第15話 お話ししたい
◇
「奥様~。こちら、先代の奥様からの贈り物です」
「……お義母様ったら、そこまで気を遣わなくてもいいのに」
旦那様とアネット様の事情を知ってから、数日が経った。
寝台で眠っていた私の元に、クレアがやってくる。彼女は大きな箱を持って、ニコニコと笑っていた。
「いえいえ、娘が出来てとても嬉しそうでございますから。……あと、純粋に心配だそうで」
クレアが眉を下げてそういう。
旦那様のお母様……私から見て、お義母様は私のことを歓迎してくださっている。なんでも、旦那様がようやく結婚したと知り、絶対に逃がさないようにしたい、ということらしかった。それは、お義母様が自ら語ってくださった。
そのうえで、『豊穣の巫女』であり、現在体調を崩している私のことも気遣ってくださっていた。
領地で見つけた美味しいものを、たくさん送ってくださるのだ。
「中身は普段通り食材でしたので、今晩お出ししますね」
ニコニコと笑ったクレアが、そう言う。なので、私は頷いた。
「それにしても、なんていうか空模様もおかしいわよね」
ふと、私が窓の外を見つめてそう呟く。そうすれば、クレアは「そうですねぇ」と同意してくれた。
窓の外では雷鳴が聞こえる。雨が降りそうで、降らない天気。……もしかしたら、王国の水のほうも不安定なのかもしれない。
(『水の豊穣の巫女』の方も、大変なのかもしれないわね……)
無意識のうちに、そう思ってしまった。
なんだか自然と手に力が入って、毛布を握りしめる。そっと視線を下げて思い出すのは、アネット様のことだった。
ここ数日。アネット様は度々お屋敷にやってこられているらしい。もちろん使用人たちが追い出してくれているものの、彼女はしつこいと。
……だから、なのかもしれない。
私は、もしかしたらアネット様にも事情があるのかも……と、思い始めてしまっていた。
(アネット様と真正面からお話がしたいというのは、贅沢なことなのかしら……?)
誰に言っても止められるのは目に見えていた。でも、胸の中にあるモヤモヤを解消したくて。私は、目を瞑る。
「……奥様?」
マリンが、そう声をかけてきた。
だから、私は目を開ける。クレアとマリンにならば、言ってもいいかもしれない。
心の中で、誰かが囁いた。
「……あのね、クレア、マリン。一つ、相談があるの」
真剣な眼差しで二人を見つめて、そんな言葉を口にする。そうすれば、二人が顔を見合わせた。
だけど、すぐににっこりと笑ってくれる。なので、私は口を開く。
「アネット様と、一度お話ししたいと思っているの」
「……え」
けど、私のその言葉を聞いた二人の表情が一瞬で曇る。
もしかしたら、旦那様にそれは止められているのかもしれない。今更ながらに、その可能性に気が付いた。
「……アネット様にも、もしかしたらなにか事情があるのかも、と思って」
肩をすくめて、今にも消え入りそうなほど小さな声で言葉を紡ぐ。
クレアとマリンだから、怒りはしないだろう。いや、このリスター家の使用人たちは、誰も怒りはしない。……怒るのは、私が勝手に突っ走ったとき。もしくは危険なことをしようとしたときだけだから。
(ううん、もしかしたらこれは危険なことなのかも……)
アネット様と真正面からお話しする。それは、一体何が起こるのか。それはこれっぽっちも想像できないことだから。
「奥様」
クレアがそう声を上げる。なんだか彼女の声が震えているようにも聞こえてしまう。
ごくりと、息を呑んだ。
「私たちは、何とも言えません」
……そりゃそうだ。
「……サイラスさんに、一度ご相談するのはいかがでしょうか?」
マリンが、そう続ける。
だけど、サイラスが許可をくれるとは思えなかった。……なんていうか、サイラスは私に過保護だし……。
「許可を、もらえると思う?」
そっと静かにそう問いかけてみる。二人は、もう一度顔を見合わせて微妙な表情をしていた。
「それは……まぁ、そうですね」
「でも、一度お伝えしてみるのもいいかもしれません」
二人がそう言ってくれた。
(確かに、一度お願いしてみるのも、いいかもしれないわ……)
サイラスはアネット様を毛嫌いしているけれど、私の意見を無下にするような人じゃない。
そりゃあ、アネット様が何かを起こす可能性だってゼロじゃない。……だけど、私は思うのだ。
――アネット様は、エリカと似たような雰囲気だと。
(なんていうか、何かに怯えている、ような……?)
それは少し違うのかもしれないけれど。怯えている……というか、逃げている?
(うーん。上手く言葉にできないわね……)
まぁ、とにかく。アネット様と一度しっかりとお話がしたい。私は、そう思っていた。
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