第20話 連絡先


 最近、梅雨のジメジメした空気に加えて、暑さが増して来た。

 ここ、呉の街も例外では無い。

 瀬戸内の内湾に位置するこの街は、周りを島や山に囲まれており、風があまり吹かない。

 なので空気はしっとりと肌に吸い付くし、湿度の高さはどこか息苦しさも覚える。

 

 7月に入った呉の暑さは、いつまで経っても慣れないものだ。


 「……どうするんか?……夏休み」


 そんな暑さにやられたのか、康介はだらんと机に項垂れて、僕にそんな事を聞いてくる。

 もうすぐ夏休みだが、特に予定は無い。


 「いつもとおんなじじゃ、島のチビ達の面倒を見て、釣りをしては海入って、釣りをしては海入って……」


 同じく机に項垂れて、僕はそう返す。

 夏休みは暇な事も相まって、島の小学生達に遊びに駆り出される事が多い。

 子供のエネルギーというものは絶大なもので、毎年夏休みになると、『蓮君ー!暇なんじゃろー!?』と、僕の同意も得ずにあちらこちらへと連れ回されるのが、夏休みの恒例なのだ。

 なので僕は夏休みが明けると、いつもゲッソリしている。


 「違う。東條さんじゃ。今のうちにメアドでも交換しとかんと、夏休みに一回も会えん事になるで?」


 あ、そっちか。僕はハッとした様な顔になると、対して康介は呆れた様な顔になった。


 「ハァ……ホンマ、呑気なもんじゃのう。もう転校してから1ヶ月も経っちょる。美人な転校生が来たなんて噂、もう全校に渡っとるんで?」


 ……確かにそろそろアプローチを仕掛けないと不味い。何処の誰かも知らないぽっと出に東條さんを取られるのは、是が非でも阻止したいところだった。


 「……東條さん、そんな人気なん?」


 あれだけの美人さんが転校してきたのだから、大方想像は付く。

 もう何人もの生徒に告白されているのでは無いかと思うと、急に遠い存在に思えて来た。


 「噂は沢山。同じ4組の安田が告ったとか、1組の田辺が猛アタックしよるとか」


 「う、噂じゃろうに……」


 どれもこれも確定的な情報では無い。それに、野次馬ごときは由美が蹴散らしてくれている筈だ。


 「……あんなあ、蓮。ハッキリ言うが東條さんは人気じゃ。他クラスとの噂が立つくらしにはのう」


 すると、だらんとした姿勢から起き上がって、康介が現実を突きつけて来る。しかし、そんな事は百も承知なのだが、中々に受け入れづらいのだ。


 「……じゃが、お前は渡し船や屋上の件もあって一歩リードしちょる。その後は東條さんと、どうなんじゃ?」


 続けて康介にそう言われて、僕は考える。渡し船や屋上での事もあり、この1ヶ月間で中々のコミュニケーションは取れていると思う。

 それに、僕の中で嬉しい出来事が一つあった。


 「……絵を見てくれる事が多くなった」


 放課後、屋上に東條さんが頻繁に来てくれる様になったのだ。何をするわけでも無いのだが、僕が絵を描いている様子を、後ろからずっと見ている。

 一回、『見てるだけでおもろいんか?』と聞いた事があったが、

 彼女は頷いて『おもしろい』と、一言いうだけだった。

 

 すると、康介は大きく目を見開いた。


 「おお!出来とるじゃないか!!何でそれが出来てメアドが交換出来んのじゃ!!」


 勢いよく机から上体をあげて、詰め寄る康介に引き気味になる。

 そんな事、僕に聞かれても不思議だ。


 「もうそこまでいっとるんなら早よう交換せい!さもなくばお前の夏はションベンタレのガキと一緒に過ごす事になるで!!」


 続けて康介は早口でそう捲し立てる。……心配してくれるのは嬉しいが、流石にそれは、言い過ぎでは無いだろうか?


 「ほうじゃのう……」


 それはともかく、康介の言う通り、僕は早急に東條さんの連絡先を知る必要があった。

 

 





 

 

 

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