カラオケ

ラインは毎日欠かさず交わしていた。そんなある日の夜、遅い時間にラインが来た。

「いま飲み会終わったよ」

「酔っているの?」

「酔っていますよ、皆は二次会に行きました」

「はくちゃんは行かなかったの?」

「私は断りましたよ、えらい?偉いって言ってくださいね」

「行けば良かったのに」

「早くまささんとLINEで会いたかったから」

「楽しかった?」

「うん、飲んだら楽しい」

 知人の話によると、はくは10年ほど前からSNSの仲間と飲み会で集まっていて、時にはメンバーとキャンプに行くなど活発に交流しているらしいのだ。

「じゃあ、次はぼくと飲もう」

「でも、まささんの体が心配や」

「ありがとう。でも体調は良いから心配ないよ」

「でも心配するのは私ではないよね まささんには奥さんがいるもの。わたしは赤の他人」

「そうだね・・」

「これまで心がときめくひとが居なかった」

「いまは?」

「まささんに誘われている」

「じゃあ、会ってくれるの?楽しみにしているよ」

「こんなに近づいて大丈夫?」

「じゃあ、会うの止める?」

「なんでそんなこと言うの 楽しみにしているカラオケも 下手ですけれど~」

「わかりました。じゃあ京都にする?それとも大阪が良い?」

「京都にいきたい」


知人の送別会で初めてはくに会ってから一か月が経っていた。気が向かない集まりだったけれど、こうして二人で会うことになったのも10歳の隔たりはあるとはいえ、同じ大阪の匂いを共有していたことやラインの普及もその一助になったといえよう。浮遊していた細切れの糸が綯われて目に見える形になり、七夕の二つ星のように横たう川に向き合うように暮らしていたふたりを、赤く染まった糸がどちらからともなく手繰り寄せられていったのだ。

七夕の日を待ちきれずぼくたちは雨模様の京都で会った。初めて会った日、飲み代の支払いにはくは千円札を横長に二つ折りにして出した。不審に思って理由を聞くと、財布の不具合で紙幣がそのまま収まらないので折っている、とのことだった。初デートの記念に、ぼくは財布を買い替えることを提案して、渋るはくを繁華街の一角にある百貨店の雑貨売り場に誘った。陳列棚をひと回りしたはくは、萌黄色の財布に興味を持ちながら決めあぐねているので「傘の柄もその色だね」と言うと「そうだね、じゃあ、これにする」と嬉しそうに笑った。

心成しか軽くなった足取りで、ぼくたちは昼食を摂り、喫茶店で甘味を楽しみ、カラオケ店に向かった。初めてのカラオケに緊張しているぼくに、はくは盛んに気遣っている。その様子に、はくはもしかしたらぼくの母なのかも知れないって本気で思う。

選曲ははくがした。大音響に戸惑ったけれど、それにも次第に慣れてきた。何曲か歌ったあと「天城越え」の、あるフレーズにくると手をひらひらと揺らしながら歌うはくに愛おしさが募り、思わず頬を寄せていった。はくはぼくの気配に少し戸惑いを見せながらも、引いたからだを戻しながら何事も無かったように歌い続けている。もやもやとした気持ちでぼくは生まれて初めてマイクを握り、昨夜から決めていた長渕剛の「花菱にて」を歌ったのだった。

はくにはこどもが待っているので早めの夕食を済ませ、駅までの道のりを頬を寄せていったことを悔やみながら歩いた。はくは機嫌を損ねていないか、もう会ってくれないのではないか、ぼくはそんな不安をかき消すために地下への階段でそっと手を繋ぎにいった。するとはくはそれに応じてくれ、しかも指を絡ませても拒むことはしなかったので、ぼくはほっとした。

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