第27話 互いのこと
そんなはずない。そう思い込み、私は必死に首を横に振る。そして、誤魔化すように「あ、あの!」と声を少しだけ荒げた。……こんなの、私らしくない。普段の私ならば、こんなことにはならないのに。
「ギルバート様のこと、教えてくださいませ」
意識していることを必死に隠すように、私が声を大きくしてそう言えば、ギルバート様は「……具体的には、何が知りたい」とおっしゃる。そ、そうよね。もっと、具体的に訊かなくちゃいけないわ。
「で、では、ギルバート様の好物は……?」
だったら、まずは無難なところから攻めるのが一番だろう。そう思って私が無難な質問を繰り出せば、ギルバート様は疑問を持たれた様子もなく、少し考えられたのち「がっつりといけるもの……だった、な」なんて過去形でおっしゃった。……何故、過去形なの?
「何故、過去形なのですか?」
「あのな、シェリル嬢。人間三十を過ぎたら衰えていく。もちろん、内臓も衰える」
「……ということは、昔は今以上に食べられましたの?」
「まぁな。今じゃ三分の二ぐらいにまで落ちたな」
……ギルバート様、今でもかなりの量を食べていらっしゃるじゃない。そう思ったけれど、ギルバート様がそうおっしゃるのならば、そうなのだろう。うん、きっとそうに決まっているわ。
「シェリル嬢の好物は、何だ?」
「……わ、私は、美味しくいただけるものならば何でも……」
実家にいたころは、まともな食事を摂ることが出来ないこともあったので、私は食事に対するこだわりが薄い。美味しければ何でも好き、と言えるぐらい。……高級食材は例外だけれど。少し恥ずかしかったので、私が毛布で口元を覆いながらそう言えば、ギルバート様は「……甘いものは、好きか?」と問いかけてこられた。……甘いもの、好き。そう言う意味を込めて私が頷けば、ギルバート様は「そうか」と満足げに頷かれていた。
「次は、何かあるか?」
「……ご趣味は?」
「身体を動かすことが好きだ。昔はこの家が所有する騎士団の訓練に混ざっていたこともあったぐらいだ。……ま、爵位を継いでからは辞めたがな」
「……さようでございますか」
だから、何処か身体つきが逞しいのか。剣を握ったり振るったりする人って、結構逞しい人が多いもの。……まぁ、実際に私が騎士様を見たことは数えるほどしかないのだけれど。
「シェリル嬢は?」
「……私は、最近はガーデニングが楽しいなぁって、思っております」
クレアとマリンに勧められて始めたガーデニング。でも、最近はそのお花のお世話をするのが楽しくて仕方がない。お花が少し育っただけでも、嬉しくて仕方がない。今回は種からじゃなくて苗からだけれど、いずれは種から育ててみたいなぁとも思う。……ここでは、時間がないから無理だけれど。
「そうか。ならば、今度新しい苗を手配してみようか」
「……はい」
本当は、断らなくてはいけなかった。だって、私はもうじきここを出て行かなくてはならないから。ギルバート様が、私の新しい結婚相手を見つけたら、私たちの関係は終わりだから。……そう思ったら、やっぱり寂しいかもしれない。
「他に訊くことは?」
「……プは、何でしょうか?」
「シェリル嬢?」
私がボソッと呟いた言葉に、ギルバート様が反応される。……こんなの、訊いていいかは本当のところは分からない。しかし、どうしても訊きたかった。あえて言うのならばとか、もしもの話でも構わないし、理想の話でも構わない。どうしても、知りたかった。
「……好きな女性のタイプとか、ありますか?」
本当は、もっと直球に問いかけたかった。でも、そのまま問いかけるのは無理で。だから、私は少し言い方を変えて問いかけてみた。そうすれば、ギルバート様の目が大きく見開かれる。……そうよね、ギルバート様は大の女性嫌い。こんなことを訊かれても、困るわよね。
「……すみません。忘れて、ください」
毛布に頭まで埋まりながら、私はそんなことを言って誤魔化す。あぁ、バカだ。いきなりこんなことを訊かれても、困るに決まっているじゃない。今の私、絶対に冷静な判断が出来ていないわ。もっと、冷静になりなさい、私!
「こんなこと、訊かれても困りますよね。……ギルバート様、女性嫌いなのに」
そう言って、私は毛布をぎゅっと握り締める。バカ、バカ。本当にバカ。体調不良だからって、頭が回っていないからって、訊いていいことと悪いことがあるわよ。
「……シェリル嬢」
「お願いです、忘れてください」
ギルバート様の、何処か不思議そうなお声が聞こえてくる。しかし、ギルバート様のお顔を見る勇気はなくて。私が毛布に埋まっていると、ギルバート様は「忘れるわけ、ないだろう」なんておっしゃった。……何故、忘れてくださらないの? 忘れてくださいよ、こんなこと。
「シェリル嬢。俺は多分、好きになった奴が好きだ。……あと、あえて言うのならば放っておけない女性だ」
「……放っておけない、女性」
「そうだ。ただし、シェリル嬢の様に芯のある奴だけ、だがな。いや、むしろシェリル嬢だけだ」
「……私だけ……」
……うん? それって、なんだかおかしくないだろうか? だって、これじゃあまるで――。
(告白じゃない!)
私のことを好きだと言われているみたい。……一瞬そう思ったけれど、すぐに理解した。これは、都合のいい幻聴なのだと。
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