06:律歌から遊びの誘いを受けよう!

 その週の土曜日、洗濯物せんたくものを干すため階段を登る、お母さんの足音に目が覚めた。

 いつも起こしてもらっている目覚まし時計を見ると、だいたい九時を指していた。


「もう起きたー?」

「……あれ、志音しおんは」

「三十分くらい前に起きて、宿題やってたわよ」


 志音は小さい時から起きがよく、かたや私は目覚ましをスヌーズにしながらグズグズするタイプだ。まぁ寝起きが悪い。


「洗濯物干し終わったらご飯にしようか」

「うん……」


 頭がぼうっとしている。何で志音はパッと起きられるんだろ……。

 よいしょと体を起こして、私はリビングに向かった。






 朝ご飯を食べて歯みがきをし終わると、ダイニングテーブルで宿題を始めた。もちろん、「二人とも、宿題とサックス終わらないとスイッチやらせないからねー」とお母さんから言われたからである。


「志音は今日宿題終わらせる?」

「無理。宿題多いから、明日の朝も起きてやる」

「一組は多いよね。私は明日やるのはめんどいから、終わらせちゃうけど」


 計算ドリルとノートを開き、スラスラと(というよりさっさと)問題を解いていく。


 三組の私のクラスは、本当に最低限しか宿題が出されない。音読は毎日必ずある。日わりで漢字ドリルか計算ドリルがあり、自主勉ノートが一日一ページ。

 自主勉ノートは絵をくこと以外ならほぼ何でもしてよく、自分の趣味しゅみについての知識をノートにまとめる人もいるらしい。私は面倒めんどうなので、計算ドリルの二周目を毎日しているのだが。

 それでも多いなぁと思う私。


 しかし、一組はそれに加えて算数プリントがあったり、同じ日に漢字ドリルと計算ドリルが出されたりする。しかも土日は自主勉ノートが一日二ページに増える。


「音葉は計ドの二周目やってればいいからよ、おれはそれだけじゃノートがまんねぇし。さすがにネタ切れだよ」


と、今日もこのセリフをくり返す志音。


 宿題を始めるまでが億劫おっくうで、いざ始めてしまえば集中できる私は、一時間もかからずにほとんど終わってしまった。


「お母さん、サックスやってきていい?」

「全部終わったの?」

「自主勉があと二ページ」

「練習終わったら、もう二ページやるのよ」


 交渉こうしょう成立。私は自主勉のネタに困っている志音を横目に、リビングをあとにした。






「あと一ページがどうしても思いつかないからあきらめた」


 一足先に『オルビス・ナイト』を始めている私のとなりに、志音がコントローラーを持って座る。

 お母さんにはしっかり断りを入れたらしい。


「志音なら明日ちゃんとやりそうだしね。私だったらダメって言われそう」

「俺は音葉とちがって有言実行だからな」


 勝手に自慢じまんをしてきた志音に苦笑いをしたその時、そこに置いてある家の電話が鳴ったのだ。


だれからかな?」


 液晶えきしょう画面に表示された十けたの数字。


「あっ」

「知ってんのか?」


 私の後ろから同じところを志音がのぞき見に来た。


律歌りっかからかも。もしもし」

「もしもし、その声はおと?」

「うん、そうだよ」


 水曜日会った時と変わらないテンションで話してくる。


「今日の午後一緒いっしょに遊ばない? 弦斗げんと琴音ことねにはラインで聞いたけど、オッケーだって」

「そうなの! ちょっとお母さんに聞いてみる」


 受話器から耳をはなし、皿洗いをするお母さんに大声でたずねた。


「今、音楽教室の友だちから電話かかってきて、午後遊ぼだって。行ってきていい?」

「いいけど、どこで遊ぶの」

「あっ、ちょっと聞く」


 再び受話器に耳をくっつけ、「どこにする?」と問いかける。


「うちら三人で言ってたのは、けやきの森公園なんだけど、行ったことある?」

「あっ、何回かあるよ」


 そこはちょうど北小と西小の学区の境にある公園で、その近くに住む友だちと一緒に遊んだことがある。

 できてから二年くらいしか経っていない公園なので、遊具もベンチもきれいだったのを覚えている。


「そこでいいよ。何時にしようか」

「昼食べてからだから……二時くらいでどう?」

「うん、二時にけやきの森ね」

「あっ、スイッチ持ってる?」

「持ってるけど、志音と一緒に使ってる」

「じゃあ『オルビス・ナイト』持ってる?」

「持ってる持ってる」

「オッケー、スイッチとオルビス持ってきて」

「分かったー」


 二時にけやきの森公園にスイッチを持って集合っと。

 また後でね、と言って受話器を置いた。


「ほーん、了解りょうかい

「うわっ、聞いてたの!」


 志音の顔が五センチもない間にせまっていたのだ。


「律歌、声がでけぇから音れしてんだよ」

「それは確かに。じゃあ……あっ」


 お母さんに遊ぶ場所を伝えようとしたが、また水を出し始めてしまった。


「お母さーん、けやきの森公園で遊ぶってー」

「はーい、気をつけてね」


 今日は一発で聞き取ってくれた。






「「いってきまーす」」

「「いってらっしゃーい」」


 スニーカーをきながら、リビングにいるお父さんとお母さんに向かってさけぶ。


「えっと……けやきの森ってどうやって行くんだっけ?」


 久しぶりすぎて行き方を忘れてしまった。だいたいあそこら辺っていうのは分かるんだけど。

 志音にため息をつかれる。


「俺が前走るから」


 自転車のスタンドを上げてひょいとまたがり、ペダルをこいで走り出してしまった。私もあわててスタンドを上げ、追いかける。

 志音とはある程度の距離きょりを空けながら……というより、こぐスピードが速すぎて置いていかれそうになりながら、道を改めて覚えていった。


 そっか、ここの道から入って行くんだった。


 そして意外にも、道を曲がる時にはしっかり止まって確認していた。めんどくさがって、ちゃんとやってないって思ってたのに。

 小さい時は急に走り出したり、お母さんと手をつないでいないとどこに行くか分からなかったりしたはずなのに。


 十分くらい自転車を走らせ、けやきの森公園に着いた。公園の入り口近くに自転車を止めると、律歌らしき声が聞こえてきた。


「おとー、しおーん、こっちこっち!」


 けやきの森公園には、木のテーブルと、それをはさむように二つの木のベンチが設置されているのが三つくらいある。そのうち一つを律歌たちが場所取りしてくれていたようだ。


「……久しぶり」


 もちろん弦斗も一緒にいる。


「久しぶり……って、三日ぶりだけどね」

「……そんなに経ってないか」


 弦斗の口角が少し上がる。


「後は琴音だけど……あっ、来た来た!」


 向こうからくるオレンジ色の自転車に、私と律歌で琴音に手をる。琴音も右手を上げて振り返してくれた。

 私と志音の自転車の隣に止めると、手を合わせて謝ってきた。


「ごめん、待たせたかな」

「ううん、私は志音と今来たばっか」

「律歌と弦斗くんは?」

「うちと弦斗はもう五分前くらいからいたけど、心配いらんって! 琴音が一番遠いから」

「それならよかったぁ」


 片方のベンチに私と琴音が座り、もう片方に志音と律歌と弦斗が座った。


「まずフレンド交換こうかんしよっか。ID教えて」


 バッグからスイッチを取り出して、サッとフレンド追加の画面にする。

 スマートフォンでは通じ合えなかった五人が、同じゲーム機を通じてつながった瞬間しゅんかんだった。

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