第28話 告白紛い

(お、落ち着きなさい。落ち着くのよ、私。……こんな幻聴に、惑わされてはダメ)


 自分にそう言い聞かせ、私は「……そうなのですね」と小さく言葉を返した。毛布はもうすでに頭の上まで引っ張り上げてしまっており、これ以上隠れることは出来ない。そんな私を見られてか、ギルバート様は「……そんなことをするな」とおっしゃると、私の顔から毛布をどけられる。その瞬間、ギルバート様と一瞬ばっちりと視線が交わった。……そのお顔は、何処か照れているようで。私は、どうしようもない感情に陥った。


「シェリル嬢は、どうだ? 俺だけ答えるのも、不公平だろう」


 そして、そんなことをおっしゃるギルバート様。……た、確かに、私だけ答えるのは不公平、よね。でも、私にははっきりとした好みのタイプというものがない。ずっと婚約者がいたし、いずれは破局になるだろうと薄々予感していたとしても、新しい恋をしようとは思えなかった。そもそも、継母がそんなことを許すわけがなかっただろうから。


「わ、私、私は……」


 いったい、どういう人が好きなの? この間、サイラスさんに同じことを尋ねられた際、無難に「優しい人」と答えた。しかし、それはあくまでも無難な答えを選んだだけ。今ならば、違う答えが出てきそう。……例えば、年上とか、不器用な人とか。あと、少し強面な人とか。


「……私は、やっぱり優しいお方が良いです」


 だけど、答えはこの間と同じ言葉。私がギルバート様のお隣に並べる未来なんて、あるわけがない。だったら、万が一ギルバート様のことを意識していたとしても、この想いは封印するべきなのだ。それに、そもそも恋愛感情としての好きは持っていないと思う。……ただ、異性として意識してしまうだけ。バカみたいよね。このお方、私よりも十五も年上なのよ?


「……そうか」


 私の回答を聞かれて、ギルバート様はただ淡々とそうおっしゃった。……こういう反応をされるということは、やはり先ほどの言葉は幻聴だったのだろうな。だって、喜びも悲しみもされていないもの。普通、好きな人のタイプを聞いたら、もっと露骨に反応するものでしょう?


「私の、好みのタイプなんて聞かれても、面白くないでしょう……?」


 毛布の上で手をぎゅっと握って、私はそんなことをぼやいて天井を見上げた。……もうそろそろ、ギルバート様とお話を始めて十分ぐらい経つだろうか。そうだとすれば、もうじきギルバート様はお仕事に戻られてしまうのよね……。はぁ、なんだか寂しい。


(あれ? そう思うということは、私はやっぱりギルバート様のことが好きなの……?)


 一瞬そう思ったけれど、これもそれも全て身体が弱っているからそう思っているのだろう。実際、元気になればこんなことを思うことはなくなる……はず。そうよ、そうに決まっているわ。私は、また強く自分にそう言い聞かせた。


「シェリル嬢、悪いが、俺はそろそろ仕事に戻らなくちゃいけない。……また、時折来るから」

「……はぃ」


 ギルバート様の大きな手のひらが、私の頭を軽く撫でられる。初めは、私に触れることさえ嫌悪されていたギルバート様。そんなギルバート様が、最近では少し躊躇いながら私に触れてこられる。なんだか、成長したのかな。そう思ったら、くすっと笑ってしまいそうになる。


「ただ、一つだけ言っておくと、俺はシェリル嬢の好みのタイプが知れて、良かったと思っている。……なぜだろうな。こんな風に、女性に興味が湧いたのはいつ以来だろうか」

「ぎ、ギルバート様……?」


 何故、私の顔を覗きこまれてそんなことをおっしゃるの? そう問いかけようとしたけれど、ギルバート様の視線と私の視線は交わらない。どうやら、ギルバート様自身もかなり照れていらっしゃるようで。……やっぱり、この人は不器用なのだろうな。そして、とても可愛らしい。


「俺は、シェリル嬢と出逢えてよかったと思っている。……シェリル嬢も、そう思ってくれていると嬉しいのだが……」


 少ししょぼくれたようにギルバート様が私にそう告げてこられるので、私はただ目を逸らして「私は、ここに来ることが出来て幸せだと思っています」とだけ答えた。実家にいた頃よりも、何倍も良い待遇。優しい人たち。ずっと、ここに居たいと思ってしまう。それは、叶わない願いなのに。そう、自分に言い聞かせてきたのに。ギルバート様の次のお言葉は、私のその決意をぶっ壊すには十分すぎた。


「シェリル嬢。シェリル嬢さえよければ、ずっとここにいてくれないか?」

「……ぇ?」


 そんなギルバート様のお言葉は、予想外すぎて。


 ギルバート様は、いずれは私の新しい結婚相手を見つけてくださるとおっしゃっていた。今だって、私の新しい結婚相手を探されているものだと、思っていた。


「……もちろん、どんな形でもいい。無理に俺の妻になってほしいとは、言わない。ただ、俺はシェリル嬢とずっと一緒に居たい。……そう、思ってしまった」

「……ギルバート、様?」

「悪いな。今は冷静な判断が出来ないだろうから、これぐらいにしておく。……ゆっくりと、休んでおけ」


 それだけ残されたギルバート様は、私の頭を軽く撫でられるとそのまま立ち上がり、一度も振り向くことなくお部屋を出て行かれた。……撫でられた箇所が、やたらと熱い気がする。


(それは、やっぱり私のことが好きということ……?)


 一瞬、そんな都合の良すぎる考えが脳裏に浮かぶ。でも、だけど。……私は所詮、十五も年下の小娘。あのお方のお隣に並ぶ勇気を、持ち合わせていない。


「……バカ、年の差さえ、なかったら……」


 きっと、素直にそのお言葉を受け入れられたはず。そう思ったら、どうしようもない気持ちになってしまった。もっと、私が大人だったら。そして、ギルバート様ともっと早くに出逢えていたら。そんな叶いもしない「もしも」を考えていると、どうしようもなく虚しかった。きっと、この時の私は自分の本当の気持ちに、気が付き始めていたのだろう。ギルバート様のことを、好き始めているということを――……。

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