第60話 意味
「どうも、京香ちゃんの親御さんですか?」
縁側でわいのわいのと騒いでいると、今度は蓮君のお父さん、克也さんがやって来た。
克也さんもお酒を飲んでいて、顔がほんのり赤いのだが、佳代さんの様にへべれけにはなっておらず、ちゃんとした、大人らしい挨拶をして来た。
……別に佳代さんがそうでは無いと言っている訳では無い。
「はい、蓮君のお父さんですか?娘がお世話になっています」
私の父も挨拶を返す。子供の前で、親同士が挨拶をすると言うのは、何だかムズムズする。
普段家では、社会性のある部分を見せる事は無いので、こうやってお父さんがしっかり挨拶をしているのを見ると、何だかむず痒い気持ちになるのだ。
「……お母さん、何やっとんじゃ。京香ちゃんの両親が
克也さんは大分酔いが回っている佳代さんに向かって呆れながらそう言う。
「えー!?千代子ちゃんとはもうマブだちだから良いのー!!ねー!」
「ねー」
こっちはこっちですっかり意気投合してしまっている。
さらにいつの間にかお母さんの右手には、日本酒らしきモノが入ったコップが握られていた。
「お母さん!何でもう飲ませとんじゃ!」
「えー?ええじゃーん!千代子ちゃんも飲みたいって言ってたしー?」
……まるで克也さんがしっかりしたお母さんの様で、佳代さんが少しダメなお父さんの様だ。
「すみません、ウチの女房が迷惑を……」
「はははっ。いえいえ、賑やかな家族で羨ましい限りです」
申し訳なさそうにする克也さんに、私のお父さんは軽く笑ってそう返す。
………珍しい。基本内弁慶で、ファミレスの店員さんにも素っ気ない態度を取ってしまう父が、出会って10分足らずで笑顔を見せているのだ。
「ホンマにすみません。お礼と言っては何ですが、一緒に晩酌でもしませんか?……お父さんはイケる口で?」
すると、克也さんが私の両親を飲みに誘った。
お父さんに日本酒の瓶を見せて来て、期待をする様な目をしている。
「もちろんイケますが……良いんですか?お邪魔してしまって……?」
さっき突然来たばかりなのだ。ぽっと出の自分達がそんな贅沢をして良いものかと、お父さんは遠慮がちになる。
「ええ、もちろん。今日は京香ちゃんにも頑張って貰いましたけえ、そのお礼も兼ねてです。今から網で身内用の牡蠣を焼きますけん、ささ、どうぞこちらへ」
克也さんがそう言うと、昼間に散々売った発泡スチロール満杯に入った殻付きの牡蠣を見せて来た。
「そ、そう言うことなら、お邪魔します」
目の前に用意された牡蠣を見て、流石にお父さんも誘惑に負けたのだろう。
克也さんに流されるままに、晩酌の輪の中に入って行った。
____________
「あはは、ごめんね?お父さん達も参加させて貰って?」
「ええよ、こう言うのは人数が多い方が楽しいけぇな」
お父さん達は佳代さんと克也さんに連れられて外で晩酌をしているが、私と蓮君は縁側に残りその光景を見ていた。
お酒は飲めない年齢なのであの酒飲み達のテンションに着いて行くのは正直厳しい。
そこでは、克也さんがお父さんにお酒を注いで、注がれているお父さんの表情は楽しそうだった。
お父さんが初対面の人とあんなに打ち明けているのは初めて見た。
私と同じで基本お父さんは人に警戒心を抱くタイプだ。
しかし、大野家ではそれは通用しない。あれよあれよと言う間に、何故か一緒に身内として巻き込まれているのだ。
そしてそれが、どうしようも無い程に心地が良い。
「やっぱ面白いね、蓮君の家族って」
「退屈せんけど疲れるわ」
蓮君は悪態を吐くが、表情は優しい顔をしていて、本気で嫌がってない事など直ぐに分かった。
「東條さんちも、優しそうじゃったのう?千代子さんと、ええっと……」
あ、そっか。お父さんの下の名前を言ってなかったな。
「
「義則さんかあ。名前の通り、真面目そうな人じゃったなぁ」
「ふふっ、実際、真面目だよ?」
名前は性格を表すと言うが、私のお父さんは正にそれに当てはまるだろう。
生真面目で少し不器用な、私の父親らしい名前だ。
「……ねえ、蓮君?」
そして、お父さんの名前の話をしていて、私は気付いた、
「ん、何?東條さん?」
私は蓮君と言ってるのに、彼はまだ東條さん呼びなのだ。
親は、子供が産まれて名前を付ける時には必ずと言っていいほど理由を持たせる。
私の父は"義理深く、規則正しく真っ直ぐ生きよ"と言う意味で、『義則』。
母は、1000年言う意味を持つ"千代"から取って、長生きできます様にと言った意味を込めて『千代子』になったと聞いた。
そして京香。京とは都の事で都には沢山の人がいる。つまり沢山の咲く花の中でも一番の香りで人を惹きつけられる様にと、そう言う意味で名付けられたと聞いた。
両親から意味を込めて貰った名前。だからこそ、想いを込めて名付けられたからこそ、下の名前で呼び合う事は、特別な意味合いもあるのだ。
つらつらと言い訳を並べたが、要するに私は蓮君に、下の名前で様で欲しいのだ。
「私のお父さんとお母さんの事は、下の名前で呼ぶんだね」
それに私だけ"蓮君"で、向こうは"東條さん"では、納得が行かない。
「……何の事じゃ?」
蓮君はしらばっくれる様にそう言うが、恥ずかしそうに目線を逸らす仕草を、私は見逃さない。
「いい加減、"京香"って呼んでくれないかなーって」
だから、少し拗ねた様な態度をとっても、許されるだろう。
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