第27話 口は災いの元

――宿屋『サンシュメ』・昼下がり。



 客のピークは去り、食堂内は徐々に落ち着きを取り戻していく。

 ここで一息入れたいところなのに、俺は声を荒げてお盆を振りかざしていた。


「このおっさんはぁぁぁ~っ!」

「いや~、ヤツハちゃんのお尻はいつ触っても柔らかいね~」

「そりゃ、硬かったらびっくりするわって、そこじゃねぇよ!」


 俺はテーブルに乗るフォークに手を伸ばしていく。

 それに気づいたサダのおっさんは慌てるように懐から食事代を出してテーブルに置いた。


「お~、こわいこわい。んじゃ、さっさと部屋に戻りますかぁ」

「さっさと戻れっ。だけど、代金が足りねぇぞ」

「ん? ひい、ふう、みい……あってるよ、ヤツハちゃん?」

「俺の尻触り代がない。一回につきヴィナ銀貨一枚な」



 ヴィナ銀貨とは、三種類ある銀貨の一つで四角の形をした銀貨。

 価値は銀貨の中で二番目。

 感覚的価値観だけど、日本円で五千円くらいとみてる。


「ちょ、ちょっと、ヤツハちゃ~ん。そりゃないよ~」

「はぁ~、安いもんだろ。乙女の尻を揉んでたったヴィナ銀貨一枚だぞ。因みにトルテさんからも許可とってあるから、ここで払わなくても宿代から差っ引かれるからな」


 サダのおっさんには何を言っても無駄だから、金銭的な責任を負わせることにした。

 これなら、少しは懲りるだろ……と、思いきや。


「つまり、金さえ払えば許されるわけってことだ。いいねぇ~。そうだ、胸はいくらだい?」

 厭らしく顔を崩して、両手を前に空気を揉みしだく。

 このおっさんは結構金を持っているらしいから、あまり堪えないと見える。

 ならば、次の一手を打とう。


「仕方がない、奥の手を切ろう。アプフェル先生、お願いします」


 

 カウンター席で果実ジュースを飲んでいたアプフェルはすっくと立ち上がり、魔導の杖を片手にこちらへやってきた。


「サダさん、懲りずに女の子にちょっかい掛けてるって?」

「う、あ、アプフェルちゃん……」


 アプフェルの姿を目にしたサダのおっさんは背を仰け反らせる。

 この二人は一昔、何か悶着があったらしい。

 ピケから聞いた話では、おっさんがアプフェルの尻を揉んで、特大の雷を落とされたとか。


 

 アプフェルは言葉をわざとらしく間延びさせながら徐々に力を込めていく。


「ヤツハから~相談受けてさぁ、友達だしぃ~力を貸すことにしたの~。じゃあサダさん、前と同じように痺れさせて、あ・げ・るっ」


 彼女が右手に持つ杖に魔力を込めると、バチバチと電流が走り始める。

 どうやら、特大の雷は比喩ではなく、まんまの意味だったみたいだ。


「ア、アプフェルちゃん。ちょっと落ち着いて。おじさんが悪かったから!」

「悪いとわかってて、やってるんだぁ。これは重罪ね」

「ほんとやめてっ。心を、心を入れ替えますから!」

「それ、前にも聞いたっ。魂まで焦がしつくして、反省しろっ!」


 杖にほとばしっていた電気は先端に集まり、バレーボールほどの雷球を生んだ。

 耳をちりちりと焼く電流音……これ、サダさん死ぬんじゃないの?


 さすがにやりすぎな気がする。

 死なれちゃ目覚めが悪いので、アプフェルに声を掛け、止めようとしたところに、若い男の声が響いた。



「失礼、ヤツハさんはいらっしゃますか?」


 その声を聞いた途端に、アプフェルは雷球を消して、顔をそちらへ向けた。

 サダさんはこれ幸いと、背を丸めて子虫のようにカサカサと宿の階段を駆け上がっていく。


 なんだかうやむやになってしまったが仕方がない。

 これでサダさんも少しは……無理かなぁ~。


 サダさんのことは置いといて、俺も声の聞こえた宿の玄関に顔を向けた。



「フォレ、何か用?」

「はい」

 重く低く短い返事――あまりいい要件じゃなさそうだ。

 しかし、アプフェルはそんな雰囲気お構いなしにフォレへ話しかける。


「どうしたんですか、フォレ様? ヤツハに何か用で? ヤツハが何かしたんですか?」

「そういうわけではありません。少し込み入った話がありまして」


 フォレはやんわりと笑い、アプフェルの言葉を否定する。

 てゆーか、なんで、俺がやらかしたこと前提なんだ?

 それはともかく、先ほどの返事と込み入った話……厄介事の匂いがする。



「フォレ、その話は、ここで食事をしながらってわけにはいかないんだ?」

「はい、ヤツハさんへ用向きがあるとの、サシオン団長の言付けを届けに参りました」

「サシオン団長が? ん、何かやったっけ?」


 頭を捻るが、騎士団に捕まるようなことをした覚えがない。


(いや、もしかしたら、知らずにとんでもないことをやらかしたのかもっ?)


 思い当たる節は何もないけど、不安で体がそわそわしてしまう。

 震える俺の肩に、アプフェルがポンッと手を置く。


「素直に白状した方がいいよ。友達のよしみで減刑の嘆願書出してあげるから」

「何もしてねぇよっ!」

「だったらなんで、そんなに怯えてんのよ?」

「いや、なんとなく。団長に呼ばれる理由が思い当たらな……あっ」


 

 何日か前に、東門で話した交通規制の話を思い出す。

(まさか、アイデアに何か不備があり、責任を取れとかいう話じゃ……余計なこと言うんじゃなかったっ!)


 冷や汗を顔中に流して、どんな責任問題が発生しているのかと焦る。

 その焦りをフォレは感じ取ったようで、首を横に振りながら言葉を出す。


「例の件は順調ですよ」

「ほっ、そうかよかった……」

「例の件? ヤツハ、何かしたの?」


 アプフェルは好奇心を瞳に宿らせて、俺を見ている。

 フォレが俺に向かって小さく口を開こうとしていたが、俺はわかっていると小さく頷き返す。

 さすがに規制案の出元が、名も知れぬ町の小娘じゃ不味い。

 そういうわけで、アプフェルには内容をぼかして伝える。



「ちょっと、団長の悩み事に知恵を貸しただけだよ」

「ええ~、サシオン団長の~? あんたに貸せる知恵なんてあるの?」

「失礼なやっちゃ。フォレ、何か言ってくれ。あの場にはお前もいたんだから」

「ええ。些細なことですが、ある件で団長にお知恵を貸して頂いたのです。おかげさまで無事に解決しました」

「へぇ~、あの団長が悩みねぇ。しかも、ヤツハの知恵を借りるなんて」


 アプフェルは訝しげな表情をしたまま、視線を俺とフォレに行ったり来たりさせている。

 これ以上余計なことを詮索される前に、団長の下へ向かった方がよさそうだ。


「わかった、フォレ。トルテさんに許可を貰ってくるから、表で待っててくれ」

「わかりました」




 トルテさんに仕事を抜け出す許可をもらい、サシオン団長の屋敷に向かう。

 道中、フォレに話の内容を尋ねるが、彼は団長から直接聞いてくださいの一点張りで、全く話してくれない。

 しかし、フォレが見せる陰のある表情がから、好ましくない事態が起こっていることは容易に予想がつく。



(はぁ~、何が起こっているのやら……なんにせよ、サシオンから話を聞いてからになるか)

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