来きっといい女になる」
クレマの後姿を通して、バイクに対する思いが伝わってくる。
人にはそれぞれ思いを込める物や形に違いがある。
それなのに俺は、感動しにくいなんて……そう、思ってしまったことを恥じた。
バイクは彼女たちにとって、大切な仲間であり家族。
クレマの隣に立ち、俺も片膝を折り、フェックスに話しかけた。
「初めまして、ヤツハと言います。あんたの大切な相棒だったアカネさんの娘さんやお孫さんは幸せにやってる。もう、アカネさんに聞いてるかもしれないけどね」
「姉御……」
「作法はよくわからないんだ。失礼があったら、ごめんな」
「ふふ、失礼なんかまったくないぜ。大切なのは思いだからな」
「そっか。ありがとうな、クレマ。大切な仲間を紹介してくれて」
「ああ。姉御ならフェックスのことわかってくれると思ったからな」
俺はフェックスに両手を合わせる。
その姿を見て、クレマはくすりと笑う。
「クスッ、アカネさんも祈る時はそうしてたな。もしかして、姉御もアカネさんと同じ?」
「ああ。仲間には内緒にしてるけどな」
「どうしてっ? 仲間だろ?」
「最初は彼らとこの世界に警戒心があってね。今なら、話してもいいんだけど」
「だったら、話せよ。仲間に隠し事されてたら、とっても悲しくなっちまう」
「わかってる。でも、今は別の事情で話せなくなってしまった」
「別の事情?」
「マヨマヨの襲撃……あれのせいで、俺が異世界の者だと知られるわけにはいかなくなった」
「でも、相手は仲間だろ? 話したって腹に納めてくれるだろ?」
「ああ、当然だ。だけど、俺が異世界の者だと国が知ったらどうなる? 今はまだプラリネ女王の威光が輝いているけど、もしブラウニーが実権を掌握すれば弾圧される。その時、俺が異世界人だと知られたら、それを知っているみんなも巻き添えになる」
「でもよっ」
「わかってるっ。みんなはそんなこと気にしない。でも、俺はあいつらを危険に晒したくない。あくまでも俺は異世界人であることを秘め、あいつらを騙していた。それで、いいんだ……」
「姉御の思いはわかる。だけど、あいつらは傷つくぞ」
「それもわかってる。十分すぎるほどにわかってる! でも……クレマ、お前はどれが正解だと思う?」
「え、それは……」
常に、エルフの総長として自信に溢れるクレマの表情が歪む。
俺は卑怯な返しをしてしまったことを後悔する。
「わりぃ。今の質問は忘れてくれ」
「いや、謝るのはあたいの方だ。姉御の思いを察してやれないなんて」
「いいよ、気にすんな。襲撃したマヨマヨを特定して処罰して、政治が安定したら話せるわけだし。いつになるかわかんないけどね」
「姉御……」
そう、いつになるかわからない。
マヨマヨは強大で、政治はブラウニーが生きている限り安定しない。
――だから、早くブラウニーを排除すべき――
頭の中で響いた声。
声は以前よりも明瞭に響き渡る。
俺は声に応えるべく、目を閉じる。
そして、すぐに目を開き、問いかけた。
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