第32話 女性になるということは……

 エクレル先生の屋敷に出向いた日より、俺は剣や武術、そして、魔法の訓練を受けることになった。

 フォレの見立てでは、俺には剣や武術の才能が有るらしい。

 武術についてはフォレも基本的なことしか教えられないので、いつかしっかりとした武道家に学んだ方がいいとアドバイスされた。


 そして、魔法……。

  銀の卵の儀式シルヴィグライトによって、俺には空間魔法の才能があることがわかった。

 卵の中には元々、魔法を形成する素、マフープとやらが満たされている。

 空間魔法の才能がある者は、卵の中のマフープを消してしまうらしい。


 

 空間魔法――この魔法、俺にとって重要なものになるはず。

 なぜならば、あの狭間の世界に戻れるかもしれないからだ。

 そこから、あの世。そして、現世……地球への道を作る。

 その前に男の体に戻る必要があるけど、思いがけないところで地球に戻る希望が見えてきた。

 空間を操る魔法、これは絶対に会得しないと……。

 

 余談になるが、火の魔法の才能のある者が儀式を行うと、卵から火や溶岩なんかが出てくるそうだ。

 ずば抜けた癒しの才能を持つ者からは、ヒヨコが生まれてきたりするらしい。

 火はともかく、生命を産むのはすごすぎないか。



 何はともあれ、俺はフォレとエクレル先生の下で戦うすべを学んでいく。

 まずはフォレより基礎体力の向上から始まり、剣や武術の訓練。

 エクレル先生からは魔導学。基本的となる火・水・風・土・癒しの術を学ぶ。


 仕事をこなしつつ、毎日のように訓練、訓練、訓練。

 今のところ、サシオンから難しい命令は受けていない。街で困っていることを聞いて報告書にまとめるくらい。

 あとは、いつもの清掃や配達など。

 それでも、かなり体に堪える。


 


 そうして、十日が過ぎた……。

 気が付けばアクタに来て、ひと月が経ってる。つまり、十五歳を迎えたというわけだ。

 迎えたから何か起こったかというと、何もない。

 記憶喪失をうたっている以上、誕生日だと人に言うわけにも行かないし。

 ま、地球でも家族以外の誰かに祝われるなんてことなかったし……寂しくなんてないよっ。


 

 そんなことよりも、今日は久しぶりに仕事も訓練もない朝。

 気持ちを切り替えて休息を楽しもう。

 ベッドから半身を起こして背伸びをする。だけど、なにやら体調がおかしい。

 頭がぽわぽわしてて、億劫な感じ。


 連日の無理がたたり、風邪でもひいたのだろうか?

 ベッドのそばにある机に目を向ける。

 そこには小さな鏡を置いている。

 鏡に映る薄い緑色のネグリジェを着ている自分を見て、改めて女であることを認識する。



(さすがに見慣れたけど、ほんとに女なんだよなぁ。ま、女であってもそんなに不便じゃないからいいけど。ただ、恋愛沙汰を考えると軽い鬱だねぇ……)


 見た目少女だが、中身は男のまんま。

 つまり、恋愛対象は女。

 こちらの世界が同性愛にどこまで寛容かわからないけど、昨今理解の進んだ地球でも、まだまだ好奇の目に見られている。 

 あまりこちらの寛容さに期待しないほうが無難。


「ふあ~あ、なんかしんどいけど起きるかぁ」


 欠伸を交え、もう一度背伸びをする。

 気だるいが一階の食堂ではトルテさんとピケが朝食を用意してくれているはず。

 起きなければ……。


 足をベッドの下に投げ出し、床に置いてある靴に足を通して立ち上がる。

 そこで、下着が湿っている感覚を覚えた。まさか、いい年してオネショかと思い、ネグリジェをたくし上げる。

 すると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 

「えっ? う、嘘、これって……」



 生まれて初めて見る光景に衝撃を受けて、パニックに陥る。

 そこにノックの音が響いてきた。


――コンコン

「おねえちゃん、起きてる? ご飯できてるよ」


 なかなか起きてこない俺を心配して、ピケが起こしに来てくれたようだ。

 俺は混乱を無理やり胸に収めて、扉を小さく開き、顔を半分だけ見せた。


「ピケ、悪いけど、今ちょっと」

「どうしたの、気分悪そうだけど? 風邪? お腹痛いの? お母さんにお薬貰ってくる?」

「いや、大丈、いや待った。トルテさんを呼んできてくれるか?」

「うん? いいけど、病気?」

「ま、まぁ、そんなところ。なので、お願い」

「わかった、すぐに呼んでくるね」


 その後、トルテさんに相談して対応方法を聞き、事なきを得た。

 彼女は『来るのが遅かったんだね』と優しく微笑んでいたが、その優しさを受け取る余裕なんて全くないっ。

 女の体は不便じゃないと言ったが、それは撤回する。

 こんな現象がおよそ月一で来るなんて、なんと恐ろしいことや。

 性が変化する意味を甘く見ていた。男と女とでは全く違うのに……。

 とてもじゃないが、今起きた事実を受け止めきれない。

 

 目標の一つに、できれば男に戻りたいと掲げていたが、目標のレベルを格上げ。

 絶対、男に戻ってやると心に強く誓った。




――サンシュメ一階・食堂



 宿屋『サンシュメ』にある一階の食堂の開店時間はお昼から。

 朝の間は宿泊客のみが利用している。

 そのため、店内は混雑することなく、非常にゆったりとして食事を楽しむことができる。

 

 朝からとんでもない目に遭ったが、トルテさんのおかげで心ゆるび、俺も食堂のカウンター席で食事を楽しんでいる。

 テーブルに並ぶ料理は朝食のため、パンやスクランブルエッグといった簡単で軽いもの。

 もちろん、朝からガッツリ食べたい人はトルテさんに申し出ればいくらでも用意してくれる。


 俺も普段なら朝から肉を頬張っているが、今日は食欲が湧かないので普通の朝食。

 食事を終えて、何となしに人差し指をピンっと立てて、指先に小さな炎を浮かべた。

 いわゆる、魔法というやつだ。

 この十日間の厳しい訓練のおかげで、簡単な魔法なら使えるようになっていた。

 ゆらゆらと揺れる炎を瞳に灯して、初めて魔法が使えたあの日のことを思い出していく。

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