第42話 マヨマヨ

 赤い襤褸ぼろを纏うマヨマヨは、もう一度俺に向かい尋ねてくる。



「なぜ、扱える?」

「え、いや、扱えるわけじゃ。ただ、線が外れたから、くっつけただけで」

「偶然、だと言うのか?」

「ええ、まぁ、そうなるかな」


 マヨマヨは真っ暗なフードの中から目だけを光らせて、じっと俺を見つめている。

 まるで心の中を覗き見られているようで、落ち着かない。

 彼はしばらく無言でこちらを見つめ、目を逸らしたかと思うと、そばに近づいてきた。



 俺とアプフェルは後ろへ足を運ぶ。

 だが、途中で大きな機械に阻まれ、それ以上後ろに下がれなくなってしまった。

 マヨマヨは俺たちのことを無視して、ボックスの中から水晶を取り出している。


「反応を見せるとは……小さいとはいえ、回収すべきか。あまり、無用な動きはしたくないのだが。それに、まさかと思うが、一応……ふむ」


 そう、籠った声で呟き、何故か俺をちらりと見るが、不意に彼の周囲に光のカーテンが降りて、姿を消した。

 空気は一気に弛緩し、俺たちは大きくため息をつく。



「はぁ~、びっくりしたぁ。なんなのあいつ?」

「知らないよっ。マヨマヨから話しかけられるなんて。あんた、何者よ?」

「知らんわっ、それこそこっちが聞きたい! なんで話しかけられたのか?」


「はぁ~。まぁ、いっか。今日は疲れた。とりあえず帰って、ご飯食べよう」

「メシに逃げんなよ。だけど、マヨマヨって何なんだ? いきなり消えるし」

「すごいよね。あの転送魔法。時計塔に張られている結界を簡単に飛び越えて。しかも、魔力の変動を一切感じさせないなんて。エクレル先生でもおそらく無理よ」

「……ああ、そうだな」



 魔力の変動を感じさせない転送魔法――アプフェルはそう語るが、あれは魔法じゃない。

 一応、俺も空間魔法を齧っているから、あれが空間魔法でないことぐらいわかる。

 あれは、技術的な転送。SFに出てくる転送技術のように思える。



(地球の技術を遥かに超えている。あいつは宇宙人か? でも、日本製のエレベーターがあるし、未来人? も~、わけわかんねぇっ)


 わからないことは考えないのが、俺の信条。

 しかし、放置できないことだってある。

 


(くそ、なんだか面倒そうなことになってきた。でも、これらは調べておいた方がいい気がする。特にマヨマヨとは、一度、じっくり話をしないと)


 未知の技術……マヨマヨは俺の知る技術を遥かに超えた存在。

 ということは、男に戻るための方法や帰るための方法を知っているかもしれない。

 

 俺はうつむいて考えをまとめる。

 そこに、アプフェルが覗き込んできた。疑問の声とともに……。


「ヤツハ、どうして笑ってるの?」

「え?」

 

 口元を押さえ、指摘されたことを考える。


(なぜ、笑っているのかって……おそらく、手掛かりを見つけたから。全てを元に戻せるかもしれない手掛かりを……)


 喜びを噛みしめて、俺はじっと黙り込む。

 それをアプフェルは心配そうに無言で見つめている。

 そんな彼女の姿が視界に入った途端、口元から笑みが消えた。


(そうか、元に戻るってことは、みんなと別れることになるのか……でも、地球には家族がいるし……そうだな、これらは全て、可能になってから考えよう。それからでも遅くないはずだ……)





――王都『サンオン』より離れた丘の上



 光のカーテンが降りて、中から先ほどの赤い襤褸ぼろを纏ったマヨマヨが現れた。

 彼が手を前にかざすと、目の前に半透明の画面が現れる。

 画面には、彼とは色違いの黒い襤褸ぼろを纏ったマヨマヨの映像が浮かぶ。

 映像の中の黒いマヨマヨが語り掛けてくる。


「王都に潜り込んだそうだな。あそこには奴がいる。あまり刺激を与えるな」

「わかっている」

「それで、女神の様子はどうだった?」

「大丈夫だ、守護のための眠りは深い。加え、王都のシールドに綻びを見つけた」

「それは重畳。今、虚無の女神コトアに目覚められては、いかに我々であろうと太刀打ちできない。だが、シールドに綻びとは……条件がそろったな。ふふ、英雄祭が楽しみだ」



 黒いマヨマヨは嫌らしく笑い声を漏らす。

 その声を聴いて、赤いマヨマヨは僅かに顔をしかめた。

「…………っ」

「他に何か報告は?」

「ダークエネルギーの欠片を回収した」


 彼はエレベーターの動力源だった赤い水晶を黒いマヨマヨにかざす。

 すると、黒いマヨマヨは責めるような口調を見せた。


「そんな小さな欠片を回収してどうする? 王都で無茶はよせ。下手に動けば奴の不興を買いかねないのだぞ」

「わかっている。しかし、欠片と反応する者がいた。専門的な知識はなさそうだが、我々の概念を知る者。だから、念のために回収したのだ」


「そいつは何者だ?」

「我々と同じ存在だ。だが、いまはまだ、旅人ではない。おそらくは咎人」

「ふん、別世界の高位種め。また、『不要なモノ』を送りつけたか」


 黒いマヨマヨは吐き捨てるように言葉を出す。

 どうやら彼は、笠鷺燎かささぎりょうを送り届けた存在に嫌悪感を抱いているようだ。

 黒いマヨマヨはため息を交え、言葉を続ける。

 


「はぁ……しかしながら、そのおかげで多くの力と知識が得られる。それは女神コトアも同じだが……ともかく、そいつが我らの旅路を邪魔する者でないといいな」

「ああ、そうだな。うまくいけば、我らの協力者になるかもしれない」

「だといいが……」


 黒いマヨマヨは力なく言葉を漏らし、胸元に手を当てる。

「我ら、迷い迷いて迷いざるを得ない旅人に道の幸福を」

「道の幸福を」


 二人は互いに、祈るような言葉を唱え、静かにこうべを垂れた。



 

 赤いマヨマヨは画面を消して、新たに別の画面を浮かべる。

「事前に得ていた情報と姿も性別も違うが、次元係数は同じ。一応、アイツに伝えておくか。笠鷺燎かささぎりょうらしき存在を見かけた、と」

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