第17話 妬ましい
「アネット様。本日は、お時間を作っていただき、誠にありがとうございます」
私はそう言って頭を下げる。私の目の前で、ソファーに腰掛けるアネット様。その目は私を強く睨みつけており、警戒心がとても強いことは私にもよくわかった。
「……あなた、一体どういうつもりなの?」
アネット様が、私にそう声をかけてこられる。
……どういうつもり。
「私にも、それはわかりません」
ゆるゆると首を横に振って、アネット様の言葉に答える。
実際、そうなのだ。……私が感じていることは不確定なことで、現実味なんて帯びちゃいないんだから。
「ただ、私はアネット様のことが知りたいのです」
まっすぐに彼女を見つめた。瞬間、彼女の目の奥が揺れた。……もしかしたら、不快にさせてしまったのかもしれない。十以上も年下の小娘に、こんなことを言われて……。
「多分、不快だと思います。だけど、私は……」
言葉が続かなかった。
理由なんて一つ。……言葉が、出なかったのだ。
「私は、どうしたの?」
余裕たっぷりに、アネット様がそう問いかけてこられる。……喉が震えて、声が出ない。
ぎゅっと手のひらを握りしめれば、アネット様は「はぁ」とため息をつかれた。
「所詮、偽善でしょうに。それとも、自分は愛されているのだっていう、自慢?」
ソファーの背もたれに背中を預けて、アネット様がそう尋ねてこられた。
……違う。
「ご自分は『豊穣の巫女』で、ギルバートに愛されていて。なにも持っていない私に対して、自慢したい。そういうことじゃなくて?」
「……ち、がいます」
「あぁ、ギルバートに代わって復讐をしたいということなのかもしれないわね。あなた、ギルバートのことを愛しているようだし」
ころころと笑って、アネット様がそうおっしゃる。
……言葉は、刺々しい。なのに、何処となく声音には悲しみが宿っているようであり。……私の心臓が、きゅっと締め付けられて。
「まぁ、どっちでもいいのよ。私は、ギルバートを取り戻したいだけ」
そうおっしゃったアネット様が、紅茶の入ったカップを手に取られる。
かと思えば、周囲を見渡された。周囲には、使用人たちが控えている。
「本来だったら、私がここの奥様になっているはずだったのにね」
紅茶を一口飲まれて、アネット様がそう呟かれた。彼女の視線はサイラスに注がれている。
サイラスは、アネット様のことを睨みつけていた。
「どうして、こうなってしまったのかしら」
「どうしてもこうしても、ないでしょう」
アネット様の言葉に返事をしたのは、サイラスだった。
「あなたが旦那様を捨てた。だから、こうなっている。それは、間違いのないことです」
棘の入った、鋭い言葉。まるで、人を傷つけるために発したような言葉。
でも、アネット様は負けなかった。
「そうよね。それくらい、重々承知の上よ。ギルバートを捨てたのは私。……それは、どう頑張っても変わらない」
「理解していらっしゃるのならば、よろしいです」
それだけを言ったサイラスが、下がる。
そんな彼を見つめて、アネット様はころころと笑われた。
「本当、ギルバートは使用人から愛されているのね。……なんていうか、やきもち妬きそうだわ」
「……それは、一体どういう意味ですか?」
「あら、ごめんなさい。口が滑ってしまったようね」
私の問いかけを、アネット様が誤魔化される。その後、紅茶を半分ほど飲まれていた。
「……妬ましいわ」
それは、心の底からの言葉のようだった。
「あなたも、ギルバートも。みんな妬ましいわ。……だって、私にないものを持っている」
彼女が持つカップが、震えていた。
「私がどう足掻いても手に入れられなかったものを、簡単に手に入れている。……本当、妬ましい」
顔を上げたアネット様の目には、憎しみや悪意が宿っているようで。……私の背中が、ぶるりと震えた。
「私はなにも持っていなかった。……なのに、あなたやギルバートは何もかもを持っていて。……本当、人生ってずるいわ」
ゆるゆると首を横に振られたアネット様は、それだけを言って立ち上がられた。
咄嗟に、私は彼女のほうに近づく。……彼女の言葉が、まるで悲鳴のように聞こえたから。
「アネット様。少し、私と雑談でもしませんか?」
多分、それはなんてことない誘いだった。
ただ、彼女の心にはびこる悪意を、どうにかして取り除きたい。その一心だったのかもしれない。
彼女にそっと手を伸ばす。……アネット様は、その手を振り払った。
「冗談言わないで! あなたには私の気持ちなんて、これっぽっちもわからないわ。……ギルバートのことも、あなたのことも、見ていると惨めになるのよ!」
「アネット様!」
アネット様が、それだけを叫ばれると部屋を乱暴な足取りで出ていかれた。
彼女を追いかけようとする。でも、不意に足元がふらついて。
「奥様!」
サイラスの、悲鳴のような声が聞こえた。
(頭が、ふわふわとするわ……)
そう思いつつ、私はアネット様に視線を向けた。……彼女は、ただ戸惑ったような目をしていらっしゃった。
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