第2章 亜人の国 36話 冒険者ナミヘイ⑤
「推測の域は出ないが、おそらくはそうだろう。」
「···サブリナは、俺のことを信用してくれるか?」
「ん?あたりまえだ。エルミアは私の妹分だぞ。その夫を信じなくてどうする。」
「いや···それは、偽装なんだが。」
「わかってるさ。でも、偽装とは言え、エルミアはエルフだ。普通は同族だろうと、簡単に気を許したりはしない。」
確かに、エルフは人族とは違う。気位が高いとも言われているが、自分自身を大事にする種族だ。誰かの妻を演じるなど、普通ではありえないことに違いない。
「わかった。エルミアやサブリナからの信頼を裏切るつもりはない。」
「そうか···では、正式な婚姻を···。」
「···そういう話じゃないと思うが。」
「冗談だ。まあ、そうなっても良いとは思うがな。」
そういった話は、こちらの世界に来てからよく聞く。正直、もうお腹一杯だ。
「今はするべきことがある。」
「そうだな。それで、今世の魔王はどう動くつもりだ?」
「明日に王太子殿下に呼ばれている。それで見えてくるものがあるだろう。それと、ある貴族について聞いておきたい。」
「ある貴族?」
「王都に来るまでの間に、命を狙われた節がある。」
「ああ、聞いている。」
「それと関連しているかはわからないが、王太子殿下の動きを探っている勢力がいるようだ。」
「それはありえる話だ。王太子殿下は次期国王。しかし、まっすぐすぎる性格故に、政敵とでもいうべき相手も多いだろう。」
「街の地図はあるか?」
「ああ。ちょっと待て。」
サブリナが机に広げた地図から、尾行した騎士が訪れた屋敷を指す。
「これは、誰の屋敷だ?」
「それはフェミリウム公爵家の屋敷だな。」
「どんな人物かわかるか?」
「現国王の実弟で、次男は王国軍の将軍。当然、王家の中でも強い権威を持っている。その程度しかわからないけど、敵対するのなら最悪の相手だな。」
サブリナの話すプロフィールだけで、厄介な相手であることはわかる。
下手に敵に回すと、軍が出張ってくるだろう。
「人種についての意識は?」
「最悪だ。亜人を国から排除する法案を、何度も議会に提出している。まあ、その度に王太子や敵対派閥が何とか凌いでいるようだがな。」
「敵対派閥に人権派でもいるのか?」
「人権派と言えば、そうだな。フェミリウム公爵は選民思想が強すぎるからな。同じ人族に対しても、身分による差別を高々に宣言している。」
なるほど。
今の話通りの人物であるならば、玉座が欲しくないわけがない。もしくは、他の王子を立てて傀儡にでもしそうだ。
「王太子の腹違いの王子を取り込んでいるという噂もある。実状がどうかはわからないがな。」
「それなりに情報を集めているんだな。」
「私らにとっても、王城の動き次第では死活問題となるからな。残念なことに、精度はあまり高くはないが···。」
サブリナ達のこういった動きを好ましく思わない人族は少なくないだろう。情報収集も、ある一定の距離を置きながらでないと危険すぎる。
一歩間違えば、国全体が針のむしろのようになりかねないのだ。
サブリナとの話の後、クランハウス内に部屋を用意してもらった。
外見上、人族であることはすぐにわかるので、他のメンバーとの摩擦を気にしたのだが、冒険者ギルドでの一件がすでに知れ渡っており、全員が歓迎ムードとまではいかないものの、拒絶する者はいなかった。
簡単な歓待を受けてから部屋に戻り、すぐに夜の街にくり出す。
向かうのは、フェミリウム公爵の屋敷。
今のところ、公爵と敵対している訳ではないが、これまでの情報からすると、いずれ潰す対象となりえる。
明確な敵対関係になると、警戒が強まる可能性が高いので、今のうちに屋敷を探ってみようと考えたのだ。
王城に近い位置に広大な敷地をかまえるフェミリウム公爵邸。
その全容を見るために、まずは王都の真ん中にある時計塔に忍び込んだ。
その最上階から、AMRー01のスコープで要所要所を捉える。
暗視鏡ではないため、月明かりと窓からの照明による仄かな光が頼りとなるが、警備にあたる詰所や巡回ルートの割り出しに関しては、セオリーから逸脱していない。
およそ1時間の監視で、侵入ルートを割り出すことができた。
ただ、一つだけ違和感があった。
敷地内に離れ···と言っても、別館の規模の建物があり、その周囲警戒が尋常ではないものだったのだ。
建物は明らかに居住用。となれば、おそらく別邸には、王国軍の将軍を務める次男が住んでいると推測ができた。
しかし、本館よりも別館の警備の方が厳重というのが解せない。
公爵は、爵位の上では最上位貴族である。しかし、国の要職にいるかと言えば、どちらかと言えば御意見番的な立場だと聞いている。
それに対して、国防を担う将軍ともなれば、住居に厳重な警護を擁するというのは頷けることではある。
だが、普通に考えれば、広大とはいえ同じ敷地内に住む家族で、この警護の差異はおかしい。
敷地の外周を囲った塀の何ヵ所かに詰所を設け、内外の巡回要員を増やす方が建設的だと言えるのだ。
違う観点から考えると、公爵と将軍親子で意思の疎通が破綻している可能性も感じられた。
対象となる2人と実際に接触したことはないため、今のところは数少ない違和感でしかない。
俺はAMRー01を収納すると、時計塔を出て、フェミリウム公爵邸へと暗闇にまぎれて移動した。
塀を乗り越えて、庭に侵入した。
すぐに持参した秘密兵器を複数箇所に投げ込む。
庭園に訓練をされた警備犬などを放している可能性が高かったので、その対策だ。
しばらくすると、小さいが獰猛な気配を何ヵ所かで感じたが、投げ込んだ秘密兵器の方に向かって行くのがわかった。
秘密兵器とは、何か?
それは、丸めた使用済みの靴下だ。
警備犬は餌付けなどに意識が向かないように訓練をされている。しかし、靴下などは人の臭いが染みついており、侵入してきた人間と錯覚をする。
貴族の屋敷で飼われた犬であるならば、普段接している人間と異なる香りには過敏になるのだ。
因みに、靴下はクランハウスで歓待を受けた際に、何人かの酔った獣人から手に入れた。それを見ていた何人かからは異様な視線を送られたが、気にしても仕方がない。特殊性癖を持つ奴だと噂をされるようなら、偽装妻のエルミアとイチャつくことでイメージを変えれば良い。俺はノーマルだと。
余談だが、使用済みのパンツでも問題はない。ただ、自分のパンツを投げ散らかす趣味はないし、他人のパンツを収集した場合は致命的な状態···すなわち変質者のレッテルを貼られてしまうので、今回は靴下にしておいた。
···何も言うな。
これはボケじゃない。
いや、だからツッコまないで欲しい。
警備犬を遠ざけた俺は、木や遮蔽物の影を縫いながら本館に向かう。
別館に関しては、やはり人の気配が多すぎるので今回はスルーをする。
すぐに本館に接近し、見張りの気配がないのを確認した上で跳躍し、2階のバルコニーへ飛び移った。
壁際で1分程待ち、周囲の気配に動きがないかを探る。
気づかれた様子がないことを確認してから、さらに上にある屋根へと移動する。
こういった邸宅は、間取りがパターン化している。
目指すのは書斎や執務室にあたる部屋だが、その配置に関しては、ある程度の推測がついた。
書物や書類などを扱うことが多いため、直射日光による日焼けや乾燥で、紙や革類が傷まないように配慮がなされている。則ち、西や南側は避ける傾向にある。
加えて言うならば、北側は気温が低いために執務には適さない。
屋根づたいに東側まで移動した俺は、軒先から上体を出して周囲を確認し、雨樋を支点に体を躍らせ、2階の窓枠を掴んで体をそちらへと移した。
やっていることは泥棒と同じだが、その技能はエージェント仕込みのものだ。
もしかしたら、この世界では世紀の大怪盗になれるかもしれない。
何せ、セキュリティは地球で言うところの近世程度。貴族の屋敷となれば、それに魔法が付与された二重ロックとなるが、俺が触れれば魔法はすぐに解除される。
悪い道に進む気はないが、いろいろと残念なシステムであることは間違いないのである。
翌日。
夜が明けると、すぐに冒険者ギルドに向かった。
新人冒険者達に渡す料理レシピを作るためだ。
レシピに沿って大まかな説明を行い、厨房で実技を学んでもらう。基本的には彼らの前で実演し、それを真似てもらうことが主体となるが、多くの料理教室で採用されているカリキュラムに似ているとも言えた。
当然のことだが、今回の主旨を踏まえて、夜営で役立つ技法を中心に、身につけてもらうつもりだ。
昨夜の調査結果についてだが、公爵本人ではなく、別の考察すべき人間が出てきてしまっていた。
フェミリウム公爵の書斎を探しだして机や書棚を調べてみたが、本人に関してはそれほど気を引くものはなかった。
だが、別の成果として、王国軍の将軍職にある次男に関する調査書を発見することとなった。
それが公爵の執務机の引出し、それも上げ底にして作った隠しスペースから見つかったのだ。
親子間で対立していると言うよりも、公爵が息子の行動に何らかの危惧を持ち、何者かを使って調べあげたような内容だった。
加えて言うならば、去り際に別館の近くを通った時に、それまで反応をしなかったソート・ジャッジメントがそこで反応した。
選民思想にかぶれ、他種族を迫害対象とするかの言動を繰り返す公爵よりも、将軍の立場にある次男の方が悪意に満ちているということだ。
貴族や国防を担う立場として、大いなる野心を持つことは当然とも言えるが、俺が感じたのは、やがて甚大な被害をもたらすような悪意でしかなかった。
要は正攻法ではなく、クーデターや数多くの被害者を生む類いの厄災を撒き散らす要因になりえる存在だということだ。
まだまだ情報は足りていないが、公爵ではなく将軍にターゲットを移した方が良いと再考させられてしまった。
午前中の2時間ほどを新人冒険者と共に過ごした俺は、カツラ、マスク、額当てなどのナミへーセットに身を包み、王城を訪れた。
城門の詰所で本人確認を済ませて待機室で迎えを待っていると、カチャカチャという鎧の音と共に1人の騎士が部屋に入ってきた。
「ナミヘイ・タイガ・ヌケスギタ殿でお間違いないか?」
洗練された物腰と、鷹の眼のような眼光。
気品と荒々しさが同居したような偉丈夫と言えよう。
「そうです。私がナミヘイです。」
「私は近衛親衛隊を指揮するトゥーラン・テイゲイ。貴殿をお迎えに来た。」
近衛親衛隊というのは、おそらく王族を守護するポジションの者だろう。
そして、トゥーラン・テイゲイと名乗ったこの男の立ち居振舞いを見る限り、高位の貴族出身であるとも感じられる。
騎士の中でも、エリート中のエリート。
王太子からの招きとは言え、このランクの者がお出迎えとは、ただの御礼のために呼ばれたのではなさそうに思えた。
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