10-3 モモウラ教授
モモウラの頭に
この仕組みを利用すれば、娘の障害を治せるかもしれない。
同僚が懸命に妻の記憶を取り戻そうとしているよそで、ずっとその考えが渦巻いていた。
結果から述べれば、同僚の妻であるクロの記憶を取り戻すことは叶わず、レンゲの学習障害を治すことには成功した。
いや、ある意味ではそれも失敗したのかもしれない。
モモウラがしたことは同僚への裏切りだった。
同僚はモモウラを詰り、軽蔑した。
そして、レンゲはまるで同僚の男こそが自分の父親であるかのように振る舞うようになった。
モモウラはレンゲのことが憎らしく思えるようになっていた。
同僚の男とモモウラが絶縁状態になった後もレンゲは同僚と会いたがった。
そんな中にいながら長女のスミレは淡々と受験勉強をこなしていた。
モモウラは通信教育教材の会社を辞め、大学の教授になり研究所を持つことになった。
この頃には『高度な知能』というものに心奪われていた。
企業と契約を取り付け、研究を「ドッペルゲンガー製造計画」と名付けた。
長女スミレを助手につかせて計画を進めた。
計画を始めて数か月経った時、かつての同僚の息子が預けられた養護施設に行った。
そこで初めてモモウラの知らないところで大きな力が動き、その施設がドッペルゲンガー製造計画の被験者の調達場所になっていたことを知った。
――これは都合がいい、と思った。
すぐさま同僚の息子だった子供を引き取った。
昔のクロと同じように人懐っこく笑う、正義感の強い子だった。
数年ともに暮らすうちに本当に自分の子供のように愛おしくなっていた。
そして自分がそれまでやって来たことに対して、ドッペルゲンガー製造計画に対して、葛藤を抱くようになった。
そのタイミングで、かつての同僚の男がモモウラに連絡を取ってきた。
「研究所に自分が出向くから、息子に会わせて欲しい」という話だった。
モモウラは承諾した。
これまでのことについて男と話し合いたいと思っていた。
引き返せないところまで進んでしまった計画をどうしたらいいか。
その時の自分がどれだけ愚かだったか、今なら解るのだ。
男は最後に顔を見た時よりもかなりやつれていた。
「あんたが俺を裏切って、俺は全てを失った……。ドッペルゲンガー製造計画はあんたのような人間に任せられるべきものじゃない」
男はモモウラのドッペルゲンガーになった。
モモウラを研究所の一角の温室に監禁し、知識に触れさせないようにした。
そうまでしてモモウラから奪い返したかったのだ、失ったものを。
*
夫が失踪した。
夫が何にそんなに夢中になっていたのか知らないが、彼は衣食を疎かにし少しずつ痩せていった。
クロはそのことにすら関心を持てなかった。
夫がいなくなっても失踪の届は出さなかった。悲しいとも、寂しいとも、思わない。
夫が行方不明になり数年後、クロは夫の会社に経営のアドバイザーとして派遣された。
そこで「ドッペルゲンガー製造計画」というものを耳にした。
企業秘密らしいが、頭の良い――事故以来頭が良くなった――クロには簡単に調べ上げることが出来た。
死にたい、と考えるようになっていたのはこの頃からだったかしら。
自分は何も愛すことが出来ない人間なのだということにはさすがに気が付き始めていた。
空っぽで、孤独を感じることすらないことが虚しい。
そう、これ以上の説明は何も出来ないのだ。
ただ、空虚。
数年前になる。
モモウラという男の研究所の職員だと名乗る人物からコンタクトがあった。若い男性だった。
その人は「ドッペルゲンガー製造計画を止めたい」と熱心に話し、クロに協力を求めた。いくつかのメリットも提示された。
クロは企業に「養護施設の支援からは手を引いた方が良いだろう」とアドバイスした。
その施設が相当に問題ある経営をしていることをチラつかせると面白いように誘導できた。
企業の人間たちは「外部の人間であるクロが知っているのなら、もう噂になっているのかもしれない」と恐れた。
少し回りくどい手を使ったりもしたのだが、結果的には施設から企業の手を引かせることに成功した。
かつてドッペルゲンガー製造計画の被験者として子供を差し出していた施設は、計画の一切から除外され、まともに機能し始めた。
今はドッペルゲンガー製造計画を止めるために企業に潜り込んでいる状態だ。
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