第29話 絶対安静の日々
「シェリル嬢。大丈夫か?」
「……はい、かなり元気になりましたよ」
私が絶対安静を告げられてから三日後。私は寝台に腰かけて本を読んでいた。まぁ、本とはいっても中身は絵ばかりの世にいう図鑑なのだけれど。
そんな私の寝台の横にある机には、山のように植物の図鑑が積まれている。この国の植物図鑑、隣国の植物図鑑。さらには遠くの国の植物図鑑。もちろん、文字自体はこの国のものに翻訳されている。……とはいっても、本当の本当に絵ばかりなのだけれど。
そう思いながら、私は膝の上に置いて読んでいた図鑑の一冊にしおりをはさみ、机の上に戻す。それから、やってこられたギルバート様に視線を向ける。どこか慈愛に満ちたようなその表情に微妙な気持ちになりながら、私は「いつもお見舞いに来てくださり、ありがとうございます」と笑顔で告げた。
私が倒れてから三日。ギルバート様は朝昼晩と毎日三回ほど私の様子を見に来てくださる。ちなみに、基本的には食事が終ってから一時間ほど後にいらっしゃる。今だって、例にもれず昼食の後にいらっしゃっているのだもの。
「シェリル嬢。そんな物ばかり読んで、退屈ではないのか?」
「……比較的楽しいですよ」
私が読んでいた図鑑を一瞥されたギルバート様は、心底不思議とばかりにそうおっしゃる。なので、私は本の表紙を撫でながらそう言った。植物図鑑は、見ていて楽しいものだ。よく見るこの国の植物の一つ一つにしっかりと名前があって、異国の見たことのない植物さえも知れる。きっと、退屈だと思われるのはギルバート様がこういう系統にあまり興味がないからだわ。
「……クレアとマリンは?」
「食器を片付けに行きました。……食事も、わざわざこちらに運んでいただかなくてもいいのですが……」
「いや、絶対安静だから仕方がない。クレアもマリンも、シェリル嬢の世話を焼くことを楽しそうにしているし、気にすることはない」
私は毎日三食このお部屋で食事を摂っているし、全くと言っていいほどこのお部屋から出ることが許されない。この図鑑だって、クレアとマリンにお願いして借りて来てもらったものだし。……本当のところ、二人の迷惑になっているのではないかと思っていたのだけれど、どうやら二人とも嬉々として私の世話を焼いているらしい。……嬉しいけれど、ちょっと微妙な気持ちになってしまう部分もあるというか……。
「……ギルバート様にも、大変ご迷惑を……」
「いや、俺は気にしていない。シェリル嬢が元気になるのならば、それでいい」
そうおっしゃって、少しぎこちなく笑われるギルバート様。そんなギルバート様の笑みを見ていると、柄にもなく胸がきゅんとした。……私じゃ、ギルバート様には不釣り合いなのに。なのに、少しずつギルバート様を意識して、惹かれ始めている。どうにかして、意識してしまう気持ちを抑えられたらいいのに。そう思いながら、私は胸の前で手のひらをぎゅっと握っていた。
「あと、シェリル嬢の病状も調べているのだが……その、悪いがまだ原因を特定できていない。……もうしばらく、待ってくれ」
「……それは、まぁ、急ぐことではないのでいいのですが……」
正直なところ、最近私は自分の病状についてあまり気にならくなっていた。元より、生きることを諦めていたからなのかもしれないし、原因を特定することを諦めているのかもしれない。……だって、ギルバート様程のお方が調べても分からないのならば、どう足掻いても分からない気がするの。
「……いや、原因はきちんと特定する」
「どうして、そこまで……?」
「シェリル嬢に元気になってほしい。ただ、それだけだ」
私から露骨に視線を逸らされながら、ギルバート様はそんなことをおっしゃる。……私に、元気になってほしいから、か。
(クレアもマリンも、サイラスさんたちもそう言ってくれるのよね……)
実家にいたころでは、考えられないほどの好待遇。でも、時々それが不安を呼ぶ。私は、こんなにも幸せでいいのだろうかと。本当のところ、私は出来た人間ではないし、普通に醜い部分も持っている。そんな私が、この家で幸せになっていいのだろうか。そう、思ってしまう。
(でも、やっぱり私はギルバート様のお側にはいられないわ)
先日、ギルバート様に「側に居てほしい」と言われた。だけど、やっぱりそれは叶わないことだと思う。妻じゃなくてもいいと、おっしゃってくれた。だけど、それって結局……人には言えない関係に近しいということ。今みたいに、言葉にできない関係というだけじゃない。
「……ギルバート様」
そう思ったら、無意識のうちに口はギルバート様の名を呼んでしまう。その声を聞かれたギルバート様は「……どうか、したか?」と不安そうにおっしゃった。その揺らいだ瞳を見ていると、どうしようもない感情が湧き上がってくる。……だけど、言わなくちゃ。私は、貴方の側にはいられないって。
「わ、私……ギルバート様の、お側には――」
「――旦那様!」
私が、自分の気持ちを言おうとした時だった。お部屋の扉がいきなり開き、息を切らしたサイラスさんが入ってきたのだ。そのいきなりの光景に私が目を見開けば、ギルバート様は「……静かに入ってこい」と呆れたような声音でおっしゃった。
「……そうとも言っていられないのです、シェリル様の、シェリル様の魔力が枯渇しかけていた原因が分かりました!」
「……本当、か?」
そして、サイラスさんはそう叫ぶと何かの資料をギルバート様に手渡されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます