第158話 おめでたと来人の悩み

「あ、あぁん……」


 アーニャはもう意識がないであろうに俺にがっしりとしがみついている。

 いわゆるだいしゅきホールドというやつだ。


 今朝セタのところに行くと言っていたアーニャがさっき帰ってきた。

 しかし俺は違和感を感じていた。

 なぜならアーニャの姿が変わっていたからだ。

 

 彼女はラミアであり蛇の下半身を持っている。

 だが帰ってきたアーニャには俺と変わらぬ二本の足があったのだ。


 俺はアーニャのことを愛しているし、彼女の願いも分かっている。

 アーニャは言葉にはしなかったが、リディア達と同じように俺と前を向き合って体を重ねたいと思っているはずだ。

 だって羨ましそうにリディア達と楽しんでいる姿を見てたし。


 しかしアーニャはラミアであり、彼女の大切は場所は後ろにある。

 楽しむ時は後ろからでしか出来ないのだ。

 

 そんなアーニャが俺と同じような足を携えて帰ってきたのだ。

 一緒にいたセタにミライの面倒をお願いする。

 そこからは……。まぁ、お互いがやりたかったこと、して欲しかったことを実践するだけだった。


 しかしアーニャは意識がないにも関わらず、俺を離そうとはしない。

 いやね、そろそろ離してくれないと、ちょっとヤバいことになりそうな予感が……。


 ――ピコーンッ


【感度調整・改が発動しています。間も無く着床が完了します】


 あらー、天の声さん、お久しぶりです。

 俺もつい興奮してしまったらしく、感度調整を発動してしまったようだ。

 たまーに暴走するんだよな、この力って。

 

 や、やばいぞ。早く抜かなくてはアーニャが妊娠してしまう。

 しかしだな。アーニャの足で挟まれてるので逃げ出すことが出来ないのだ。


 アーニャの頬をペシペシして起こしてみる。


「ア、アーニャ。起きて。離してくれないと大変なことに……」

「ん……、ライト様ぁ……。もっとぉ……」


 ――ガシィッ


 アーニャは俺を離してくれなかった。

 だいしゅきホールドを続けたまま、キスをされて……。

 あ、駄目。そこに当てられたら……。


 ――ピコーンッ


【着床完了。おめでとうございます】


 うるせえよ。

 いかんぞ、アーニャが妊娠してしまったぞ。

 うーん、いいのかなぁ。

 本当はシャニの赤ちゃんが産まれてからと思っていたのだが。


 ようやくアーニャも満足してくれたのか、足を俺に絡めつつ甘えてくる。

 

「ライト様……。願いが叶いました……。嬉しいです……」

 

 泣き出してしまう。

 俺はアーニャの髪を撫でながらどうして足があるのか聞いてみた。

 彼女の話では幻の花から作った薬により、一定時間姿を変えることが出来るらしい。

 何でもその幻の花というのが……。


「蓮だったと」

「そうなんです」


 どうやら蓮は遥か昔に異世界から持ち込まれた植物らしい。

 しかしこの世界の気候に合わず、ほとんどが花をつける前に枯れてしまう。

 だが俺の力である敷地内成長促進によってすくすくと育ち、今ではレンコンが各村の名物となっている。


 車で海を見つけるため、東に向かう道中で見つけたんだよな。

 地球ではそれなりにポピュラーな植物ではあるが、異世界ではそんな効果があったとは。

 地元のレンコン農家の友人に話したら喜ぶだろうなぁ。


 それにしても足のあるアーニャは美しい。

 いや、ラミアの時だってもちろん可愛いよ。

 でもやはりしっかりと向き合いつつ愛し合うのはいいことなのだ。


「あの、後数時間もすれば元の姿に戻ってしまいます。でも薬さえ飲めばいつでも姿は変えられますから」

「でも苦いんだろ?」


 アーニャの話では変化するための薬は超絶に苦いらしい。

 愛する妻に無理をさせるつもりはないさ。


「でも、またライト様としっかりと抱き合いたいので……。頑張って飲みますから!」

「う、うん。でも無理はしないようにな?」


 ――ボフンッ


 ん? なんだこの音は?

 いや、薬の効果が切れたんだ。

 アーニャはいつものラミアの姿に戻っていた。


「あ……。元に戻ってしまいました」

 

 がっかりするアーニャ。

 でも俺にとっては足があろうが無かろうが関係ないさ。


 アーニャを抱きしめてキスをする。


「ん……。ライト様?」

「リディア達が戻るまで少し時間がある。今度は今の姿のアーニャとしたいんだが……いいかな?」


「はい……」


 俺達はいつもの形で最後の一回を楽しんだ。


 

◇◆◇



 その後リディア達が帰ってきた夕食はとても豪勢なものとなる。


「アーニャ! おめでとう! あなたもママになれるのね!」

「アーニャ姉、おめでとうございます」

「いいなー。ねぇライト。私も妊娠したーい」

「おめでとーなのー」

「ふふ、ありがとうございます」


 アーニャの妊娠を知ったリディア達はパーティーをすることに。


「うむ、めでたいことだ。しかしまた孫が増えることになるか。これはさっさと引退して孫のために時間を作らねばな」


 セタも参加しているのだが、好き勝手なことを言っている。

 いやいや、ミライ達を可愛がってくれるのはありがたいが、あんたとは家族になった覚えはないぞ。


 まぁ祝いの席だ。無粋なことは言わないでおこう。

 楽しい夕食会は進み、そしてアーニャがこんなことを言ってきた。


「あ、あの、もし良かったら今度みんなで海に遊びに行きませんか?」

「海に? 今日はラカン村でお仕事してたんだけど、お客さんが多くてね」

「みんな楽しそうでいいなーってリディア姉と話してたんだよね!」


 確かにみんなで海に行ったのは旅をした時以来だな。

 その時は水着なんかは持ってなかったし、海には膝に浸かる程度で終わってしまった。

 よし、今度の休みはみんなで海に遊びに行こう!

 せっかくだから一泊二日とかで泊まっちゃうのもいいな!


「ふふ、家族旅行ですね。楽しみです!」


 俺達は夜遅くまで旅行の計画を立てるのだった。


 そして夜も更け、寝付けない俺は一人外に出る。

 村にある食堂はまだ開いているはずだ。


 食堂に入り、俺はカウンターでビールを注文する。

 適当に摘まみも注文し、チビチビと飲んでいると……。


「グルル、ライトではないか。どうしたのだ?」

「デュパ? まぁ座れよ」


 蜥蜴のおっさんと一緒に飲むことにした。

 デュパは表情も変えずにビールを飲み干す。

 まぁリザードマンなので表情は読み取れないんだけどな。


「グルル、元気が無いようだな」

「分かるか? 実はな……」


 俺はデュパに思っていることを話すことに。

 リディア達には聞かせられない話だ。


「アーニャが妊娠したんだ」

「めでたいではないか」


「だな。でもさ、リディアはミライを産んでくれて、シャニももうすぐ出産する。そして今度はアーニャだろ?」

「それがなんだと言うのだ?」


「今さらなんだが、俺なんかが父親になっていいのかな……って思ってさ」


 俺は日本で毎日忙しく生きてきた。

 幸い恋人はいたのだが、こんな俺が他人を幸せに出来るわけがないと思い結婚は避けてきた。

 こんな俺が妻を、産まれてくる子供を幸せに出来るのかなってさ。


「グルル。お前はまだ大人になりきれていないのだな」

「言ったな? ははは、デュパの言う通りかもな。俺はガキなんだよ」


 俺達はビールのお代わりを頼み、再び乾杯する。

 デュパは二杯目のビールを半分飲んでからこんなことを言った。


「私の母の言葉だ。女は子を成した瞬間に母になる。男が父になるのはずっと後だ。親子になった母と子の背中を追って男は父となる」

「蜥蜴のくせに……。いい事言うじゃないか。あんたのお袋さんは良い母親だったんだな」


 デュパの言葉を聞いて安心した。

 俺もゆっくりではあるが、父親になれるのかもしれないな。


「今日は俺が奢る。もう少し飲むか?」

「付き合おう」


 男同士の楽しい飲み会は夜更けまで続くのだった。

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