6-5 企業見学会

 スミレが語り終えた時、少年がぼそりと低く呟いた。


「……あんたらはそんなことのためにドッペルを……」


 スミレにはよく聞き取れなかった。

 おそらく盗聴器でも拾い切れない程の音量だろう。


 特に気にしないことにして続けた。


「だから君に協力してほしいの。君を傷つけるようなことは絶対にしないと誓うわ。

 この計画が成功すれば世の中がより良いものになるの。君はその一番の貢献者よ。素晴らしいと思わない?」


 きさくに微笑みかけながらスミレは内心で白々しい、と吐き捨てた。


 少年は虚ろにただただ白い床を見つめていた。


 スミレがどんなに言い繕っても、この計画が人権をまるで無視したものであることは隠し切れない。

 きっと彼はかなりのショックを受けているだろう。


 スミレは小さく肩で息を吐いた。


「……まあ、今すぐに返事してって言っても無理よね……。少し落ち着くまで考えてみて。

 ……でも、もし君が実験に協力するって言ったら、君が慕っている教授はすごく喜ぶと思うわ」


 言い添えた台詞の「教授」のところで少年がピクリと反応した。


 スミレは手ごたえを感じた。きっと少年は最終的に協力すると言い出すだろう。


 少年に頷かせれば、解放される。

 この計画の全てから手を引くことが出来る。家族を守れる。


 また、吐き気がした。

 スミレは顔を顰めないように気を付けて少年に会釈し、部屋を立ち去った。



 ジロウとダイヤはカズマに引っ張られて、企業の資料室にいた。


「外を見張ってて」というカズマの指示で扉の近くにダイヤが門番よろしく突っ立った。


 ジロウはカズマと探し物だ。


「大事そうなファイルがあったら教えて。あ、指紋は念のため付けないように」


 というカズマの大雑把かつ、良からぬ気配のする言い付けでさっきから何かを探していた。


「……ドッペルゲンガー製造計画……。いや、これじゃないな。“お試し販売”自体が嘘か。こっちはダミー……。じゃあ、本物は……」


 ぶつぶつ喋っているカズマが不気味だ。

 相当に危険なことなのではないか。


 下手したら警察呼ばれるんじゃね?


 ……ヤバいマズいという気持ちを通り抜けてワクワクしてきた。サスペンスやSFのような展開だよな、すげえ。

 ジロウはSFものがかなり好きなのだ。


 カズマは何を考えたのか、つかつかと背後の頑丈そうなドアの前に行き、仁王立ちした。


 その脇に数字が表示された電子パネル。パスワードを打ち込んで、ドアのロックを開けるタイプのようだ。


 カズマは充電器に似たコードを取り出して、電子パネルに接続させた。

 コードの片方は携帯電話に繫げて三十秒ほどカチャカチャ弄った。


「なあカズマ。この状況マズくない?」


 言わずもがななことを見張り役のダイヤが尋ねるも、


「んー? 何が? 大丈夫だろ、俺がついてるし」


 カズマからは清々しい笑顔と、とんちんかんな答えが返ってきた。


「勘弁してくれよぉ」


 ダイヤがぼやく一方、ジロウはカズマの手元の電子パネルに夢中だ。

 すげえ、宇宙船以外にも存在するんだなそういうの。


「えへへ」とカズマらしくない照れ笑いと苦笑の中間をしつつ、電子パネルに十桁以上の数字を迷いなく打ち込んだ。


 カチリという金属音。


「おっ、開いたぜ。二人はちょっと待っててくれる?」


 軽快に宣言して颯爽と開いたドアの中に入っていくカズマ。

 ドアの向こうは暗く壁際には金庫のような物がずらりと並んでいた。


「ああー、いいなカズマは。俺も入りたい」


 ジロウの呟きにダイヤがぎょっと驚いた。


 カズマが出てくるまで数分かかった。


「ごめん、ちょっと資料自体にかかってたロックを外すのに手間取っちゃってさ」


 ごめん、待ち合わせに遅れて、と同じノリで詫びるカズマ。

 片手に怪しいUSBを握っていた。


 ジロウとダイヤに唖然とする間も与えずに、カズマが二人の腕を取った。


「よっしゃあ、さっさと逃げるぞぉ。カズマのことも心配だしね」





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