第34話 地下水路

 ある昼下がり。

 サシオンからの依頼をこなすため、配達の帰りのついでに、裏通りで街の人たちから話を聞く。

 誰に話を聞こうかと物色していると……ちびっ子どもに絡まれた。



「ヤツハ~、ま~た仕事さぼってんの~?」

「サボってねぇよ!」

「ヤツハおねえちゃん、知らないよ。あとでピケちゃんから怒られても」

「だから、サボってないって」


 この子たちは子守りの依頼で出会った子どもたち。

 仕事抜きにしても、たまに遊んでやっているから、街で出会うと高確率で絡まれる。

 

 口の悪い男の子の頭をグリグリ押さえながら、自分の変化と成長に驚く。

(子どもは苦手だったのになぁ。すっかり、付き合い方がわかってしまった)


 子どもたちは思った以上にたくましく、多少の無茶をしても平然と受け入れる。

 もちろん、ケガをさせるようなことは絶対にしない。

 中には繊細な子もいるので、そういう子には言葉優しく接する。

 もっとも、この子にそんな必要はないけど……。



(ふふ、昔の俺もこんな感じだったっけ? いや、そうでもないか?)

 ここまでやんちゃではなかった気がするけど、なんとなく男の子に親近感を覚える。


 男の子は、頭を押さえられながらも負けじと声を出す。

「ヤツハ~、暇なら遊ぼうぜ」

「こう見えても暇じゃないんだよ。また、今度な」

「おねえちゃん、ちょっとだけでも~」


 女の子は少し目を潤ませてせがんでくる。まだ幼いというのに、なんという魔性。

 さて、どうしようか……と、思っていると、通りがかりのおばさんが助け舟を出してくれた。



「こ~ら、あんたたちっ。お仕事の邪魔をしない。ヤツハちゃん、困ってるでしょ」

「ちぇ~、仕方がないな。今回は見逃してやるよ」

「あ~あ、一緒に遊びたかったのに」


 子どもたちは諦めて、どこかへ歩いていく。

 その子どもたちにおばさんは、ちょっと気になる注意をする。


「あんたたち、人気ひとけのないところで遊んじゃ駄目よ。最近は怖い人たちがいるんだから。知らない人にさらわれるよ」

「「は~い」」


 子どもたちは返事をして、広場の方へ向かっていった。

 俺は今の注意について尋ねる。


「今の、何です? 怖い人たちとか人にさらわれるとか?」

「それがね、数か月前から王都周辺で人さらいが頻発しているんですって。さすがに王都内では起きてないけど、一応ね。ヤツハちゃんも気をつけなさいよ」

「ええ~、ひどい話だな。気をつけときます。どうもです」


 おばさんに頭を下げて、聞き込みを再開。

 


 しばらく適当に歩いていると、あるおじいちゃんの姿が目に止まった。

 そのおじいちゃんは毎日同じ場所でパイプを吹かせながら、通りの邪魔にならない縁石に座り、街を眺めている。

 

 いつもなら特に話しかけることもなく通り過ぎていく。

 だけど、今日は聞き込みのこともあり、それにおじいちゃんが何となく話しかけやすい雰囲気を纏っていたので、話しかけてみることにした。



「こんにちは、おじいちゃん」

「うん? おや、こんにちは。ヤツハちゃん、だったかな?」

「え、知ってるんだ」

「この東地区では有名人だからね。お嬢ちゃんのことを知らない人間なんていないだろう、ほっほっほ」


 おじいちゃんは顎にたくわえた真っ白なお髭を撫でながら笑う。


「それでお嬢ちゃん。わしに何ようかな?」

「あ、えっと、おじいちゃんはいつもここに座って街を眺めているから、何をしてるのかなって?」

「なんだ、そんなことか。わしはみんなを見てるのさ」

「みんなを?」


「見なさい。いろんな人たちがいるだろう。みんな、それぞれ色の違う人生を歩んでいる。多くの色が重なり合う風景は、とてもとても綺麗で楽しく、面白い」


「はぁ、わかるようなわからないような」


「お嬢ちゃんもいつか分かる時がくる。今はがむしゃらに走り続けなさい。わしも若い頃はがむしゃらだったからのぉ」

「昔は何を?」


「色々さ。配達をしたり、野良仕事をしたり、魔物を狩ったり、商売をしたりね。最後は王都の水路の整備に落ち着いたよ」

「水路?」



 白髭のおじいちゃんはパイプを咥え、ゆっくり一服を挟み、実に興味深い話をしてくれた。


「ふ~。王都の地下には地下水路があってね、上水道と下水道が張り巡らされていて、巨大な迷路のようになっているんだよ」

「へぇ~。あの、下水道の意味は分かるけど、上水道ってどんなところで役に立ってるの?」

 

 

 上水道と言えば、生活用水。つまりは飲料に適した水だ。

 日本ならば、各家庭の蛇口に届けられて、ちょいと捻れば水がいくらでも手に入る。

 しかし、王都『サンオン』には蛇口なんて存在しない。

 だから、上水道がどんな役目をしているのか気になった。

 

 

 おじいちゃんは軽く笑い声をあげて答えてくれる。


「ふぉっふぉっ、な~に、いつも使っておるじゃろ。井戸だよ。あちこちにある井戸水は上水道から届けられて、井戸の下にある貯水槽に溜まっておるのさ」

「ええ~、あれって湧き水じゃなかったのっ!?」


「ああ。王都の地下には整備された川がいくつも流れておる。川の水はとっても清らかで、その水は上水道を通って、各地区、各場所に届いておるのじゃよ」

「地下に整備された川かぁ。すっごい話。じゃあ、おじいちゃんはその地下水路の整備をしてたから、王都の地下道はお手の物って感じなんだ」


「いやいや、さっきも言ったが、王都の下は巨大な迷路。わしが分かるのは自分の仕事をしていた場所だけじゃよ」

「じゃあ、どこまで広くて、どこに繋がっているかわからない場所もあるんだ」

「そうさね。噂によると城の内部に繋がっている道もあると言われてるねぇ」

「城、か」



 城といえば、秘密の隠し通路。定番中の定番。

 何の証拠もないが、城にはいざという時の脱出路が用意してあるような気がする。

 地下が巨大な迷路になっているのならば、脱出路としては打ってつけだし。


 

 それにしても、地下中を張り巡らしている上下水道とは――正直恐れ入った。

 ここサンオンは日本と比べて、あまり整備されていないように感じていたので。

 

 とはいえ、街にある家の様式や馬車程度の乗り物から、そんな設備があるような文明レベルを感じない。

 上下水道の設備は彼らの持つ技術水準を上回ってる気がする。

 

 となると、この設備は城や城壁と同じく、女神様とやらの贈り物なのかも。それとも、とんでもない天才が過去にいたのか?

 

 俺は上下水道のことを深く考える。

 すると、意識がくうを飛び、真っ暗な空間に浮かぶ、箪笥と引き出しの光景が現れる。


 


 引き出しを開け、水道の歴史に触れて、その歴史の古さに驚いた。

 なんと、下水道は紀元前三千年頃の古代インドの都市、モヘンジョ=ダロに存在していた!

 たしかに学校で習った覚えがある。

 実際、引き出しの中では、ボーっと世界史の授業を受けている俺の姿が映っている。


 教卓の前で先生が、教科書には載っていない水道にまつわる話をしている。

 教科書ではインダス文明のモヘンジョ=ダロだけが記載されているが、それよりも古い、紀元前五千年頃のメソポタミア文明のバビロンなどでも下水道があったと。


 

 先生は眠そうな生徒のことなんか気にもせず、饒舌に語っている。

 先生、ごめん。あの時はぜんっぜん興味なかった。

 

 話は日本の下水の話や上水の歴史へと移る。


 

 日本では、し尿を農作物の肥料として利用していたので、あまり川に流すようなことはなかった。

 それによって、下水道設備の整備が遅れた原因になっている。

 しかし、下水道の概念は弥生時代には存在しており、排水路などが整備されていた。

 奈良時代には平城京に大規模な排水路が整備されて、安土桃山時代の大阪城の城下町には、『太閤下水』と呼ばれる下水道が整備されおり、現在でも一部が使われている。


 

 上水道も古代ローマには存在しているし、日本においても十六世紀半ばに、小田原城下の飲用に小田原早川上水が整備されている。

 また、ポンプなどがない江戸時代には、高低差のみで水を運ぶ給水システムを作り上げていた。

 これには高度な測量技術が必要と。



 ……俺は、昔の文明を舐めていた。

 サンオンの地下施設がどうなっているか知らないけど、上下水道は大昔の文明でも作れるものらしい。

 ならば、この世界にだってできるはずだ。 


 

 

 俺はおじいちゃんに話を聞かせて頂いたことへの礼を述べる。


「すっごい、面白かったです。ありがとうございました」

「いやいや、たいしたことないよ。わしも若いころの自分の娘と話をしている気分で楽しかったよ」

「はは、娘ですか。娘さんは王都に?」

「ああ。気がつけば孫も生まれていてね、月日とはあっという間だねぇ」


「お孫さんかぁ。お年は?」

「もう五才になるね。英雄祭では一緒に祭りを回る予定じゃよ」

「そうですか。ふふ、それは楽しみですね……では、そろそろ、失礼します」

「よかったら、また遊びにおいで。次くるときは、何かお菓子でも用意しておくから」

「お菓子かぁ。それは嬉しいなぁ。じゃあ、またね、おじいちゃん」

「ああ」



 おじいちゃんと別れて、裏通りを歩きつつ途中にある屋台で、たくさんの具が入ったピロシキみたいなパンを一つ購入。

 屋台のおじさんは可愛いお嬢さんにおまけだよ、と言って、パンをもう一つおまけしてくれた。

 

 ――美しさとは罪だ。

 俺のような少女がおじさんをいとも簡単に魅了させてしまうなんて……っと、いかんいかん。中身が男であることを忘れては。


 パンを片手に裏通りの奥へと歩いていく。

 事前に得ているサシオンからの情報と最近の聞き込みで、違法賭博場の場所はわかっている。

 だから、そこを目指す。

 

 

 賭博場は裏通りの目立たない片隅にある食事処。

 一見、何の変哲もないお店。

 だがそれは、朝から夕方までの話。

 日が沈むと、店の奥は賭博場に変わるらしい。


 店の大きさを測るために、パンをかじりながら周囲を歩く。

 食事処の奥は賭博場だからか、縦長で奥行きがある。

 裏には小さな出入り口があった。

 

 ここは違法賭博場。出入り口は目に見えるところだけではないと思うけど。

 しかし、ここでパンを食べ終えた。

 これ以上、ウロチョロするのは良くない。


 賭博場から離れ、宿屋サンシュメへ帰る。

 午後からはフォレの剣のしごきが待っている。

 はぁ~、随分と働き者になったな、俺は……。

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