第61話 デビュー

 

 倉橋島は、穏やかな瀬戸内海の島だ。島と言う事は四方を海に囲まれており、海があると言う事は、魚が居ると言う事である。

 そして魚が居ると言う事は……


 「京香ちゃん、巻いて巻いて!!!」


 「わ、分かった!!」


 「もうちょい、もうちょい!!」


 雄介君と翔太君の指示に従って、私は必死に糸を巻く。 


 「……あ!!見えたで!!」


 すると、海面に黒い影が現れ、それにあかりちゃんが反応する。

 それを見て蓮君が魚を取る用の網、たも網を準備し始めた。

 

 そう、私は子供達の面倒を見ると共に、釣りをしている最中なのである。



 __________



 話は少し遡り前日の夜、また子供達の面倒を見るからと蓮君に誘われ、断る訳もなく今日の朝にメールで言われた集合場所に行くと、釣竿を持った4人の人間が、仁王立ちをしていた。


 「……おう、お前ら。今日の天気は晴れ。風も穏やか波も静か……今日は一日中やるぞ……」


 サングラスを掛けた蓮君が、真剣な口調でそう宣言する。

 同じくその小さな身体に似合わないサングラスを掛けた3人の子供達も、蓮君の言葉に頷いた。

 何だか妙な緊張感がある。


 「今日、一番"ボウズ"じゃった人はどうする?」


 すると、雄介君がそんな事を言って来た。"ボウズ"?何の事だろうか?


 「……うーん、いつも通り次の釣りでの"イソメ係"でええんで無い?」


 蓮君もまた知らない単語を発する。格好を見るに、釣り用語だろうか?


 「あ、お姉ちゃん」


 すると、私の存在に気付いたあかりちゃんが、こっちを向いて手を振って来た。

 相変わらずの可愛い反応に、ほっこりしながら私も手を振り返す。

 そんなやり取りに、変な緊張感も少しは解れた。

 ……サングラスを掛けていなかったら尚良かったのだが。


 「お、来たかいな、おはよう"京香"ちゃん」


 「おはよう、"蓮"君」


 そして蓮君も続いて私に気付き、お互いに名前で呼び合い挨拶をする。まだ少しぎこちさが残るが、その内慣れるだろう。

 それ以上に満足感があった。


 「今日は釣りじゃ。まあ、前回の子守よかは疲れんかのう?」


 「なんじゃい!!子守って!!」


 「うっさい、子供じゃろうに」


 子供扱いに怒りの声を上げたのは、いつも通り雄介君だ。蓮君はそれを受け流す様に軽くあしらう。


 「……お姉ちゃんは、釣りしたことあるん?」


 すると、あかりちゃんが私の袖を引っ張ってそう聞いて来た。

 

 「うーん、初めてかな?」


 記憶を辿るが、釣りをした記憶なんて無い。


 「!!、じゃあ、アタシが教えたる……!!」


 目を輝かせて、自信満々に言うあかりちゃんは、教えたくてたまらないと言った感じだった。

 やはり良い子である。なので私はいつもの様に頭を撫でておく。


 「京香ちゃん用の竿も持って来たけど、やってみる?」


 蓮君からそう聞かれるが、断る理由は無い。それに、釣りには少しながら興味があった。

 海を見ながらのんびり、蓮君と一緒の時間を過ごす。……うん、最高ではないか。


 「うん、もちろん。初心者だからよろしくね?」


 こうして、私は釣りデビューをしたのだった。



 __________

 



  「おおー……釣れた……」


 そして目の前には、釣ったばかりの魚が元気良く跳ねている。

 その魚はヒラメの様に薄く、白と黒のマダラ模様をした、手のひらより少し大きい程の魚だった。この魚はなんと言うのだろうか?


 「おおー、"ハゲ"じゃ。京香ちゃんええもん釣ったのう」


 「え?」


 雄介君から感心そうにそう言われるが、そんな事よりもあまりにも釣りに似合わない言葉に私は耳を疑う。

 ハゲ?まさかそんな悪口の様な魚が居るわけあるまい。


 「ホンマじゃ。この時期の"ハゲ"は美味いけえなあ。京香ちゃん、当たり釣ったのう」


 しかし。今度は蓮君の口からもハッキリ聞こえた。

 せっかく釣った魚に悪口とは、如何なものだろう。この白と黒のマダラ模様が、おじさんの毛量が足りていないバーコードの頭の様だからそう呼ばれているのだろうか?


 「お魚さんだけど、流石に"ハゲ"は失礼なんじゃない?」


 だから私は、苦笑いになってそう言う。おじさんの頭に似ているとはいえ、もっとマシな名前をつけてあげれば良いのに。



 「「「「……え?」」」」



 しかし、私以外の4人は、は目を丸くして何を言っているか分からないと言った風な顔をして来た。

 

 「?、おじさんの頭の模様みたいだから、"ハゲ"なんじゃないの?」


 何か間違った事を言っただろうか?

 私がそう言うと、4人全員が、大声で笑い始めた。


 「ぶぇっははは!!京香ちゃん!!ハゲってそう言う事じゃと思ったったんか!?」


 雄介君が心底バカにした顔で笑いながらそう言う。そんなにゲラゲラ笑う事もなかろーに。


 「お、お姉ちゃん。ハゲってそう言う意味じゃないよ」


 あかりちゃんは笑ったら可哀想だと思っているのか、震えた声でそう言う。

 だが顔が我慢し切れていない。やめてくれ。今その優しさは効く。


 「あーっはははは!!いーっひひひひ!!!おーほほほほほ!!!」


 そして翔太君は1番のリアクションをして笑い転げている。

 ……この子は一発おみまいしても良いのではないだろうか?

 

 「あーっはっはっ!!ええのう。やっぱその天然は。千代子さんに似たんかな?」


 「……蓮君まで笑う事なかろーに」


 顔は真っ赤だ。これでは牡蠣の殻の時の二の舞ではないか。

 それに私が天然?そんな、私のお母さんじゃあるまいし。


 「あんなあ、ハゲっちゅうんは………」


 そして、同じく牡蠣の殻の時と同じ様に蓮君から説明を受ける。

 直後、"ハゲ"と言うのは、この地方で"カワハギ"を指す言葉なのだと知って、これまたさらに赤面するのであった。

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