第4話 君の名は

 ホームルームで話しかけてきたのは、例に漏れず後ろの席の長谷川誠人だった。


「なあなあ、自分、なにやるん?」

「私?」

「そう、自分」

「なんでもいいけど」


 はなえは、そう言って教室前方の黒板をもう一度見る。

 そこにはホームルームの議題である『委員会決め』の委員会名――学級、図書、体育、風紀、美化、放送、広報、保健――が書かれている。各2名がクラスから選出されなければいけない。クラスの担任がまずは学級委員の立候補を募っている。


「やるなら……」

 図書委員かなあ。別にやりたいわけではないんだけれど、と、はなえが言いかけた時。

「学級委員とか向いてるんちゃう?」

「え?」

「なんか学級委員っぽい」

「ええ?」


「ええやん、学級委員。もやりいや」

 誠人の大きな声に、『あべのの人』が賛同する。すると恐ろしいことに、学級委員を敬遠している生徒たちに伝播していき、クラスがざわつく。


「おーい、自由時間ちゃうぞー。なんや、そこふたり、やってくれるか?」

 クラス担任が軽く注意しながら、はなえと誠人に向かって指を差す。はなえが、呆然としていると、誠人が立ち上がる。

「先生、早よ決めたいだけでしょ、それ!」

「もちろんや。先生は早よ決めて、ぜーんぶ学級委員に任せて座っていたいねん」

 ヘルニアやねん、と担任は教卓に寄りかかった。

「立候補おらんかったら、君らでええと思う。先生、とってもええと思う」

「立候補おるやろ!」

 誠人がクラス全員に向けて言うが、誰も手を挙げない。それどころか、目線すら合わせないスタンスだ。

「なんでやねん!」

「橋本さんが嫌でなければ、頼まれてくれるかー?」

 誠人が、はなえを見る。はなえは、話のテンポについていけず、反応することができなかった。だが、ゆっくりと頷いたのを見て、誠人が着席する。

「……しゃあないなー」


 こうして、はなえと誠人が1年2組の学級委員となったのだった。


「ほな、長谷川くんと橋本さんは前に出て挨拶して、その後進行よろしくな」

 クラスメイトから温かい、実に温かい拍手が送られる中、はなえは緊張の面持ちで立ち上がった。そして、誠人が勢いよく立ち上がって、はなえに言う。


「え!? 自分、ハシモト言うん!?」

 今さら、人の名前に驚く誠人。

「元知事やん! ちゃう、元市長か? なんや、自分、学級委員ぴったしやん!」


 それに対し、すでに窓際へ移動したクラス担任が、軽く突っ込む。

「漢字ちゃうぞー」


 クラスが朗らかな笑いに包まれる中、はなえはひとり、苦いものを食べたような顔をした。

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