第59話 相性


 目の前には私の両親が居る。蓮君の実家でアルバイトをするとは伝えていたが、本当に

来るとは思って居なかった。


 「ありゃ?お客さん?」


 酔っ払った佳代さんが真っ赤な顔でそんな事を聞く。

 違います。私の両親です。

 

 「娘がお世話になっている様で。何か粗相はございませんでしたか?」


 お父さんは真顔でそう言って一礼をする。

 固い。固すぎる。それでは酔っ払っている佳代さんだって緊張……


 「あーー!!京香ちゃんのお父さんでしたかー!!どうもどうも!!こちらこそお世話になってますーー!!」


 する筈なかった。佳代さんは大口を開けて笑うと、強引にお父さんの手を取ってブンブンと握手をする。


 「ど、どうも……」

 

 お父さんは内弁慶な性格で、初対面の人にはこうやって一歩引く癖がある。だが佳代さんはそんな事は御構い無しにと話を続ける。


 「いやー!!ええですねー!こがいな可愛い娘さんを持って!!ウチにも長女が居ますけど、こんなええ子じゃあ無かったですよー!?」


 余りにもグイグイ来る佳代さんに、お父さんは苦笑いになってしまう。

 ん?、長女?


 『大野君って、お姉さんいるの?』


 隣に居た蓮君に、私は耳打ちをする。私の両親が来たこともあってか、呼び方は苗字呼びに戻っていた。


 『う、うん、大学生のが1人、滅多に帰ってこんけど』


 それは初耳だ。てっきり一人っ子だと思っていたので、かなり意外だった。


 「あら?、貴方が大野君?」


 すると、今度は私のお母さんが、蓮君に話し掛けた。


 「は、はい!!大野蓮です!!京香さんとは美術部でお世話になっています!!」


 佳代さんとは対照的に、蓮君はガチガチだ。

 無理もない。今朝、私だって佳代さんと克也さんに挨拶するときはガチガチだったのだ。


 「あら、これはこれは、こちらこそお世話になっていますー」


 私のお母さんはマイペースに、のんびりとそう返す。


 「は、はぁ……」


 私のお父さんとはある意味対照的なおっとりとした姿に、蓮君も困惑している様だった。

 

 「あら、京香ちゃんのお母さん?」


 すると、今度は佳代さんがお母さんに話しかけた。


 「はい、東條千代子と言いますー。京香がお世話になっている様でしてー」


 「いえいえー!!こちらこそ蓮がお世話になってますー!!キャーー!!若っかい!!

おいくつなんですかー!?」


 「42ですー」


 「えー!?信じられんわー!!!アタシと一個しか違わんじゃん!!」


 ……どうやら見る限り相性は悪くなさそうだ。元々のんびりとした性格で、人の話を聞くのが好きな人だ。よく喋る佳代さんとは相性が良いのだろう。

 お母さんの方を見ても、嫌がっている気配は全く無かった。


 「ほいでなー!千代子ちゃん!!この2人、まだ苗字で呼び合っとるんよー!?」


 そんな佳代さんは、もう私の母親を下の名前でちゃん付けしている。

 何と言う爆速の友達認定だろうか。


 「えー?でもさっき、"京香さん"って言ってましたよー?」


 お母さんの的外れな発言にズッコケそうになる。

  違う、そうじゃない。それは挨拶する時の礼儀みたいなものだ。

 東條が3人いるのに、私の事を"東條さん"と言ったらおかしいだろう。

 

 「あっはっははは!!ええのう、ええのう!!もしかして千代子ちゃんって、天然さん?」


 「よく言われますー」


 佳代さんはそんなド天然な私の母を大層気に入った様だ。


 「千代子ちゃんは好きな食べ物とか何なん?」


 佳代さんは次に何かを期待するかのように、適当な質問をする。

 お母さんは上を向いて何かを考える様な仕草をする。


 「私はおはぎが……ハッ!?ここはもしかして牡蠣って言った方が良かったですかー?」


 「だははははは!!!何でそこで気を使うんね!!!」


 ……何だろう、この空間は。まるでツッコミがいない漫才を見せられている様だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る