第17話 逃走

 ゆっくりと後ろを振り返る。

 距離は大体、部屋の入口よりさらに向こう。

 廊下あたりにいるはずだ。

 もちろんここには、明かりがない。

 いや、正確には電力が供給されていない。


「……どうするのよ?」


「……やるしかないだろ」


 小声での作戦会議。


「……ムラクモソードは?」


 妖精が指差す。

 近くに敵がいるのに、無反応だ。

 しかし、森で一度起動しているので、故障ではなさそうだ。


「……おい」


「パスワードを入力してください」


「……バーナード」


「認証中……」

「ムラクモソード、起動します」


「……よし、これで奴と……」


 戦闘準備は整った。

 男は構える。


「……ここで戦うのはまずいわ」


「……どうして?」


「……ヤタミラーが、壊れちゃう」


 部屋いっぱいの大きさの機械に被害を出さずに戦うのは、非現実的だ。

 敵の強さも未知数のままだ。


「……じゃあ、どうしろと?」


「……ヤタミラー、ここで一番広い部屋は?」


 妖精は、モニターに語りかける。


「大実験室です」


「……どこにあるの?」


「二階です」


「……二階か」


 今いるのが、一階。

 どうにかして、上がらなければならない。


「……急がないと」

「……またね、ヤタミラー」


 妖精が電源を落とした。


 そのときだ。


「パキパキ」


 小さな音がした。

 床のコンクリートが、崩れるような。

 男は足元を確認するが、ひび一つない。

 それは、つまり……。


「グルルル……」


「走って!」


 妖精は、別の出口に飛んでいく。


「グワァァーー!!!」


 建物が振動し、パラパラとホコリが舞う。


「なんてこった……」


 男も、死にものぐるいで走り出す。


――――――――――――――――――――


「ここにエレベーターがあるはずよ!」


「なぜわかる!」


「そこに書いてあったから!」


 壁には、よくあるエレベーターのサイン。


 男は、初めて来る場所。

 妖精も、千年ぶりだ。

 うろ覚えの知識と、少しだけ見た地図で駆け回る。


「あった!」


 大きな四角い箱を見つける。


「おい、これか!?」


「ええ!」


「早くしてくれ!」


「あれ!? 動かない!!」


 いくらボタンを押しても、光らない。

 音もせず、完全に止まっている。


「ガァーー!!」


 曲がり角の向こうから、叫びが聞こえる。

 どうやら近くまで追ってきているようだ。

 このままここにいれば、襲われる。


「なら次だ!」


「あっ、待って!」


――――――――――――――――――――


「ねぇ! もう無理よ!」


 建物の奥の奥、廊下のつきあたり。

 そこはもう、行き止まりだ。

 二階へ昇ることは、かなわない。

 戻れば、化物のえじき。


 絶体絶命。


「いや、ここだ!」


 男が壁にタックルをぶちかます。

 砕け散った壁の向こうには……。


「非常階段?」


「これで二階に行けるみたいだな」

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