第32話 お誘い


 「うん、いいよ?」


 返事は、余りにもあっさりと返ってきた。あっけらかんと言い放った東條さんに何だか気が抜ける。


 「え、ええんか?」


 「うん。でも、その日は由美ちゃんにも誘われているから、一緒でも良いかな?」


 東條さんのその一言で、僕は完全に察してしまった。

 

 「……あー、そう言う事。うん、まあええよ」


 由美の存在を完全に忘れていた。アイツは東條さんと仲がいい。祭りまではあと1週間しか無いこの時期に、由美が東條さんを誘ってない訳が無かった。


 しかし、二人きりとはならなかったが、部活では無くプライベートでの約束を取り付けられたのは大きい。

 学校以外の東條さんの姿を見るのは初めてだ。それだけでも僕にとっては価値がある。


 「一緒に誘っちょるのって由美だけ?」


 「うん、そうだけど……大野くんも友達とか誘う?」


 「あー、どうしようかのう……」


 東條さんは完全に友達と遊びに行く感覚なのが悲しい。

 デートの様な甘い花火大会を期待するのはよした方が良さそうだ。なら、康介でも誘おう。


 「ウチのクラスに仲のいい男がるんじゃけど、芳賀って知っとる?」


 「うーん、会った事ないけど、由美ちゃんに話だけは聞いたことがあるかな?」


 「おもろい男じゃ。退屈はせんで?」


 「ふふっ、大野くんが言うならそうなんだろうね。いいよ、その芳賀くんも誘おうよ」


 この言葉を聞かせただけでも康介は泣いて喜ぶだろう。ミーハーなアイツは東條さんと花火大会に行けると言うだけで、一生の自慢にする気がする。


 それに、これまで相談に乗って貰った借りを返すと言う意味でも、僕としては康介を誘いたい。


 「ほいじゃあ、決まりかのう。康介には僕から言っとくわ」


 「うん、由美ちゃんには私から言っておくよ」


 何はともあれ、花火大会当日の予定は決まった。僕と由美と康介と、東條さん。

 この4人で花火大会を楽しむ。

 正直、二人きりでは無いのが残念だが、もしそうなったとしたら僕は緊張でまともに喋れない気もした。

 そういう意味でも、あの二人がいるのは心強いと思う。


 「ほいじゃ、当日よろしゅうね」


 「うん!私も楽しみにしてる」


 そう言葉を交わすと、今日の部活は終了。お互いに帰路についた。


_____


 花火大会が待ち遠しいなんて小学生以来だ。夕日で赤く染まる空を見ながら、僕は少しボーッとしながら歩道を歩く。一歩一歩アスファルトを踏みしめるたびに、東條さんを花火大会に誘えた事が実感出来た。


 すると、えも言われぬ感情が僕の中から湧いてくる。


 好きな人を花火大会に誘えた。


 そう自分に言い聞かせるたびに、心拍数が上がるのが理解できた。


 ムズムズして仕方のない僕は歩行が早歩きに、更にそれでは足らず、もっと足の回転を早くする。

 それは一歩一歩踏みしめるたびに、早くなる。


 「ふっ……!ふっ……!」


 気付けば僕は、走っていた。



 「……うおおおおお!!!やったーーーーーあああああ!!!!」



 夕陽に染まる倉橋島で、全力疾走をしながら、僕はそんな事を叫んでいた。

 


 

 

 

 

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