第2章 亜人の国 13話 暴虐竜 vs エージェント③
「魔族が攻めてきたという報告は、本部にはなかったと思いますが?」
ミンが長に問う。
「いろいろとあったのだ···それからすぐに、私の意識は途絶えたしな···。」
詳しい話を聞くと、およそ1ヶ月前に、1体の魔族が竜人族の住む領域に立ち入ってきたらしい。
自分たちの生活を侵犯されると考えた長は、暴虐竜ガルバッシュに魔族討伐を指示した。
結果は···相討ち。
辛うじて魔族を倒したガルバッシュだったが、激しい闘いの結果、瀕死の状態となっていた。
他の者達を退け、事件の公開を禁止した長は、1人で我が子であるガルバッシュの傍にたたずみ、最後を看取る覚悟をしていたという。
半日ほど経過した頃、突如天から舞い降りてきた少年が、自分は"とある神の使徒ロック"だと名乗った。
ロックは、ガルバッシュの今の状態は、勝手気儘で同族を蔑ろにしたために、竜神の怒りをかった結果だと告げる。
ガルバッシュは膨大な魔力と、数百年に1人と言われるほどの戦士としての才能を持って生まれてきた。
しかし、実年齢はまだ14歳。
300年はゆうに生きる竜人族にとって、ガルバッシュはまだまだ子供と言えた。
だが、その子供がたぐいまれな力を持ち、すでに同族どころか、連合内でも最強クラスの実力を持ったとしたら、付け上がるのは想像に難くない。
ガルバッシュは我が儘に育ち、父親である長の言うこともあまり聞かなくなってしまっていた。
だが、それは精神的な幼さが原因である。
父として、子を正道に立たせられなかったとはいえ、竜神の加護もなく、わずかな人生の幕を閉じていい理由にはならない。
長は、本来なら感じるべきロックへの不信感を棚上げにし、どこの何者かもわからない神に救いを求めた。
「どうか···どうか、我が子の命を救ってくだされ。使徒様の、あなた様の神の御力で···。」
普段は竜神への信仰心が厚い長も、我が子が救われるのであれば、たとえどのような神であってもすがりたいと思うのはおかしな話ではなかった。
「良いだろう。」
ロックはそう返答をすると、鈍く輝く黄金の像を出現させたのだった。
話を聞いた俺は、茶番だと思った。
長とガルバッシュ親子のことではない。俺には経験はないが、子を思う親の気持ちというのは、本来はそういったものなのだろう。
それよりも、あのビリ◯ン像は、元の世界のものがモチーフだ。
それに、ロックという神の使徒を名乗った少年。
推測の域を出ないが十中八九の確率で、これは堕神シュテインが絡んでいる。
シュテインは、元の世界にいた頃はロシア系ドイツ人だった。極東ロシアで、神や伝統工芸品としてメジャーであったビリ◯ンを知っていたとしても不思議はない。東京在住の者が、沖縄のシーサーを知っているような感じだ。
それに、ロックという名だが、これをドイツ語に置き換えるとシュテインとなる。
ドイツでは一般的な名前だが、ここは異世界だ。2つのキーワードが奴を指しているとしか思えない。
神アトレイクが俺をこちらに転移した理由が、漠然とだが見えてきたようだ。
視線を感じた。
感覚を研ぎ澄ますが、周囲に気配は見あたらない。
何かを観察するような、ねっとりとした視線。
ソート・ジャッジメントも反応しないのであれば、おそらくはシュテイン。
奴は元神だ。
遠隔で俺を見張っているのかもしれない。
「···タイガ?」
気がつくと、ミンが俺の目を覗きこんでいた。
首を傾げる仕草が、小動物のようで可愛い。
「ああ、悪い。少し考えごとをしていた。」
「···そう。」
ミーキュアや、ティーファ達も俺を見ていた。
少し、殺気立っていたのかもしれない。
「ところで長、この少女は?」
「···ガルバッシュだ。」
「暴虐竜って、女の子だったの?」
ミーキュアが驚きの声をあげた。
側にいるブレドは、特に何の反応も示さなかった。おそらく、知っていたのだろう。
理由を聞くと、竜人族では戦士=男という図式があるらしい。
男尊女卑ではなく、単純に身体能力や魔力で差が大きいからだそうだ。
竜人族は強靭な肉体と長寿であることからか、なかなか子宝に恵まれない。
長として常識離れをした魔力を持って生まれた娘が、将来的には同族の繁栄に多大なる貢献をすると感じていたそうだ。
しかし、性別だけで判断をする古参も少なくはなく、『男ではない』という理由から、優れた能力を持っていても、戦士としては認めてもらえない懸念があった。
竜人族は、戦士でない者の発言を軽んじてしまう傾向にあったのだ。
そこで長は、生まれた我が子の性別を偽り続けた。外に出る時は常に真体化し、さらに言動も男らしいものにしていたらしい。
成長するにつれ、圧倒的な実力を示すようになった彼女は、同年代の者たちと交流することもなく、どんどん孤立化していった。
そのうち、成人している者や、自分よりも倍以上の体格を持つ者にも圧倒的な強さを見せ、結果として、傍若無人な振る舞いを見せるようになったという。
「簡単に言えば、父親としての配慮に欠けていたということだな。」
「···そう言われても仕方がないかもしれん。だが、私は···。」
「子供に期待するのは良いが、子は親を選べない。人格を形成するための大事な時期に、あんたは過度な期待と孤立を娘に強要したんだ。」
俺の父親と同じだ。
子に期待を持つのは良い。
だが、本人の気持ちを無視して過酷な人生を歩ませるのは、親心ではなく、ただのエゴイズムだ。
「タイガ、貴様は言い過ぎだ。長にも立場が···。」
「じゃあ、ブレドは自分の子どもにも同じことをするのか?擁護するということは、それを肯定することだと思うが?」
「それは···。」
ブレドは言いよどんだ。
竜人族のことに口出す権利など、俺にはない。
しかし、かつて同じような過酷な道に放り込まれた身としては、子どもの気持ちがよくわかるのだ。
近くから、鼻をすする音が聞こえてきた。
ミーキュアに介抱されている少女を見ると、その瞳からは涙が溢れていた。
竜人の里で、宿泊するための部屋を提供された。
屋根があればどこでも良いと伝えたのだが、俺に貸し与えられたのはリゾートホテルの離れかと見紛うような建物だった。
因みに、ミン達も同じようなものだったが、広くて部屋数が多いので、4人で一つの建物に泊まっている。
残念ながら、男女別々だ。
長は俺の幼少期の体験を聞かせると、娘に対する接し方に深い反省を見出だしたようだ。
プライドが高いと言うよりも、真面目過ぎるのかもしれない。
長としての使命感や重圧で、我が子を省みなかったことに改めて気づいたようで、ずっと頭を抱えていた。
あとは親子の問題だろう。
俺はテラスに出て、置かれてあった椅子に座る。
静かな夜だ。
久しぶりにゆっくりとした時間が流れていく。
シュテインは何を企んでいるのだろうか?
この大陸···少なくとも、亜人の領域には、スレイヤーが存在しない。ガルバッシュと闘ったが、ブレスを除けば、それほどの脅威には感じなかった。
魔族は、圧倒的な魔力を持つ者が多い。
膨大な魔力を背景に魔法障壁を展開すれば、竜人が真体化した時のブレスに抗うことは可能だろう。
神アトレイクは、この大陸でのシュテインの何らかの活動を阻止するために、俺を転移させたのだろうか。
長は、おそらく
では、その目的は?
亜人連合に混乱を招いたところで、規模はそれほど大きくない。
ミンに確認をしたが、連合がカバーしている全域の人口は5万を下回る。そう考えれば、対外的に何かをするための布石と考えるのが妥当だ。
仮に、ガルバッシュの力を増大させ、連合を統一したとしよう。もちろん、指揮を執るのは意のままに動く長だ。
端的に考えれば、人族との戦争。
人族は、連合の領域の約5倍の範囲に分布して生活をしているそうだ。出生率の高さも加味して考えると、数十万から数百万の人口になるだろう。しかし、数の差は身体能力の差で十分埋まる。獣人や竜人の真体化は、人族にとってかなりの脅威となるはずだ。
あくまで推測だが、魔族による侵攻の前に、亜人も人族も含めた人間同士を戦わせて消耗させる。
それ以外の要素は、今のところ見えてこない。
そこまでの思考に至った時、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
しばらくすると、その足音が途絶える。
「どうした?」
俺は立ち止まった相手の顔を見て、話しかけた。
日が沈み、辺りが暗くなった時間。
俺が思考に耽っていると、少女の姿をしたガルバッシュが訪ねてきた。
うつむき加減で、着ている白地のワンピースを両手で握りしめている。
「おいで。」
俺は、隣にある椅子の座面をポンポンと叩く。
彼女はチラッと俺を見ると、とまどった様子を見せながらも、隣にやって来て椅子に座わった。
無言の時が過ぎる。
たまに、チラッチラッと俺を見るガルバッシュを感じていたが、黙って待った。
「あ···その···ごめん。」
やがて、彼女の口から謝罪の言葉が出た。
「何がだ?」
「急に···襲って···。」
彼女が最初に攻撃を仕掛けてきた時、普通に意識はあったようだ。
「気にするな。敵だと思ったんだろ?」
「うん···。」
うつむき加減でそう答える彼女の瞳は、黒に近い濃緑の髪で隠れている。
「体は大丈夫なのか?」
「ミーキュア···様に治してもらったから。」
「そうか。」
「うん···。」
再び静寂に包まれる。
謝罪のためだけに訪れたのであれば、今ので終わりのはずだ。でも、彼女は動こうとしない。
「何か聞きたいことは?」
「···聞いて良いの?」
「もちろん。もう友達みたいなものだしな。」
「そう···なの?」
「俺の故郷では、強敵と書いて"友"と呼ぶ風習があるからな。」
ある漫画の話だが···。
ガルバッシュは少し考えた後、クスッと笑った。
ぎこちなかったが、年齢相応の笑顔だ。
「変な風習。」
「そうだろ。」
「うん。」
くだらない内容だったが、少しは緊張が解けたようだ。
「ミン様に聞いた。タイガ様は、幼い時に私と同じような経験をして育ったって···。」
「タイガで良いよ。
顔をあげたガルバッシュは、ふふっと笑い、かわいらしい顔を見せてくれた。
「タイガは、苦しくなかったの?」
「俺の場合は、周りがみんな殺気立っていたからな。それに、突出した力があったわけでもない。常に生き残るために必死だった。だから、あまり考えることをしなかった。」
「何···それ···地獄?」
「かもしれない。でも、腐らずに生きることだけを考えていた。生きていれば、いつか楽しい人生が送れるはずだと信じていた。」
「今は楽しい?」
「まあ、楽しいかな。いろんな人と出会えるし、こうやってガルバッシュと話すこともできたし。」
「···リーラ。」
「ん?」
「私の本当の名前。」
「そうか。良い名前だな。」
「本当にそう思う?」
「俺の故郷では花の名前だ。」
「どんな花?」
「甘い香りで、華やかな可愛らしい花だ。確か、花言葉は"友情"だったな。」
「
「そうだな。」
話の流れから、2人で笑ってしまった。
因みに、ライラックの伊訳がリーラだ。
「あんなに容赦なく、強いのに···タイガって面白いね。」
「そうか?でも、面白いって言うのは誉め言葉だな。ありがとう。」
「何それ?変わってる。」
リーラは打ち解けてくれたのか、自然な笑顔を見せるようになった。
こういった何気ない会話が楽しいのだろう。
何よりだ。
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