佐藤江利香の箱庭事件その2
「利香、こういう非常事態はもっと早く言えよ……」
「だってお兄ちゃんアリス姫に告げ口するでしょ」
「当たり前だっての。報連相って言葉知ってるか?」
もはや独力での解決は無理だと思い知らされてお兄ちゃんに相談することにした。
私の自己領域を占拠している妖精の大群を見て、お兄ちゃんは深々と溜息を吐くとテレパシーでアリス姫に報告し始めた。
ううっ、あのアリス姫が珍しく本気で警告してきたから軽はずみにバーチャル界の奥へ入り込んだって知られたくなかったのよね。好奇心で危険地帯に入り込む子供みたいじゃない。
「いえ姫様、そんな楽しそうにしてないで何か助言下さいよ。妖精って思ったより凶暴で火の粉をまき散らしてきたり突風を吹かしてきたりとシャレにならないんですって」
「私がいる限り、危険性はないけどね。空気を真空に変身させてるから燃焼は起きないし突風も無意味よ」
私のバーチャルキャラクターの赤衣エリカがお兄ちゃんの悲鳴を聞いて誇らしげに能力を誇示する。
赤衣エリカの固有能力『変身願望』。魔女の逸話と似た能力で有機物・無機物・生物関係なく別の存在に変化させる能力。
変身可能時間とかディレイとか同時発動とかの制限もない他の人のバーチャル能力と比べても強力な異能だと思う。生物を変身させる場合に限りちょっとした抵抗があるらしいけど、それでも不意を打てば通るだろうし戦闘利用も可能だっていうのがエリの意見。
唯一の欠点は変身させるパターンを予め決めておく必要があることね。
今回で言えば【空気】を【真空】に変身させる。そういうパターンを事前に用意して七つのスロットの一つを埋めてる事になる。変身項目スロットはVtuberとしての登録者数なんかで変わってくるから人気になれば問題にはならないかな。人気になれるよね? ワンダーランドは今注目の企業グループだしいけるはず……。
ナーバスになりかけたけど、金儲けだけならエリの固有能力で幾らでも可能なのよね。木炭をダイヤモンドにしたり鉄を金にしたり可能みたいだし。
現時点ではスロットに埋めたパターンを削除できないから10万登録者数になるまでは慎重に選ぶようアリス姫に言われてるから実行してない。アリス姫の予測だと10万登録者数を超えたら一年間のインターバルを挟んで削除出来るようになるみたい。固有能力は10万の大台を超えると強化されるんじゃないかと思ってるんだって。
アリス姫の『不思議の国』の変更可能な18ヶ所のポータルゲートと、穂村さんの『予定調和』の行動パターン別の複数未来予知。
この二つの異能は強化されたからこそ、ここまで便利になったんじゃないかって話ね。当たってるといいな。
妖精に攻撃されてビックリしたからって【空気】を【真空】に変える。それだけの為に貴重な七つのスロットの一つを埋めちゃったし……。
「なるほど、翻訳の利用ですか。鈴原さんにバーチャル界を見せてもいいんですね? 分かりました。え、穂村さんも? そりゃ万が一の戦力としては頼りになるでしょうけど」
「えっ」
何か嫌な予感がするんだけど。
「そうですか。江利香さんはバーチャル界の深奥、集団無意識によって形成された本物の異界に足を踏み入れたんですね。凄い勇気です」
「ううっ、もしかして嫌味だったりします?」
「本心で言ってますよ。恐ろしくて私もアリスさんも境界付近にすら近付きませんでしたから」
用心棒として私の自己領域に足を踏み入れた穂村さんは興味深そうに妖精達の様子を窺っている。色取り取りの妖精達の綺麗な舞に夢中になるのは分かるけど、多少の火の粉なんて見もせずに避けているわね。
転移能力の副産物として周囲5メートル以内にあるものを手に取るように把握することが出来るらしかった。こんな人にアリス姫はどうやって勝ったんだろう。
タラコ唇さんとミサキさんの二人掛かりで挑んで手加減した穂村さんと互角だって聞いたのだけど。
「うそ、でしょ。本当に妖精がいる……、異世界がある……」
「あの鈴原さん。混乱する気持ちは分かりますけど、妖精の言葉の翻訳が出来るか試して貰ってもいいですか」
「ああ、はい。そうですね、試してみます」
アリス姫に翻訳家のギフトを貰った鈴原さんはバーチャル能力なんかの異能を見てもまだ現実との折り合いが付かないらしく度々こうして混乱するのよね。
異能を披露すると気持ち良いくらい驚いてくれるから、こっちの気分をとても盛り上げてくれて有り難くはあるんだけど。
「コティン、コティンいる? 鈴原さんとお話をしてあげて欲しいの」
「ラィエゥ!」
私の言葉に一匹の妖精が群れから抜け出して差し出した私の手の上に止まった。最初に仲良くなった妖精の子だ。
他の妖精と比べて幼い容姿をしているから、まだ子供なのかな。他の妖精が騒いでたぶんこの子に戻ってくるように言ってる。
他の妖精には酷く警戒されているけど、この子の態度は最初と変わらない。悪意を持って私を騙したわけじゃないんだと分かってホッとしたな。
「こ、こんにちわ。コティンさん」
「ズィヤーゼ?」
「えっと、私の言葉は通じていますか? 通じているなら右手を挙げて下さい」
「クポポペ!」
元気に両手を挙げるコティン。微妙にズレて話が通じている気がするのよね。
五分くらい鈴原さんとコティンは話をしてたんだけど飽きたのかプイっと顔を背けるとコティンは飛び上がって仲間に紛れ込んでしまった。
「ありがとうねコティン!」
「シャガゥ」
離れていくコティンに声を掛けたんだけど他の妖精達に邪魔をされて返事は聞こえなかった。挨拶くらいは私も覚えたいんだけどな。
「どうです鈴原さん」
「難しいですね。流石に五分では」
眉を寄せて鈴原さんは無理だと首を振った。翻訳家の天才でも流石に人外の言葉は難しいのね。
「一週間は必要です」
訂正。この人も何かおかしい。
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