中に動物が存在する状態で喫茶店、およびシェルターの収納はできません

 一夜明け、今日もいい天気。

 これから歩いてハミルトンまで、1日と半分。

 雨が降らないことを天使さんに向けて祈りつつ。


 人がいないことを確認したうえで、喫茶店を収納し。

 北へ向け歩き始めた、俺とミエルさん。


 改めてになりますが、ミエルさんの転送魔法は使えません。

 それは、ミエルさんの教育方針であり、『楽はさせない』という彼女の信念があるのです。

 またこの喫茶店、およびシェルターには、『中に動物が存在する状態で収納不可』という条件があるのです。

 ここで『動物』という言葉が、なんか曖昧な表現に感じますが、それは置いといて。

 つまりは、『ミエルさんが中にいる状態で、喫茶店は収納できない』。

 これにより、『ミエルさんを異空間でソシャゲに没頭させた上で、俺だけが歩いて移動する』という選択を取れなくなります。

 そんなわけで。

 俺は美女と一緒の散歩を楽しめることになったのでした。


 ・・・


 歩き始めて、1時間。

 ぽかぽか陽気。

 荷物も全部シェルターに収納できて身軽。

 散歩を楽しむには最高の条件が整った状態で。

 雲ひとつない、晴天の空に向けて。

 ミエルさんは、一言を漏らすのでした。


「飽きた」






*****






 ミエルさんの信念、もしくは気心の変化により、俺はハミルトン近郊まで瞬間移動することを許されました。

 まあ、楽できたからよかったけどさ。

 喫茶店解放後、当然のようにミエルさんは、ソシャゲを始めました。

 どうやら、ギルイベは5日間ほど続くようで、どうしても、そちらから手が離せない。

 そんな重要な事情がある、とのことでした。


 俺は正直に、思いました。

 『そのソシャゲ、俺もやりたい』、と。






*****






 以下が、今回の買い物リストです:


・コッペパン

・レタス

・キャベツ

・卵

・バター

・コーヒー豆

・ケトル


 鶏肉の備蓄は、まだまだあります。

 今回は、特に鮮度が必要なもののみの買い物になります。


・ケトル


 その1つを除いては。

 俺がやってきたのは『雑貨屋』です。

 いわば『何でも屋』である、この雑貨屋は、食器具類カトラリー文具類ステーショナリー、その他も含め。

 お洒落な雑貨が多数取りそろえられています。

 前回ハミルトンを訪れた時から、来たい来たいと思っていましたが、ふところ事情の関係で脳内棄却されていました。

 が、今回は違います。

 店の売り上げ金があるのです。

 頑張った自分へのご褒美。

 初お給金でのお買い物です。

 そして、そんな異世界初イベントのアイテムとして、俺が選んだのが『ケトル(やかん)』でした。


 店内散策を30分ほど、じっくり時間をかけて楽しんだ上で。

 俺の目に入ってきたのは、黒色のケトルでした。

 俺が欲したのは『ブンブク茶釜』チックな丸っこい形状の『ザ・ヤカン』でなく、どちらかというとジョウロに近い円筒縦長の形状の、そそぎ口が細くて長いタイプのケトル。

 そのそそぎ口が、ケトルの底からヒョロッと伸びているような。

 なんというか。

 アレです。

 ポイントは、そそぎ口が細いこと。

 そこには、『コーヒーにゆっくりお湯を注ぎたい』という目的が存在しています。


「はあ・・・。

 このすべらかなフォルム。

 そそぎ口の、美しい曲線。

 お洒落な黒い塗装。

 ロゴのフォント。

 はあ・・・、はあ・・・」


 あまりにもドストライクなフォルムであったため、若干ヨダレが垂れそうになる。

 ミエルさんの脚線美と、たいへん良い勝負。

 口元を軽くぬぐった上で、俺はカウンターへと向かった。






*****






「このケトルを選ぶとは・・・。

 あなた、見る目あるわね」


 店主さんは女性。

 水色の髪をサイドで束ねた、美人のおねぇさんだった。


「でも、こんな高級品を選ぶなんて。

 あなた、お金持ちなの?

 そんな汚いエプロン姿なのに」


 そして、やっと、俺は気づいた。

 『値段、見てなかった!』。

 ケトルの取っ手にくびりつけられていた値札。

 そこに記載された数字は・・・。

 『15,000G』!


「た・・・、高い」


「値段、見てなかったの?」


「でも、買います!」


 すぐに元気を取り戻した俺。

 5日間の売り上げの半分を費やす結果になったが、コーヒーを扱う店として、ここは少しばかし奮発してもいいのでは。

 そんな言い訳で、他の様々なるものを封印した。


「なんで、こんな高いと思う」


「デザインがいいから、ですか?」


「うーん。

 ちょっとカスってる。

 正解は、デザインが『難しいから』でした」


「『難しい』?」


「この細いそそぎ口を、鉄で加工するのが難しいのよ。

 このケトルは、南大陸、『炎と鉄の国』と呼ばれる『ガンダル』から取り寄せた。

 つまり、輸入品なの」


「この、海を越えてきたんですか!」


「ガンダルは鉄の加工技術に優れている。

 この大陸では、このような鉄製品はあまり流通していないの。

 その他、この店にはガンダルの鉄製品があるから、そちらもよろしければ、よろしくね」

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