第2章 亜人の国 3話 襲撃③

「何か、違和感を感じる。」


珍しく、ミンが側に控えていた狼人族に話しかけた。常に何も話さない訳ではないが、基本的にミンは自分から言葉をかけない。


自らが特異な存在として、距離をおかれているのを理解しているからだ。


種族が違うからではない。狐人族の中においても、そのスタンスは変わらない。あまりにも特殊なスキルを有するが上に、亜人連合の中でもミンと距離を寄せる者は皆無と言って良かった。


相手の魔力に干渉し、大まかな思考を読む取るスキル。それをミンは保持している。


読むと言っても、喜怒哀楽や欲望などを、色に置き換えて見ることができる程度ではある。しかし、それにより、相手の悪意や欲望に気づくことができる。


亜人連合は、人族と対抗するために一枚岩である必要がある。様々な種族が集う組織のため、考え方や展望の違いはあれども、その力を私利私欲に使う者が権力を持たないよう配慮をしなければならない。


その役目を担わされたのがミンであった。


先天的にそのスキルを持って生まれたミンは、幼少の頃より家族にも忌み嫌われる存在だった。


心の内を読まれることを警戒した家族は、ミンを隔離した。家族も友達と呼べる者もいないミンは、自宅の離れで読書と独学での剣術、そして魔法の修練に没頭することとなる。


そして12歳になったある日、里長から呼ばれ、族長に保有するスキルを披露させられた。


当時の亜人連合でリーダーを務める族長は、組織の監察官としてミンを抜擢し、内部の統制を固める。


ミン自身は、その立場上、周囲からさらに距離を置かれ、剣や魔法の技術が高いレベルであることも含め、畏怖の念を抱かれるようになっていったのである。


家族からの負の感情や、組織内からの間接的な迫害により、ミンは感情を表に出すことはなかった。


場をなごます冗談を言ったつもりでも、それを聞いている者達がひきつった笑顔を見せるのだから、言葉数も少なくなるのは当然だろう。


心の拠り所がなく、常に重荷を背負ったミンではあるが、本来の前向きな性格と精神的な強さにより、均衡を保つことが辛うじてできていた。


そんなミンにとって、巡回は道中が唯一自由となる時間であるため、最も楽しい一時であった。


「違和感ですか?」


「見回りの気配が少ない気がする。」


「···わかりました。私が様子を見て来ます。何かありましたら、そこにある鐘を鳴らしてください。」


そう言って、案内役として常につきまとう狼人族の男は、面倒くさそうに出ていった。


ミンはため息をついた後に、今出ていった男の気配が消えていることに気づいた。


「!」


脳裏には、報告で聞いていた裸の妖精がちらついていたのだった。




案内役の気配が消えてから、ミンは警戒よりも好奇心の方が強まっていた。


タイミング的なものを考えれば、裸の妖精へんたいと呼ばれる人族が、所持品を奪い返しにきた可能性が高い。


しかも、見回りの獣人達を無力化しているのかもしれないのだ。


獣人は人族に比べて嗅覚や聴力が鋭く、気配を読む力に長けている。それを考えると、集落内に潜入して見つからないでいることは容易ではないはずだ。


ミンの感覚では、すでに5名の気配が消えている。命まで奪われたかはわからない。緊張や集中をしている状態だと気配は察知しやすいのだが、睡眠中や意識を失っていたりなど、自然体である場合は近い距離でなければ気配をとらえにくいのだ。


案内役の狼人族は、この部屋から出て行ってすぐに気配が消えた。となると、裸の妖精へんたいはすぐ近くにいると考えられる。


ミンは気配を探りながら、視線をあらゆる方向に向けた。


『どこだ?どこから現れる?』


裸で踊りながら、いきなり現れたりするのだろうか?などと、緊張感のない思考をする。


その時に、コンコンと扉がノックされた。


「···誰だ?」


ミンは一瞬ドキッ!としたが、平静を装って返答した。


『ま、まさか···正面から来るのか!?』


抑制され続けた日々に、何かの変化を期待していたミンだったが、職務であることを思い出して身構える。


「ミン様ですか?私は言伝てに来たタイガと言います。」


ミンは、扉越しにスキルで色を見た。


何の色も見えないことに安堵して、すぐに返答をする。


「入ってくると良い。」


ここで、ミンは大きな失態をやらかした。


普通であったのなら、何かの色が見えて然るべきなのだ。緊張や悲しみならブルー、怒りならレッド、憎悪ならブラックのように、わずかな感情や思考がそれぞれの系統の色を出す。濃淡はあるにせよ、その色の違いで相手が敵か味方かくらいは判別ができたはずなのに。


やはり、平静ではいられなかったと言うしかない。


タイガと名乗った相手は、何の色も示していなかったというのに···。




扉を開けて入ってきたのは、狼人族の若い男性だった。


『あれ?人族じゃ···ないのか?』


背が高く、肌の浅黒い見覚えのない男だ。


ミンとて、この集落に居を構えているわけではない。どちらかと言えば、大半が知らない者達ばかりだ。


ただ、仕事柄、洞察力には優れていた。


浅黒い肌は狼人族の中にもいる。それに、細身だがしなやかな動きをしているのも特徴の一つだろう。


しかし、何か違和感があった。


『何だ?何が、引っ掛かるのだ?』


男はニコッと、少年のように笑った。


『む···精悍さから、無邪気な表情に···ギャップが激しいな。』


「あの···ミン様?」


無言で凝視するミンに、男は躊躇いがちに声をかけてきた。


「え!?あ···ああ、何だろうか?」


「言伝てですが···。」


「あ、ああ。そうだったな。それで···何だろうか?」


男は神妙な面持ちで話し始めた。


「侵入者です。見回りの者が何名か姿を消しました。」


「そのようだな。見回りの気配が消えたことは感じている。」


「さすがです。」


「それより、言伝てはそれだけか?」


「いえ。侵入者の狙いは、おそらくそこにある押収品だと考えられます。」


「そうだろうな。」


「そこにある一式を、違う場所に移すように言われています。」


「···私は聞いていないが?」


「侵入者を確認できたら、動くように···と言われていました。」


「誰に言われた?」


「ネルシャン隊長です。」


「···ふむ、では私も一緒に行こう。」


「いえ、それは困ります。」


「何?」


「ミン様には、ここに残っていただき、侵入者が現れた場合の対処を行っていただきたい···と言うのが、言伝てです。」


「···私に囮になれと?」


「とんでもございません。ミン様なら、誰が相手でも対処できるだろうと。信頼の現れです。」


「ふん···物は言い様だな。」


「それでは、よろしくお願いします。」


ミンにとっては、自分がただ利用されているようにしか思えなかった。しかし、協力しないわけにはいかない。


実際に侵入者はいるのだ。しかも、かなりの腕前だと考えられる。


ミンは監察官ではあるが、その実力は亜人連合の中でも五指に入ると言われている。虎狼はおろか、ここを統括するネルシャンよりも、はるかに強い。


謎の侵入者へんたいを相手にできるのは、自分しかいないと理解もしていた。


「···わかった。」


ミンがそう返事をすると、タイガという狼人は押収品を抱えて部屋を出ていった。




「私は···なんという不覚を···。」


ミンは集落を出て、1人で疾走していた。


タイガという男が部屋を出ていった後になって、違和感の内容に思い当たったのだ。


『彼は狼人族···それなのに、歩き方が違っていた。』


狼人は狼同様に独特の歩き方をする。骨格や筋肉の影響だろうが、一本の線上を通るような歩き方(モデルのような足運びと言えばわかりやすいだろうか)だ。


それなのに、タイガという狼人族は普通の歩き方をしていた。しかも、来ている服装は村人A的なありふれた物なのに、手足が共に七分丈のようになっていた。


ずっと集落で暮らしているのであれば、さすがにジャストサイズの服くらいは着ているだろう。


それに···ミンのスキルで見た時に、まったく色がなかった。


普通は、微かなものでも感情に応じて色が見える。奴は感情がない、もしくはそれを完全に抑えることができるのかもしれない。


そういった理由で、特異な存在であると判断がついた。


あのケモみみをどうやって準備したのかはわからないが、狼人に変装をしていたと考えられる。


それに気づいた後、ミンは集落内を必死で捜索したが、タイガという男は影も形もなかった。


このままでは失態を責められ、追放されるかもしれない。


幼い頃から、亜人連合の領域から出たことがないミンは、焦りと不安で気持ちが重たかった。


亜人連合は、人族が絡む案件に対して、その賞罰に異常な固執をする。


今回の失態は、ミンにとって言い訳の余地がない。


例え、相手が謀略に長けていたとしても、素性やその思考を見抜くために重用された自分がそれを見過ごしたのであれば、その責は追及されるであろう。


普段からミンの立場を快く思わない者は、少なくはないのだから···。


ミンは、ネルシャン達が向かった方向とは逆に足を向け、走り出したのだった。




ミンが向かっている方角は、亜人連合に所属する者達が住む領域ではなかった。


連合とは異を唱える獣人や、半獣人、そして人族が共存するルービーという街がある。


タイガという人物が、意識を奪った見回りの1人から、その街の名前を聞き出していたことはわかっている。


その見回りは、「奴は、この辺りの地理に詳しくない感じだった。」と言った。そして、「奪われた所持品が戻れば、俺たちには干渉する気はない。」とも話していたそうだ。


ミンも、ただ奪われた物を取り返しに来ただけという印象を拭えなかった。見回りの何名かの意識を奪ったり、尋問をしたとはいえ、誰も傷ついてはいないからだ。それに、その行動と口にした内容に矛盾がない。


人族に対する亜人連合の意識を無視したとすれば、ただ裸で踊っていた男の荷物を勝手に奪い、いきなり衣服を燃やしたこちら側にこそ非があるとも思える。


彼の目的は何なのか?


なぜ、ミンのスキルが反応しなかったのか?


なぜ···裸で踊っていたのか?


時間が経つにつれて、亜人連合での自分の立場などよりも、タイガという男に、様々な疑問をぶつけてみたいと思うミンであった。




視界には、一面の森が広がっていた。


タイガが向かった街、ルービーへは、この深い森を越えなければならない。


森を見渡すことができる崖の上から、ミンはスキルを使って視界に入るすべてを確認していく。


所々に、紫の影が見える。


紫は邪気。


魔物だ。


この森には、数多くの魔物が生息している。


亜人と人族の争いが激化しない要因。互いの生活領域を隔てる壁の役割を果たしていた。


長年続いた激戦の末、百年程前に両者は消耗しきり、暗黙の了解のように休戦状態に入った。


その間に、森には魔物が大量に蔓延るようになったのだが、一説によると、戦死した者達がアンデッドとなったり、その霊が宿った魔石を取り込んだ野獣が魔物化したと言われている。


真偽の程は定かではないが、狂暴な魔物も生息しているため、ルービーで活動する一部の冒険者以外は、あまり寄りつかないようだ。


亜人連合の領域で、希に見かける商人などの人族は、この魔の森に誤って踏むこみ、運良く生き残った者達である。彼らは、護衛として雇った冒険者や仲間を犠牲にしながら、瀕死の体で逃げ出すことに成功するも、その後に命を落とすことがほとんどである。魔物から受けた傷だけが原因ではなく、亜人連合の手によるものも少なくはない。


そういった状況もあり、現在では、魔の森の向こうに住む人族や獣人達の状況は散発的な情報としてしかない。


鎖国のようなものだ、とミンは考える。


亜人連合に異を唱える獣人達は、数年に一度の割合で領域から逃げ出し、この魔の森を抜けてルービーを目指している。


彼らが無事に目的地にたどり着いたのか、そして、たどり着いたとして、まともな生活が送れているのかは定かではない。


亜人連合も、裏切り者として追跡者を出すが、魔物と遭遇して犠牲を出すことには難色を示している。


『この森の向こうでは、どのような世界が広がっているのだろうか?』


ミンは、不安と羨望の入り交じった想いを抱かずにはいられなかった。












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