第3章 絆 7話 「悪魔①」
「!」
気配を明らかにした瞬間、奴はビクッと体を強ばらせて、こちらを見た。
「····························。」
視線が絡み合うが、フルプレートの鎧で兜までかぶった俺の顔は奴には見えない。
目を細め、何かを探ろうとする赤目の男。
「···貴様か···貴様が、グルルの
赤目の絞り出すような声に、天を仰ぎたくなった。
グルルという言葉が出た以上、奴は悪魔か、それに関わりのある存在に間違いないだろう。御玉が何なのかはわからないが···。
「なぜ、そう思う。」···そう問えば、こちらが肯定してしまうことになる。
俺は無言で相手の出方をうかがった。
「···黙りか?」
「················。」
「···無言を通したところで、わかっているのだぞ!貴様には、魔力の波動が感じられんのだ!!それが何よりの証拠だ!!!」
無言で通したら、相手が勝手に種明かしをしてくれたようだ。
特に目新しい情報でもないので、何の驚きもなかったが。
「先程から、何やらギャーギャーとわめいているようだが、申し訳ない。この兜は、防音処理が完璧な欠陥品でな。何を言っているのか聞こえないのだ。」
当然、すべて聞こえているのだが、ここは惚けておく方が良いと判断した。
「貴様!ふざけているのか!?」
「···え?」
掌を耳にあてて、大げさなポーズをとってみた。挑発と捉えてくれれば、それで良い。
「···殺す!」
直情型のようだ。
顔を真っ赤にして、こめかみには何本もの筋が立っていた。
「だから何を言っているのか、わからないと言っている。近寄るから、変な真似はしないでくれ。」
俺は無造作に歩み寄った。
奴と冒険者たちに緊張が走るのがわかる。
さて、こいつをどうするべきか。
捕らえて尋問できれば良いが、そうは簡単にはいかないだろう。
ならば、選択肢は一つしかなかった。
「近寄るな。そこの3人がどうなっても良いのか?」
赤目の男は、冒険者たちに向けて指を突き出した。
おそらく、俺には魔法が効かないことを知っている。
そして、冒険者たちを人質代わりにして、優位に立とうとしているのだ。
「え?」
俺は再び掌を耳にあてて、大げさなゼスチャーをした。
「頭が悪いのか?何を言っているのか、聞こえないと言ったのだがな?」
赤目の男の殺気が膨れ上がった。
俺ではなく、冒険者の方に視線を向けて魔法を放とうとする。
「やっぱり、頭が悪いな。」
俺は瞬時に間合いを詰め、赤目男の腕を掴んで上にあげる。
指先から何かが放たれたそうになるが、空に向けられているから気にもしない。
脛椎に肘を入れ、襟のあたりを掴んで引きずり倒す。
地面に叩きつけようとした時に、赤目の男は忽然と姿を消した。
瞬間移動か?
咄嗟に奴の気配を読んだ。
感じた気配を追って、瞬間移動を行う。
「な!?」
上空に逃げた奴の上に移動をした。
鎧を解き、ナックルナイフで背中を滅多刺しにする。
そのまま体重をかけて一緒に落ち、地面に衝突をする手前で、自分だけ瞬間移動で回避をした。
赤目の男は鮮血にまみれ、体の下からは止めどなく血が流れ出て、それを地面が吸い込んでいく。
ビクッビクッと痙攣をする奴を視界に捉えながら、WCFTー01を取り出し、火属性モードで引き金を絞る。
尋問をすべきところではあるが、冒険者の容態が芳しくはない。
すぐに治療をしなければ、失血死するだろう。
赤目の男は高熱の炎にさらされて、すぐに原型をなくしていった。
周囲には焼け焦げたことによる異臭が漂い、やがて奴は黒焦げの肉塊と化した。
瞬間移動を使う、悪魔らしき生命体。
俺が体に触れていたにも関わらずに発動されたことを思えば、魔法とは異なる力···神威術に近いものを操れるようだ。
「厄介だな···。」
俺はそうつぶやき、冒険者の方に歩み寄るのだった。
冒険者たちが身構えていた。
だいぶ、警戒をされているようだ。
「敵じゃないぞ。」
そうは言ってみたが、武具に手をやり睨みつけられた。
「だからと言って、味方とは限らないだろう。」
無傷な女性冒険者が、他の2人をかばうように立ち塞がった。
最もなご意見だ。
それに、仲間をかばう勇ましさも好感が持てる。
おキレイだし。
「余計なお世話かも知れないが、回復の手段はあるのか?」
聖属性の魔法士はいなさそうだった。
「···本当に、余計なお世話だ。得体の知れない奴の施しは···。」
そう言いかけた冒険者の表情が一変した。
俺は振り返らずに冒険者に向かって駆け、その内の2人を抱えて横に飛んだ。
後ろから、恐ろしいほどの瘴気が流れてきていたのだが、3人を同時にというわけにはいかなかった。
ズパンッ!
何かが弾ける音と共に、残った冒険者の頭部が爆ぜた。
俺は咄嗟にSGー01を構え、後ろにいた何かに連射をする。
ドンッ!
ガシャッ!
ドンッ!
ガシャッ!
ドンッ!
ガシャッ!
ドンッ!
ガシャッ!
視界に入ったそれは、赤黒い肉塊としか表現ができないものだった。
それが腕のようなものを伸ばし、障壁を展開してこちらの攻撃を弾いてしまっていた。
自己修復なのか、それとも···もともとがアンデッドなのかはわからない。
悪魔らしき存在は、あのダメージを負ってもなお、立ち上がって反撃を行ってきたのだ。
「2人で逃げられるか?」
「はあ?なんで、あんたなんかと逃げなきゃならない!?」
「···いや、違うから。負傷した仲間と一緒に逃げられるかと聞いているんだが?」
この状況で、ド天然をかましてきた女性冒険者に絶句をしたが、くだらないやり取りをしている場合ではなかった。
「そ···そんなこと、わかっている!」
すぐに負傷した冒険者に肩を貸し、後退を始める女性冒険者を気配で感じながら、俺は蒼龍を手にとって構えた。
神威術のようなものを使ったのを見てしまったがために、今の攻撃も魔法ではないのではないかという疑問が生じていた。
となると、あの攻撃は俺にも通用するのかもしれない。
本当に···厄介な敵に遭遇してしまったものだ。
俺はそっと息を吐き、竜孔を発動し始めた。
赤黒い肉塊は、徐々にその肉体を回復させ、本来の姿形に戻ろうとしていた。
俺は
すべての竜孔が、キュイーンと回転するかのように活発化していく。
第7の竜孔であるサハスラーラでイメージを固める。
半身の構えから膝を落とし、左に腰だめにした蒼龍への意識を高めた。
その刀身に、竜孔流を纏わせる。
「真・風撃斬」
青い閃光を走らせながら、蒼龍の刃から同彩の風撃が敵に対して射ち出された。
剣風に纏った竜孔流が、さながら稲光のように発光し、空気を焼け焦がす。
一瞬で間を詰めた稲妻は、対象の中央部を両断した。
そして、そのまま全身を覆い尽くした青い稲妻は、まるで龍の顎のようにその肉塊を食い尽くすのだった。
「頼む!すぐに治療をしてくれっ!!」
依頼地から馬を全力で駆けさせたルイーズは、冒険者ギルドに到着すると受付カウンターに向かってそう叫んだ。
同じパーティーのアーチュウの容態が芳しくない。
負傷した脇腹からは、大量の出血が今なお続いている。顔面は蒼白で、体も既に冷えきっていた。
街に戻る途中で、何度も回復薬を投与したのだが、ほとんど効いてはいなかったのだ。
「すぐに救護班を呼びます!」
慌てた受付カウンターの女性が、叫ぶように返答をしながら、同僚に指示を出していく。
「とりあえず、床に寝かせろ!誰か、止血のための布を持ってこい!!」
フロアにいた顔見知りの冒険者が近くに来て怒鳴った。
「くそ···。」
悪態をつくルイーズに、他の冒険者が話しかける。
「何だ、何があった!?それに···イワンはどうした···。」
ルイーズを気遣った冒険者ではあったが、彼女の顔を見て言葉を続けることができなかった。
まるで、悪魔を見たかのような絶望が、そこには浮かんでいたのだった。
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