19-6 実験計画書

 ドッペルが眉間にしわを寄せ、厳しい顔をしていた。


 ドッペルはソラの演説を理解していたらしい。


 というよりドッペルゲンガー製造計画の実態を知った時――それはおそらくヨモギがドッペルにUSBを渡した時に、とっくにこれら全てを悟っていたのかもしれない。


 カズマに目を留めて、囁いてきた。


「今の話と計画書の内容、分かった?」


 カズマは強く頷いた。


「半分が日本語だったことくらいは分かった」


「…………リョウカイ。今ハ、ソレデイイゾー」


 ドッペルは目をつぶり、一呼吸置いてから必要最小限だけ伝達した。


「ソラさんは教授よりも酷いことを考えてる。ソラさんが敵だってだけ覚えてて」


 ……馬鹿にすらしてこないドッペルの優しさが悲しい。

 今はその余裕がないとも言う。


 ソラは目を細めて状況を楽しんでいた。と、気まぐれに温室を出て行った。


「お、おい!」引き留めようとしたが、「カズマ、動くな」とドッペルが制した。


 そこでやっと長机の上に、携帯端末が置かれているのに気付いた。


 着信が入って、携帯が震えた。

 ドッペルが素早く通話をつなげた。


 携帯の向こうからは案の定、ソラの声だ。


『これからカズマ君とドッペル君にはゲームをしてもらうよ。


 神経衰弱ね。といってもトランプじゃなくてほんとの精神の削り合いだけど。


 俺の理論では、二人とも感情的になってもらわないとテレパシー実現しないんだよ』


 カズマは思わずドッペルの顔を見た。


 二人とも何かの電極が頭にペタペタ貼られて外見は間抜けだ……。


 ソラの言うことを訊かなければ、自分たちもスミレもレンゲも殺されるかもしれない、逃げてもドッペルゲンガーとのつながりを切ることが出来ない……。


『ルールは単純。俺がお題を出すから二人は自分の昔話を一つ話す。俺の独断と偏見でどっちが面白かったかその都度決めるよ。


 で、面白くなかった方は、お薬を飲んでもらいまーす』


 通話の向こうで舌なめずりをしているであろうソラに、カズマは怒鳴りつけた。


「ふざけんなこの薬っ…………」


『そうだねー、俺が研究所でカズマ君にあげた薬だね。

 大丈夫、大丈夫、そんなに深刻に考えないで~。大量服薬しても多分死にはしないからさ。


 ここでアドバイス。出来るだけ傷ついた思い出話を選ぶといいよ。

 その方が早くこのゲームに決着が付く。


 じゃないと、テレパシーが起きるまで何時間でも何日でもこの温室で神経衰弱を続けてもらうことになるからね』


 ソラの声は愉快そうだ。


 カズマは、何を言っているんだ、と怪訝な気持ちでドッペルに尋ねようとした。


 ドッペルは沈黙していた。

 これは最初からこの展開を分かっていた顔だ。


 カズマは慌ててしまう。


「ちょっと待て。そんなのっ……」


 ドッペルが人差し指を自身の口元に当てるジェスチャーでカズマを黙らせた。

 小声で、


「カズマ、この状況を逆に利用できるかもしれない。

 馬鹿げて見えるしムカつくけど、ソラさんのやり方は理にかなってる。

 やろうよ、どのみちそうしないとドッペルゲンガー製造計画を終わりに出来ない」


 ドッペルの意志の強さが宿った目に、カズマも腹を括るしかなかった。





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