第四章 運命の歯車は音もなく回り始める

第21話 いろんなこと

 異世界『アクタ』へ訪れて、一週間が経った。

 一週間の間に、フォレからこの世界のことについて色々尋ねようと思ったが、それはやめておいた。

 

 記憶喪失の振りをしながら聞き出すには相手が悪い。

 フォレは人当たりが良く、頼りがいのある男なのだけど、その反面、どこか疑い深く、他者との間に溝があるように感じる。

 

 確証はないが、それは騎士団の副団長としてというよりも、彼個人の性格によるものだと思う。

 

 何か理由があり、簡単には心を許さない。

 

 俺にも同じようなところがあるから、それはなんとなく感じることができる。

 そのような人物を相手に下手な質問をすれば、記憶喪失の振りをしていることを見抜かれそうな気がする。

 


 もっとも、見抜かれたからといって何か問題があるのかというと……それはわからない。

 

 実は地球という異世界からやってきました。

 と言ったら、みんなはどんな反応を見せるのか?

 別の世界から来た俺をこちらの世界の人々がどう扱うのかわからない以上、もう少しの間、様子をみておいた方がいいだろう。


 

 そんなわけで、警戒心の高いフォレに質問はできない。

 その点、アプフェルは警戒心の欠片もないので、情報を得るのは非常に楽だった。

 アプフェルから聞き出した情報は基本的なこと。

 いくつかは以前得た情報と被るが、こんな感じだ。


 


 世界の名前は『アクタ』。

 世界の始まりとなる内容は、『女神コトア』が世界を産み、六大精霊がなんやらかんやらだそうだ。

 

 ざっくりと宗教観及び世界の成り立ちを説明すると、女神コトアは変化を尊ぶ神で、いろんな種族を作ったけど、みんな落ち着きすぎなんで、最後に人間作ったら暴れすぎでびっくらこいた。

 

 でも、面白いからグッジョブ。あとは君たちに任せた。

 私はどこかでみんなを見守っているね。

 という、なかなか愉快な女神様らしい。

 一応付け加えておくと、俺が受け取った印象と言っておく。


 また、アプフェルとの宗教話の中で、かなり奇妙な印象を受けた部分がある。

 それは数日前の宿屋サンシュメで、俺が女神コトアを創造主と呼んだ時だった。



――――――


「じゃあ、コトア様は創造主ってわけか」

「そうぞうしゅ? なにそれ?」

「なにって、世界を創った神様、創造したあるじだから、創造主じゃないの?」

「はぁ、なるほどねぇ。初耳だけど、面白い単語。でも、コトア様をそんな風に呼ぶ人なんていないのに、ヤツハはどこから創造主なんて単語を?」

「え……どこって……」

「あ、ごめんなさい。記憶がないんだっけ。だけど、創造主ねぇ。言われてみれば、世界を創造した主という言い方もあるよねぇ。でも……」


 アプフェルは果実のジュースをコクコクと飲みながら、初めて聞く単語に対して、額に皺を寄せる。

 こちらの世界には『創造主』という言葉、もしくは概念がないのだろうか?

 彼女はジュースをコクリと飲み終えると、コトアの経典の一部を唱える。



『世界は無であった。そこには光も闇ない。女神コトアは只そこにいた。名もなく時間さえ無い世界。女神コトアは『世界』を見つめていた。彼女は手を伸ばし、希望を掴む。希望の名は精霊。コトアは精霊の力を使役し、世界を産んだ』



「……と、これは経典の冒頭部分だけど、コトア様お一人の御力ちからで世界を創ったわけじゃないから、創造の主って言い方をしないのかもね」

「ふ~ん」


―――――――



 結局、話はそこで終えて、あまり深く追及はしなかった。

 宗教の話とはとても神経質なことだし、思わぬ言葉が失言となり、身の危険につながる可能性がある。

 詳しいことは気が向いたときにでも自分で調べればいい。

 

 だけど、形はどうであれ、世界を産んだ神を創造主として扱わないのには違和感を覚えた。

 これが異世界『アクタ』の価値観と言われれば、それまでだけど……。




 次は住んでいる国のこと。

 国名『ジョウハク』。

 二人の君主が存在する、五年交代制二頭政治という意味不明な制度を持つ国。

 

 王家は女神が最初に創った人類であり、双子の男女の末裔。

 そのため王家は、男女で生まれる双子の存在を神に祝福された存在として見ている。

 

 王家には常に、双子の王のどちらかが、次の双子の男女を生む。

 双子で生まれなかった王族は、王族という肩書を持った存在というだけで王位継承権はない。

 

 

 つまり、現支配者――姉のプラリネ女王陛下と弟のブラウニー陛下は双子の姉弟というわけだ。

 で、先に次代の双子を生んだ方が次の王たちになる。

 

 

 ここで王たちという点が過去の歴史において大いに問題になっていた。

 以前は双子同士が争い、たびたび内乱を起こしていた。

 そこで今の制度で生まれ、落ち着いたそうだ。


 

 現在、双子の王にはそれぞれ子どもがいる。

 ブラウニー王には、二十歳を迎えたばかりの息子と娘。

 プラリネ女王には、年端もいかない女の子が一人。

 順当にいけば、次代の王はブラウニー王の双子たちが引き継ぐ。


 

 これらの情報に加え、かなり重要なのは両王の考えの違い。

 プラリネ女王は穏健派で、周辺国と無用に事を構えたくないという考え。

 

 対するブラウニー王は真逆の考え。

 力をもって周辺国へ過大な要求を求め、さらには領土拡大の野心を胸に秘めている。

 実際に、彼が執政を担っていた四年前には北方で大きな戦争があったらしい。


 でも、今はプラリネ女王の執政期・二年目。

 少なくとも三年は平和が続きそう。



 ちなみにジョウハク国の『王都サンオン』は、女神コトアが世界に現存していたときに人間に贈ったもの。

 そのため城壁と城は、現在の技術水準を大きく上回る建築物。


 そういった恩恵と、人類の始祖という看板のおかげで、基本的に周辺国はジョウハクに頭が上がらない。


 周辺国は属国のようなもの。


 しかし、北方や、南方、そして別大陸にはジョウハクの存在を良しとしない国々が存在する。

 始祖などと言うのはまやかしだ。もしくは、そんなの関係ない。強いが正義といった感じ。



 

 次に、生活に密接した基本的な知識。

 不思議なことに、アクタには地球と被る部分が多大に存在する。

 

 

 一例に時間。

 アクタは12・60進法を使用し、地球と変わらない。

 一日は24時間。一時間は60分。一分は60秒。

 一年は12か月。ただし、日にちは月30日単位。

 つまり一年は360日。

 

 うるう年やうるう秒とかはないっぽいけど、微妙な時間調整はどうするんだろうか?

 疑問に思うところは多々あるが、お地蔵様が地球に近しい世界に渡すと言っていたから諸々のことは無理やり納得しよう。

 どうせ考えてもわかんないし。


 

 時間に関する情報について、おまけを一つ。

 時計は貴重品でなかなかお目にかかれない。

 しかし、宿屋『サンシュメ』には各階に一台、柱時計が据え付けられている。

 おかげで宿にいる限り、時間を知ることができる。


 時計盤に記された数字は地球のデジタル数字から、一・二本の棒を取った感じのもの。

 アクタで使用される数字はかなり読みづらいが、これはそのうち慣れるだろう。

 

 

 あとは異世界らしく、人類以外の種族が存在する。まぁ、猫耳のついたアプフェルがいることだしね。

 ちなみにアプフェルは、ライカンスロープという人狼の種族だそうだ。

 見た目は猫だが、種族的には犬に近いということになる。

 

 他に人猫じんびょう族のケットシーや森の民エルフなんかがいるけど、長くなるので、それらはその都度ということで。

 一気に聞いても混乱するだけだから、とりあえず必要な知識はここらへんで十分かな。



 

 これら一週間の間に得た知識の中には、アプフェルから得たもの以外もある。

 ここ一週間、俺は清掃の仕事を中心に、届け物などの仕事に精を出していた。生きるために仕方なく……。

 街の中を四方八方と駆け回ったおかげで、気が付けば、便利屋ヤツハで名が通っている。

 


 清掃の仕事が多いのは、三か月後の祭りの準備のせい。

 王都サンオン及び周辺の村や町の人々は、二年に一度開催される『英雄祭』を心より楽しみにしているらしく、他の仕事そっちのけで祭りの準備をしている。

 

 そのため、街中の清掃がおろそかになったり、また、準備でできたゴミの片づけに手が回らなかったりする。

 現在、王都サンオンは、てんやわんやといった表現がしっくりくる状態。


 配達の仕事も主に祭り関連。

 街中をあちこち移動しなければならない配達は疲れるし面倒だったけど、王都の地理を覚えるのには非常に役に立った。

 裏通りの細かな道はまだ自信ないが、少なくとも大きな道で迷うことはない。



 あと、清掃や配達以外でもう一つ、俺にはおまけの仕事があった。

 それは……。

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