第68話 ショッピング
「もー、京香ちゃん。ええ加減機嫌直しーや」
「……知らない」
寒いほど空調の効いたバスの車内は、私の心も冷たくさせる。その冷たい心は、隣の席に座っている少女の満面の笑みですら拒絶する。
少し分かりにくい言い回しだが、とどのつまり、私は由美ちゃんに対して怒っているのだ。
怒りの理由は明白、先程由美ちゃんが佳純さんは蓮君の姉と言う事実を隠し、尚且つそれを利用して私を嵌めたからだ。
「ええじゃろうに、どうせ後でバレるんじゃし」
「あんなバラし方しなくてもいいじゃん……」
しかし由美ちゃんは謝るどころか反省の色も見せない。そんな態度が、私を益々怒らせる一因にもなっていた。
「ええじゃん、ええじゃん。佳純姉ぇも京香ちゃんの事気に入ったみたいやし、結果オーライって事よ!」
確かに佳純さんの反応は悪くなかったが、一歩間違えれば大事故だ。
もしあの場で、もし佳純さんが『こんな女に蓮と付き合わせる訳にはいけん!』などと、拒絶したらどうするつもりだったのか。
そんな無鉄砲な由美ちゃんの行動に、私は怒っているのである。
「それに、今まで相談に乗ってあげたんじゃけえ、おあいこって事にしてくれんかのう?」
「そりゃあ、そうだけど……」
それを言われると痛い。由美ちゃんには、蓮君の事に関して色々と相談に乗って貰っている。
学校で蓮君が絵を描いてるからと、屋上に行く事を勧めてくれたのも由美ちゃんだし、花火大会の時は私に遠慮して『ウチ、行くのやめようか?』と、蓮君と二人きりにしようとしてくれた事もある。
由美ちゃんは、私の恋愛相談にこれまで何度も話を聞いてくれているのだ。
「……次はああ言う事しない?」
「もちろん。しないしない」
……満面の笑みでそう返すので説得力は皆無だが、今まで相談に乗って貰った恩もある。そして何より、この裏表の無い天真爛漫な友人を、こんな事で失いたくは無かった。
「……じゃあ、向こう着いたら駅前のアイス奢って?」
「えー!?、何ね!現金じゃのうー」
しかし、対価は必要だ。あれほどの赤っ恥をかかされたのだ。これくらいの罰は与えても良いだろう。
_________
呉市は、何処にでもある地方都市ではあるが、そこまで田舎と言うほどでも無い。
市街地にある商店街は賑わいを見せているし、人通りも多く、買い物に困ると言うことはまず無いのだ。
「まだ何か見て回るー?」
「うーん、もういいんじゃ無い?」
そして時刻は午後2時。私達は午前午後とレンガ通りと言う、商業施設が立ち並ぶ場所でたっぷりショッピングを楽しんだ。
お盆の期間であるので、シャッターが閉まっている店も多少はあったが、買い物袋を両手で持たなければならないぐらいには、良いものが買えた。
………これは来月は節約しないと行けない。
「じゃあ、帰ろっか?」
私がそう提案すると、由美ちゃんは何か考える様な素振りをする。
「……うーん、
「?、別に良いけど?」
由美ちゃんは少し神妙な顔付きでそう言うので、私は少し違和感を覚える。
何処に行くのだろうか?
「あんがとう。ほいじゃ、もうちょい付き合ってくれい。こっから数分も掛らんけぇ」
私が了承すると由美ちゃんの先導で、その目的地にへと向かって行った。
「………ここって……」
数分歩いて、たどり着いたのは一軒の店。店頭には饅頭や大福などのスタンダードな商品が並んでおり、その店は和菓子屋なのだと認識出来た。
レンガ通りの端に位置するそれは、木造2階建てで、その年季が入った建物は、古いと言うよりかは味のあると言った様な建物だった。
「ほいじゃあ、すぐ終わらせてくるけぇ、ちょっと待っとって!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
由美ちゃんはそう言うと、私の返事も待たずに入って行く。後を追って入ろうかと少し迷ったが、すぐ終わると言っていたし、待っといてと言われたので、私はこのまま待つ事にした。
「よく来る和菓子屋なのかな?」
学校でも甘い物の話は良くするが、ここの和菓子屋の話は聞いた事ない。
それを疑問に思い、私はもう一度店の全体を見てみる。
「……あ」
すると、さっきは注視していなかったお店の看板が目に入り、私は色々と察した。
「……なるほど。だからここで待っててって言ったんだ……」
私はニヤつきそうになる顔を抑えながら、そう独り言を呟く。
恐らく、今の私は朝のバス停での由美ちゃんと佳純さんと同じ様な顔をしているのだろう。
何故なら和菓子屋の看板には、大きく、達筆な文字で、"芳賀製菓舗"と書いてあったのだ。
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