第37話 謎の部屋
いまだ、びくびくと跳ねているサダさんを壁際のソファに放置して、俺は賭博場を見回した。
賭博場は俺のイメージしていた場所とかなり違うものだった。
まず、ギャンブルの種類。
賭博場という響きで、丁半博打やチンチロリンなどを想像していたけど、ここで行われているのはトランプっぽいカードを使ったカードゲーム。
詳しいルールはわからないが、ポーカーやブラックジャックの類に見える。
奥にはルーレットのようなものもある。
次に、目が行ったのは客層。
サダさんのように胡散臭い人もいれば、身なりが良い人も混じっている。
庶民と富裕層が入り交じる不思議な空間だ。
皆、賭け事で盛り上がっているが、あまり下品な感じはしない。
彼らの接客をしている店の人たちも身なりがしっかりしており、実に上品な感じ。
女性店員の一部はバニーガールのような格好して、お酒などの飲み物を運んでいる。
リアルケモ耳の女性もいて、ついつい目が惹かれてしまう。
壁際では、真っ黒な服を着た強面の男たちが目を光らせている。
アプフェルも言っていたが、俺も賭博場は荒くれ者だらけの場所だと思っていた。
彼女も想像とは違う雰囲気に驚いている。
「もっと、危険なところだと思ってたけど、そんな感じしないね。店の人も上品な感じだし。女の人はちょっとセクシーすぎる気がするけど」
「客層が男に偏っているからな。おそらく、女性客のほとんどが男の同伴だろうし。俺たちみたいな」
「一緒にしないでよっ。まったく、どうして私がサダさんの女なのよ! このこの!」
アプフェルはぐったりしているサダさんに蹴りを入れて、止めを刺そうとしている。容赦がない……。
俺は視線を二人から賭博場へ移す。
右の壁隅に扉が見える。
おそらく、あれが外から見て回った時に見た裏口。
(うん、あれは?)
別の扉が正面奥に見える。
その扉の前には観葉植物が壁になるように並べられており、見えづらくなっていた。
おかげで、出入りする人たちの姿が見えにくい。
しかし、おかしい……俺が見て回った賭博場の外観から考えて、正面の扉の先には何もないはず。
あったとしても、とても狭い部屋となるが……謎の扉だ。
(気になるけど、まずは賭博場を見て回るか)
「アプフェル。とりあえず、なんか賭け事してくるよ」
「え、なんで?」
俺は彼女の耳元の近づき、サダさんに聞こえないように小声で答える。
「賭博場に来て何もしないなんておかしいだろ」
「そうだけど……ヤツハ、自分が楽しみたいだけじゃ?」
「これはお仕事。別に、賭け事をしてみたいなんて、オモッテナイヨ」
「言葉の最後が棒になってるって。まぁ、一理あるし、ほどほどにしなさいよ」
「わかってるよ。じゃ、またあとで」
「うん、私も適当に見て回ってみる」
俺とアプフェルは二手に分かれて、賭博場の様子を探る。
サダさんは一人ソファで、ゆっくりと休んでもらうことにした。
カードゲームが行われているテーブルに近づき様子を見る。
女性のディーラーが赤い布地の敷かれたテーブルにカードを配っている。
ゲームを見学しながら、周りの様子に目を配る。
特に俺のことを訝しむ者はいない。
時折、ナンパ目的で声をかけてくる奴がいるけど、それは適当にあしらう。
ナンパは非常に鬱陶しい……でも、そのおかげでどんな人間がいるのか把握しやすいという皮肉。
何度かナンパを追い払っていると、身なりの良さそうな坊ちゃんが話しかけてきた。
そいつも同じように追い払う。
彼は残念そうにため息をついて、壁際にいる黒服の方へ向かっていた。
黒服と会話を交わし、何かを手渡している。
すると、別の従業員がやってきて、彼は従業員を伴い、正面にある観葉植物に隠された謎の扉に向かう。
彼は扉の奥に消え、従業員だけが戻ってきた。
俺はゲームを見学する振りをしながら、正面の謎の扉に意識を向ける。
扉には時々、身なりの良い人物が入っていく。
だが、誰も扉から帰ってこない。
実に気になるが、これ以上、カードゲームの見学をし続けるだけというのは怪しまれてしまう。
そんなわけで、ゲームに挑戦してみることにした。
すでに、ゲームのルールは見学の合間に覚えている。
でも、最初は自信ないので、まずは少額から…………少額から始めたはずだったんだけど……。
しばらくして、俺はサダさんが横たわるソファに頭を抱えて座っていた。
「おかしい……こんなの絶対おかしい……」
「どうしたの、ヤツハ?」
声に反応して、力なく顔を上げる。
アプフェルが果物がたくさん盛られた透明なジュースを片手に、俺を見下ろしている。
「アプフェル、聞いてくれよ。最初は勝ってたんだよ。なのに、途中から妙に負け始めて、気づいたら、気づいたら、財布の中身が消えてて……これ、何かの手品? さっきまでお金が入ってたのに……」
「いや、現実みようよ。負けたんでしょ。なんで財布が空になるまでやるかなぁ」
「だって、せめて負け分は取り戻したいと思って。次こそは次こそはと……」
「うっわ、ダメ思考」
「ダメ思考言うなっ。あのさ、アプフェル」
俺はアプフェルの袖口を掴む。
しかし、あっさり袖を振られた。
「嫌よ。お金なんて貸さないから」
「そこをなんとか」
「あんな下手糞なゲームやってる人に貸せるもんですか」
「え、見てたの?」
「うん。まったく、あからさまに感情を表に出してるんだもん。いいカードが来たら喜んで、悪いカードが来たら落ち込んで。あれじゃ、カモにしてくださいって言ってるようなもんよ」
「そ、そんなはずは。俺は極めてクールに振舞っていたはずだ!」
「どこが! ギャンブルってのは駆け引きの妙技よ。あんたには向いてないのかもね~」
と言いながら、アプフェルはパンパンになった財布を見せつけてくる。
「ちょ、おま、何それっ?」
「何って、ちょっとした小遣い稼ぎ。結構簡単ね、ギャンブルって」
「くぅ~、そんなに儲けたんなら、少しくらい回してくれてもっ」
「だから、負けるとわかってる人に貸せないって」
「ううう、じゃあ、せめて、今週の生活費を貸してくれませんか? このままだと飢え死にしちゃう」
「はぁ~、しょうがないなぁ。いいけど、お店出てからね」
「くそ、信用ねぇなぁ」
「一応、聞いとくけど……」
アプフェルは俺の手を引っ張ってソファから立たせ、耳元で囁く。
「ヤツハ、サシオン様から頂いた支度金までつぎ込んでないよね?」
この問いに、俺は涼やかな笑いを返す。
「…………フッ」
「フッ、じゃない。つぎ込んだのっ?」
「まだ、ちょっと残ってるし! それに、ほら、支度金って調査費的な意味も含まれてるんじゃ?」
「たしかに、そういう意味合いもあるかもね。でも、ば~か」
「バカ言うな。負けて傷ついてる人に向かって」
「はぁ……やっぱり、私の仕事料なしにしようか?」
「それはできない」
「なんでよ。人に生活費をねだる状況なのに?」
「能力に応じてしっかり支払いをしないと、今後、別の人と一緒に仕事をするときに軋轢を生むじゃん」
「軋轢って、別に私は」
「もちろん、アプフェルが文句を言わないのはわかってる。でも、アプフェルがタダで仕事して、他の協力者には賃金が発生するなんておかしいだろ。その人の性格にもよるけど、変なうしろめたさを抱えられても困るし」
「そういうことなら、受け取るけど……こんな立派な考え持ってるくせに、ギャンブルに狂うなんて、はぁ~、本当にバカなんだから」
「お願いだから何度もバカバカ言わないで。俺が一番わかってることなんだから……」
「本当にわかってるならいいけど。まったく、ほんと見た目はいいのに、中身は残念ねぇ」
「うっさい。だけど、一応調査で気になる点は押さえてるぞ」
「奥の扉?」
「アプフェルも気づいてたんだ」
「まぁね。お金持ちそうな人ばかりが入っていくからね。でも、賭博場の視察という名目がなかったら気にならなかったかも」
「ああ、かもな」
大勢の人たちがギャンブルに熱狂する。
その中で影に隠れるように、謎の扉へと人が消えていく。
一体、あの扉の先には何があるのだろうか?
扉や、その先に消えていく人たちのことは、あまりはっきりと隠しているようではない。だが、黒服や従業員に聞いていいものか悩む。
そこで、泡を吹いてソファで眠っているサダさんの姿が目に入った。
「サダさん、サダさん。いつまでも寝てないで、起きなよ」
「あびゃ、びゃ、びゃ……うう、う~ん、あ、あれ、ヤツハちゃん?」
「おはよう、起きた?」
サダさんはソファから半身を起こして、辺りをキョロキョロと見回す。
「あれ……そっか、ヤツハちゃんたちと賭博場に来て……なんで、俺寝てるんだ?」
この様子……サダさんは電気ショックで記憶が飛んでしまったらしい。
さすがにやりすぎだろと、アプフェルをジトリと見る。
彼女は慌てた様子でサダさんに話しかけた。
「も、もう~、サダさんったら、だからお酒の飲みすぎはいけないって言ったのに」
「あ、ああ、そうかぁ。飲みすぎて寝ちゃったのね。ごめんね~、アプフェルちゃんにヤツハちゃん。おじさん、迷惑かけちゃった」
「う、ううん、気にしないで、これくらいのこと」
アプフェルはいつになくサダさんに優しい。
どうやら、自分のやったことを無かったことにするつもりだ。横たわるサダさんに蹴りまで入れて、止めを刺そうとしたくせに……。
でも、サダさんの様子を見る限り大事はなさそう。なので、さっそく彼に疑問をぶつけてみることにしよう。
「あの、サダさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「うん、なになに? おじさんの嫁になる話?」
満面の厭らしい顔を見せて、ニカリと歯を見せる。
止め、刺されていればよかったのに……。
嫌悪感を抑えつつ、気持ちを切り替えて質問の続きをする。
「そうじゃなくて、奥に扉があるじゃん。あの扉って何?」
「扉? あ~、あれね。VIP御用達の部屋だね。あの部屋ではここじゃ考えられないような、高額な賭け事が行われてるって話だよ」
「ふ~ん、なるほど」
俺が納得の声を上げると、アプフェルも同じような態度を見せる。
しかし、それじゃあ説明がつかないことを俺は知っている。
賭博場の構造上、扉の部屋はかなり手狭。
なのに、あの部屋に入った者は誰一人出てくる気配はない。
ということはつまり……。
(どこかへ繋がっている。しかし、どこに? どうやって?)
扉を睨みつけながら、先にあるモノを考える。
アプフェルは俺の様子がおかしいことに気づき、話をかけてくる。
「どうしたの? 何かあった?」
「いや、何でもない。今夜はこれで十分かな」
「そう? じゃあ、最後に軽くジュースを飲んで帰ろっと」
「お前、ジュース好きだなぁ」
「まぁね、果物やフルーツ系の飲み物やお菓子には目がないのよ」
「ふ~ん。俺も一杯貰おうかな」
トレイに飲み物を乗せて運んでいるケモ耳のお姉さんから、透明なジュースを二つ貰い、飲み終えたアプフェルのグラスを返す。
「じゃあ、アプフェル。今日はご苦労さんということで、ありがとう」
「いいって。私もなかなか面白かったし」
互いにグラスを軽くぶつけて、ジュースを口にした。
そこで、扉の疑問が解消する。
(へぇ~、透明なのに味は柑橘系か。見た目は水なのに……水? 水だと!?)
謎の扉にキッと視線を向けて、口元を緩める。
(なるほど、部屋の先に道はあるのか)
俺は踵を上げて、地面を数度踏む。
「じゃあ、帰ろうぜ、アプフェルっ」
「ええ、そうね。でもなんで、そんなに上機嫌なの? 負け込んだくせに」
「うっさい、それに触れるな。ほら、帰るぞ」
「もう~、待ってよ。生活費、貸してあげないよ~」
俺とアプフェルは賭博場を後にする……その背後から、しょんぼりなおっさんの声が響いてくる。
「おじさん……まだ、何も遊んでないんだけどなぁ……」
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