第2章 亜人の国 14話 エージェントと黒猫①
「そういえば、タイガって裸になるのが好きなんだよね?」
「································はい?」
リーラと談笑をしていると、とんでもないことを言い出した。
「アレックスが、タイガは裸の妖精さんだから尊いとか言ってた。」
···今度、アレックスを埋めても良いだろうか。
「アレックスやティーファ達とも話をしたのか。」
「うん。年齢が近いし、仲良くなれそう。」
「そうか。それは良かった。ただ、アレックスは妄想癖があるから、変なことを言い出したら聞き流した方が良いぞ。」
「そうなの?タイガは裸で踊るのが趣味だから、今度見せてもらうべきとか言ってたけど···。」
「···そんな趣味はないぞ。」
「そっかぁ···残念。」
いや、そんな悲しそうにしないでくれ。
「あ、でも温泉とかは嫌いじゃないよね?」
「ああ、好きだぞ。」
「だったら、この里に露天風呂があるから入ると良いよ。」
おお、マジか。
「それは良いことを聞いたな。」
「今はまだ混んでると思うけど、遅い時間なら貸し切りで入れるかも。」
「今夜にでも使わせてもらうよ。」
「うん。」
リーラは明るい表情で話すようになった。
これまでを考えると、自由に話せる相手がいることが、彼女にとって良い方向に向かうことだと思えた。
日が変わる頃合い。
俺は1人で露天風呂に来た。
日本人だから、お風呂が好きというほどではない。どちらかと言えば、シャワー派だ。
エージェントの立場だと、あまりゆっくりと湯船に浸かれる時間がなかったと言える。
ちゃんとした洗い場があったので、頭と体をしっかりと洗い、岩で作られた湯船に入る。
お湯は少し温度が高めだったが、それが心地良い。
「huuuuuuuuuu~」
と思わず声が出た。
しかも、なぜかキングスイングリッシュ風に···まあ、とにかく気持ちが良いと言うことだ。
月の明るさに負けない満天の星空。
元の世界では、見ることのできなかった美しい夜空だ。
ふと、視線を感じた。
そっと視線をやると、光る2つの目が俺を見ていた。
「にゃっ!」
猫?
目が合うと、挨拶をするように声をあげた。
「一緒に入るか?」
冗談めかして言ってみると、警戒することもなく、こちらに寄ってきた。
月の光を反射する艶やかな毛並み。
黒猫だ。
不審なものは感じなかった。
「にゃあ。」
じっと見つめると、すぐそばまでやって来た。
「きれいな毛並みだな。」
「にゃ。」
返答をするように鳴く黒猫を、俺は瞬時に両手で掴む。
「ふぎゃっ!?」
「大丈夫。何もしないから。」
そう言いながら、少し抱えあげる。
「にゃっ、にゃ~!」
濡れた手が嫌なのか、少し拒否られているようだ。
「美人?いや、美猫?おっ、やっぱり女の子か。」
「にゃーっ!!」
俺が性別を確かめていると、必死に逃れようと抵抗された。
「ん?なんだ、恥ずかしいのか?そうか、一方的なのは失礼だよな。」
俺はそう言いながら立ち上がり、おあいことばかりに俺の魔王を見せてみた。
「ぎゃぁーっ!!!」
黒猫は本気で抵抗を見せ、鋭い爪を閃かせて離脱。そのまま、脱兎のごとく逃げていった。
「ああ···ごめんな。いじめるつもりじゃなかったんだが···。」
そう言いながら、俺は視線を下にやる。
「···さて、どうしようか、これ···。ってか、痛い···。」
俺の魔王からは、だくだくと赤いものが流れていた。
そして、俺の目尻には、透明な液体が溢れていた。
驚くような速さで夜道を駆け抜けた黒猫は、小高い丘の中腹でようやく立ち止まった。
周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないかを確認する。
やがて、その体が霞のようなものに包まれた。
「ふう···。」
霞が晴れると、そこにたたずむのは十代後半とおぼしき美少女。
淡く紫がかったツインテールの銀髪と、大きな紅い瞳が特徴的だ。
「びっくりした···"魔王に相応する者"が現れたと聞いたから、見に来てみたけど···。」
露天風呂での出来事を思い出し、耳まで真っ赤にする。
「猫に擬態していたとは言え···私のあんなとこを見るなんて···しかも、不公平だからって、自分の···あんなものを見せるなんて···。」
両手で顔を覆い、うずくまる美少女。
「···まさか···猫に情欲を感じる変態なの?」
絶望的な表情をしながらも、冷静になるように深呼吸をする。
「い···いくらなんでも···違うわよね?変態どころの騒ぎじゃないわ···。」
もう一度、深い深呼吸を繰り返す。
「大丈夫。冷静に考えれば、単に猫と戯れていただけだわ···きっと。そうよ、動物好きの優しい人なんだわ。そ···そんな、ド変態がいるわけないし···うん、そう。大丈夫···絶対、大丈夫。」
長く息を吐き、なんとか平常心を取り戻す。
「思ったよりも細身だったけど、脱いだら···。」
そこで、また美少女は顔を真っ赤にして口をパクパクする。露天風呂で見た光景を思い出したのだ。
それに、細マッチョは彼女の好みのタイプだった。
「だ、大丈夫。鍛えられた無駄のない体だった。うん···それに、あのミン様が信頼しているみたいだし···。」
夜空を見上げ、「はあ~」と大きな溜め息をつく。
「もう、あまり時間がない···早く仕掛けなきゃ···。」
何かを思い詰めた顔つきで夜空を見上げているが、その瞳からは涙が溢れ、頬を伝っていた。
「どうか、あの人が強い人でありますように···。」
星に願いを託すかのように、美少女はつぶやくのだった。
視界が白くぼやける。
何かが見えるわけではなく、自分の今の状態がどういったものなのか、把握ができない。
何も知覚できないのに、意識だけがはっきりとしているような感じだ。
俺は可能な限り、意識を集中させた。
昨夜は露天風呂に入った後、すぐに就寝したはずだ。あれから、起きた記憶はない。
夢?
いや、そんな感覚ではない。
何だ?
何が起こった?
そんな風に思考を巡らせていると、何も見えないはずの正面に強い存在を感じた。
「···あんたか。」
『···もう少し焦ると思ったが···面白味のない奴だ。』
「いや···くだらない遊びにつきあう気はないぞ。」
『いやいや、遊びではない。そなたに伝えておきたいことがあってな。』
このふざけたオッサンは、神を首になったアトレイクだ。
通称、駄目神と言う。
『誰が駄目神じゃっ!』
「何も言ってないぞ。」
『確かに聞こえたぞ。そなたの心の声が。』
「被害妄想だな。普段から気にしているから、そんな勘違いをするんだ。」
『···相変わらず辛辣な。それに、神を恐れぬ暴言も変わらんな。』
「それで、何のようだ?」
『ふむ···そなたは本格的に神格化したようだ。』
「神格化?テトリアと同じ、亜神というやつか?」
『厳密に言うと、テトリアは神格化を果たしてはいなかった。あやつは、あまり自分で物事を考えて行動するタイプではなかったからな。』
「どういうことだ?」
『私が常にサポートをしていた。結果として、テトリアは存在こそ近かったが、亜神には覚醒できなかった。』
「···要するに、テトリアの二の轍を踏まさないように、あんたは俺から離れたということか?」
『さすがに、頭の回転が速いようだ。あやつも、そのような怜悧な頭脳があれば、ああいった最後を迎えることもなかったであろうに。』
それはどうなのだろうか。
テトリアは、うまく使われた駒に過ぎなかったという見方もできる。
まあ、主体性がない残念な奴というのは、間違いないのだろうが。
「亜神とは、この地では勇者と同意義だと聞いたぞ。」
『勇者そのものが、人外的な存在なのだ。そなたが素手で魔族と渡り合えたのも、その素質があったからこそと言えよう。』
「まあ、何となく言いたいことはわかる。それで、亜神になった俺は、これまでと何か違うのか?」
『私のサポートなしで、神威術を使えるようになったはずだ。一部ではあるがな。』
「マジか?転移もできるのか?」
『あれは亜神では無理だ。』
「そうか···残念だ。」
『どこまでのものかは、自身で確かめてみると良い。』
「わかった。助かる。」
『ふむ。そろそろ時間のようだ···。』
その言葉の後、俺の意識は落ちた。
明朝、竜人の里を出発した。
ブレドは残ると言い、代わりにリーラが同行をするらしい。
長にしてみれば、これまでの罪滅ぼしなのだろう。
同年代の女性であるティーファ達とも打ち解けてきたようだし、年頃の女の子としての生活を経験させてあげたいとのことだ。
本心としては、今後は魔王を補佐する役目を担うため、いろいろと学ばせたいのではないだろうか。もちろん、一般常識なども含めてだが···。
流れ的に亜人連合を統括する立場に、囲いこまれつつある。本音としては、そのルートに乗るつもりはさらさらないのだが。
無責任に放置をする気はないが、人族との関係値をどういったものにするのか、その答えを導くことが一番手っ取り早いと思っている。
これまで通り敵対をするのか、手を取り合って共に恩恵を受けるのか。その経緯によって、手を貸せば良いだろう。
これは、神アトレイクからのミッションだ。
俺自身が主体的に動き、すべてを丸くおさめるだけでは、彼らに明るい展望はない。
永続的に俺が関わるのでは、意味がないのだ。
こういった漠然としたミッションは、エージェント時代にも少なくはなかった。
上官が地図の一点を指差し、「ここを何とかしろ。」などというだけの指示も、実際に何度かあった。
そういった対象は、大抵が内乱の続く国家であったり、大規模なテロ組織であったりするのだが、国家間の事情や秘密保持のために、表立った作戦が実行できないことが多い。
最悪な事に、いわゆる、ヒト、モノ、カネの支援が一切ない時もある。
そんな経験を考えれば、変な
このミッションをクリアしなければ、次の展開に進めないと言うのであれば、バッチこーいである。
「ねえ、露天風呂に大量の血痕があったそうなんだけど、何か知ってる?」
「私も聞いた。みんなが入った後には、何もなかったらしいんだけど···。」
「と言うことは、深夜に何かあったのね。」
「裸の妖精さんが頑張ったんだよ。」
「えっ、何よそれ?」
「深夜にお風呂に入ったのって、誰?」
「タイガのはず···。」
「「「「「····························。」」」」」
「あの人···何をしたの?」
なぜか、女性陣の視線が突き刺さるように痛かったが、俺は気にしないことにした。
というか、歩く度に擦れて、俺の魔王が泣いている···。
「次はどこに向かっているんだ?」
竜人の里で貸し出してもらった馬車で移動をしている。
竜人だから馬車も馬ではなく、竜種で引くのかと思ったが、普通の馬だった。
「エルフの里に向かっているけど、数日はかかるから、途中でドワーフの里に寄るわ。」
御者はミーキュアだ。
馬車の中は振動が強く、昨夜の傷にも響くので、俺はミーキュアの横に座っていた。傷が開いたりしたら、股間が真っ赤になっていろいろと困ることになる。
御者台は馬車の前部にあり、車輪からの振動が比較的緩やかなのだ。
「知り合いにもドワーフがいるが、やはり鍛治士とかが多いのか?」
「そうね。彼らは手先が器用だから、鍛治だけではなく、革細工や魔石の加工、服飾も得意よ。」
「じゃあ、俺の衣服と装備も揃えられるかな?」
「それは大丈夫だと思うけど···タイガはお金を持っているの?」
「···ないな。」
「じゃあ、難しいと思うわよ。彼らが作る物は価値が高いから。」
「体で払うよ。」
「はあ!?」
「労働力を提供するって意味だぞ。」
「もう···やめてよね。ただでさえ、変な疑いがあるのに···。」
「変な疑い?」
「···言わせないでよ。」
ミーキュアを見ると、耳まで真っ赤にしていた。
「···俺は、超ノーマルだぞ。」
「そうかしら。」
何か誤解があるようだ。
「ミーキュアみたいな美少女が大好きだ。」
「!?」
ミーキュアが急に手綱を引っ張った。
馬が驚いて嘶き、馬車が極端に減速する。
「どうしたんだ?」
「あ···あなたねぇ···。」
なぜか怒らせてしまったようだ。
激怒しているのか、顔が紅潮し、涙目になっている。
「ごめん、何か気に触るようなことを言ってしまったようだ···。」
ミーキュアはジーッと俺を見ていたが、やがて溜め息をついて馬車の速度を上げた。
しばらくして、
「その···天然なのを何とかしなさい。いつか刺されるわよ。」
と言われてしまった。
よくわからないが、こういったのを天然ジゴロと言うらしい。
「···善処する。」
そう答えるしかなかったのだが···。
半日ほどが経過した頃、広大な平原に差し掛かった。
「ずいぶんと見晴らしが良い所だな。魔物が襲ってきたりはしないのか?」
視界が良好過ぎるのは、襲撃をする方も、される方もデメリットになる。
「魔物はいないわ。」
「そうなのか?」
「この辺りは、精霊族の領域なの。」
「精霊族?」
「精霊を始祖に持つ一族よ。魔力に優れ、精霊魔法だけでなく、召還魔法も得意としているの。魔法の多彩さでは、連合内で唯一無二の存在と言っても良いほどよ。」
「その精霊族が、魔物を退けているってことか?」
「そうね。厳密に言えば、要所要所に結界を張っているのよ。悪しき存在は、この辺りには入り込めない。」
「精霊族には会わなくて良いのか?」
「先にエルフの里に行った方が良いわ。彼らは異常にプライドが高いし、不用意に近づくとトラブルになりかねないのよ。」
「ここを通っていることには、気づかれていないのか?」
「精霊族は動物に擬態もできるから、すでに見張られているかもしれないわ。猫とか、梟とか、気配を消すのが得意な動物になれるから。」
「···猫?」
「そうよ。」
「黒猫?」
「さあ?色までは···擬態する人によると思うけど。」
露天風呂で出会った黒猫の反応が、いちいち過剰だった件について···。
まさかな···。
いや、もしそうだったら···俺がやったことは、変質的な行為だったり···しない···よな···。
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