七十三 朽ちるもの

 洞穴の前にて一晩を明かし、崖下へ降って二日ほどの行程を歩んだ一行は、当初の合流地点である海辺から程近い集落へと辿り着いた。


 しかし集落の損壊はあまりに激しく、跡地と呼ぶのも生温い惨状であった。


 垣根は全て薙ぎ倒され、家という家は平たく押し潰され、地面には何か巨大なもので引っかいたような溝が無数に走っている。


 人や家畜の姿は死体を含めて一つもなく、逃げおおせたか、喰われたのかも不明であった。


「これはまた、派手にやりよったの」


 それらを横目に、かつて集落の中心であったろう場所まで来ると、白星は白鞘を地に突き立て呟いた。


 星子は長旅の疲れが出てか、今は眠りに就いていた。

 しかし、かえってこの光景を見ずに済んで良かったとも言える。見れば確実に須佐での惨劇を思い出し、取り乱していたことだろう。


「ここは薬草採りの足掛かりとして重宝していたのですがね。まったく残念なことです」


 福一が顔を曇らせ黙祷を捧げる。


「そう言えば、お前が出立した後に村が襲われたって言ってたな。何でわがったんだ?」


 当然とも言える問いを、打猿が投げかけると、


「他の草が目撃したからですよ」


 福一はあっさりと返した。


「草にも種類がありましてね。私のように諸国を見て回る者と、一箇所から動かずに監視を続ける者とに分かれているのです。そちらを指して、『目』と呼びます。今回は、その目から報告されたのですよ」

「じゃあなにか? そいつは村が襲われでるってのに、何もしねえで見でたのか」


 国麿が憤慨すると、福一はなだめるように続けた。


「目は術こそ使えますが、戦闘には不向きな者が多数を占めます。視ていることしかできない自責の念は当然あるでしょうから、大目に見てやって下さい」

「そうか。なら、しょうがねえかあ……」


 力なくうなだれる国麿に、


「弱肉強食は世の摂理。ぬしが気に病むことではあるまいて」


 地脈との同調を終えた白星が労わりの言葉をかける。


 次いで福一同様黙祷を捧げると、本題へと入った。


「福一や。ここを襲った物の怪の目星はついておるのか」

「水妖にも色々ありますからね。真夜中の事だったらしく、目も正確に把握をできておりませんが。状況からして、年経た海蛇ではないか、とのことです」

「さよか」


 妥当な線と見て、白星はそれ以上何も言わなかった。


 海蛇の類には、胴の太さが大人何人分にもなるようなものもいる。

 潰れた家屋と、抉られた地面の跡が、巨大な蛇身が這い回った跡だと考えれば納得がゆこう。


 もう一つの理由としては、これだけの大破壊がありながら、血の匂いがほとんど残っていない事だ。


「蛇は丸呑みが基本ですからね。他の獣であれば死体や血痕が残るでしょうが、それもありません。間違いないでしょう」

「ここらには、人を丸呑みにするような化け蛇がうようよいるのか? おっかねえな」

「だっはっは! 化け蛇からしたら、兄貴もよっぽどおっかねえって!」


 ぼそりと呟いた打猿に、国麿が噴き出した。


「がっはっは! それもそうがあ!」


 打猿は豪快に笑うと、引き潮の浜辺を横切り、ざばりと波間に飛び込んだ。


「おうおう、化け蛇よう! でけえ図体で弱い者いじめたあ、情けねえぞ! おれが相手をしでやっがら出て来やがれ! もっとも、その勇気があればの話だがな! がっはははは!」


 義侠心に火が付いたのか、白波を両手の鎌でばしゃばしゃと斬り付け、大見得を切る打猿。


「だっはっは! いいぞ兄貴! おれもやるぞ! 二人でやればもっと目立つだろ!」

「おう、言っでやれ国麿! 八十女が土蜘蛛兄弟ここにありっでなあ!」


 傍目はためにはまるで水遊びをするかのように、海へ向けて挑発を続ける兄弟をよそに、白星は福一へ尋ねる。


「このところ、水妖が活発になったと言っておったな。やはり須佐が滅んだ後の話かの」

「はい。里から逃れた邪気も関係しているとは思います。しかし、それだけではありません」


 福一はかぶりを振ると、先を続けた。


「元々この地は、国の重鎮、伊勢氏の領地だったのですが。帝の後見人になった途端、一族諸共もろとも、帝都へ引き上げてしまいましてね。それまで駐屯していた兵はなく、かといって重税がなくなる訳でなし。そこへ野党や物の怪が我が物顔で台頭してきました。正直申して、無法地帯と化しているのです」


 この集落のように、いつ滅ぼされるか知れぬ日々を人々は送っていると、福一は締めくくった。


「ふむ。聞く限り、伊勢氏とやらは土地も鎮めずに移住しおったか。どれほど急ぎの用があったにせよ、なんとも無責任なことよな」


 黙って聞いていた白星の眉根にしわが寄る。


「今しがた、地脈を読んでおったが。この地には、わしの首の匂いが残っておる。そこに邪気が集えば、自然と魔境となろう。なんぞ思い当たる節はあるか?」


 白星の質問に、福一は寸時思案する素振りを見せ、一つ頷いてみせた。


「……ええ。ここより程近い河口に、その昔、中州に祠があったそうです。誰も起源を知らぬ旧いものだったそうですが、ある年の台風による増水で流れてしまいまして。民も顧みる余裕などなく、以降それきりだと聞いております」

「呆れたものよな。わしでなくとも祟るであろうよ」


 白星は溜め息混じりに白鞘を担ぎ上げた。


 荒神を封じた社をないがしろにした挙句、邪気のたかるがままにしておれば、周囲は化け物で溢れるのも当然である。


「ともあれ、首の在処が掴めたのは幸先がよい」


 白星はそう前向きに捉える事で、首の粗末な扱いへの憤りを抑えた。


「さて。打猿に国麿や。水遊びもよいが、行先が決まった。その辺りでやめにせい」


 水平線を振り返り、土蜘蛛達へ声をかけるも、どうも様子がおかしい。


「あ、姉御! た、大変、大変だあ!」


 国麿だけが海から戻り、砂煙を上げて駆け上がって来る。


「落ち着け、国麿や」


 狼狽し、しどろもどろになる国麿をなだめ、先を促す。


「それで、何事ぞ」

「……あ、兄貴が……」


 一度言葉を切ったのは、己も信じられない事態なのだろう。

 深呼吸を挟むと、国麿は悲鳴のように続きを放った。


「兄貴が、消えちまった!!」

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