魔法は魔法屋で買えます

 布団上納の翌日。

 俺とミエルさんは、シェルター内のキッチンスペースにやってきた。

 水道からはシャワーホースは取り外され、料理用ワークスペースとしてリカスタマイズ済みである。


 それは、とある質問から始まる。


「ミエルさんが考える、喫茶店で最も簡易的な食事メニューって、なんだと思います?」


 俺は真剣な眼差しで天使を見つめる。


「サンドイッチ、とかじゃない?」


「もっと、簡単なものです」


「何が言いたいの?」


 天使さんは、答えを急ぐ。


「トーストです」


「トースト?」


「つまり、焼いたパン、です」


「はぁ・・・」


 天使ミエルは渋い顔で俺を見つめる。

 そして、すごく短い言葉を投げかけた。


「じゃあ、焼けば」


「問題は、それです。

 問題は、『どう焼くか』です。

 つまり、『オーブントースターがない』のです」


「フライパンで焼けないの?」


「実際焼いてみたのですが。

 ハミルトンで購入した食パン、これをスライスしたもの。

 バターを加熱して溶かしたフライパンの上に乗せて両面、焦げ目が着くまで焼きます。

 で、食べました。

 結果。

 普通に美味しかったです」


「じゃあ、いいじゃない」


「でも、やっぱり、オーブン、欲しいじゃないですか。

 そこで、うるわしきミエル様の能力で、この簡易的なキッチンに、オーブンを。

 果ては『ピザ』まで焼ける、石窯のオーブンを。

 作ってはいただけないかなぁ。

 なーんて、とりあえず、言うだけ、言ってみたのでした」


「何度も言うけど、設計変更は難しいのよ。

 特に、このシェルターのサイズを拡張するような設計変更は、絶対にありえないと考えてちょうだい」


「ですよねー。

 『ピザ』とまでいかなくとも、『ピザトースト』を提供できないか、と、目論もくろんでいたのですが」


「ピザトーストくらいなら、魔法で焼けばいいじゃない」


「なるほど・・・。

 え?

 今、なんて言いました?」


「『魔法で』、焼く」





*****






 ミエルさんに連れられて、喫茶店の外に出た。

 晴天の草原に、涼しげな風が吹き抜けている。

 この場所なら、喫茶店の外に席を出して、オープンテラス。

 そんなアイデアが浮かんだ。


「見てなさい」


 間も無く、まるでライターで火をつけるような簡単さで、ミエルさんの右手の人差し指の先に、炎がともったのである。


「これが、炎の魔法、フランよ」


「こんな簡単に」


 ここから、この炎は、幅を拡張しながら、天に伸び。

 俺まで熱気を届けたのちに、空間中に霧散消滅した。


「最も簡単な炎の魔法がフラン。

 そこからレベルが上がるごとに、ミッドフラン、ハイフランとなる。

 私、炎の魔法は得意ではないのだけど、それでも、あなたの骨まで灰にする程度の威力は出せるのよ」


「なにそれ怖い」


「この世界の魔法は下級属性4種と上級属性4種、合計8種類の属性が存在している。

 今見せた炎の属性は下級属性に属すけど、残りの3つは、風、氷、土の3種。

 一方の上級属性は、光、雷、治癒、闇の4属性。

 最低限、これくらいのことは知っておきなさい。

 あとは自分で勉強すること」


「あの・・・。

 魔法って、どうやって覚えるんですか?」


「魔法屋で買うのよ」


「魔法、買えんの!?」


「ね、簡単でしょ。

 まあ、高級品なんだけどね。

 最初は基礎魔法しか、どうせ購入できないから迷うことはないわね。

 とにかく、魔法を買ってきなさい。

 話はそこからよ」






****






 魔法屋の看板は本当にわかりやすい、『杖』のデザインであった。

 故に迷うことなく、その扉のドアを開くことができた、のだが。

 店内は、異様な空気に包まれている。

 その理由は、既にミエルさんから事前連絡済みであった。


「マジックアイテムか・・・」


 通常、魔法屋では、魔法の習得だけでなく、マジックアイテムの購入も可能、だということです。

 魔法石、お札、薬草などはわかりすいのだが・・・。

 カエルが入った水槽や、木製のお面は、一体何に使うのだろうか。

 また、魔道具が日光で劣化するのを防ぐためか、日中なのに店内は薄暗い。

 そして、店員さんは。

 カウンターで寝ていた。

 紫色のモコモコしたローブ、それに赤いマフラー。

 彼女のユルユルとウェーブした長い淡い黄緑色の髪に、ふわふわ飛んできたホコリが乗っかる。


<<チーン>>


 『ご用の方はベルを鳴らしてください』。

 カウンターに置かれた紙の指示に従った。


「こんな耳元で鳴らされたら、うるさいでしょうが」


「知らぬよ」

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