第1章 96話 エージェントの憂鬱②
内心ではかなり傷ついたが、俺は平静を装い男の子を降ろした。
顔を真っ赤にして俯いている。
そんなにハゲが嫌いなのか?まあ、嫌われているのなら、あまり干渉すべきではないだろう。なぜ、ここに1人でいるのかはわからないが、多感な年頃だし、またハゲとか言われるのは嫌だしな。
「俺はスレイヤーのタイガだ。シニタ方面に行く途中だが、希望をするなら近くの町まで送るぞ。」
このまま放置するわけにもいかないので、安心をさせるために素性を交えて言ってみた。
「···スレイヤー?」
「そうだ。」
「あの···魔物や魔族と闘う?」
「うん。」
「···だから、助けたの?」
「まあ、そうかな。」
男の子は、ほっと息を吐いた。
普通なら、正体のわからない坊主頭に警戒をしていたと考えるべきだろう。しかし、何かが気になった。
エージェント時代にも、何度か出会ったことのある、同じ瞳と表情。
追われている者の瞳。
狙われている者の表情。
「···ごめんな···さい。」
「ん?」
ちらちらと上目遣いで見てくる。
何だそれ、かわいいな。
「勘違いした。ハゲって言って···ごめんなさい。」
俺は男の子の頭に手を乗せた。
「気にすることはない。今はハゲているけど、すぐに生えてくるし。」
言っていて何か悲しいものがあるが、事実だ。
「そ、そうなんだ。」
「本物のハゲとは、毛根が死滅している状態を言うからな。俺の場合は毛根がすべて活発だから、太くて元気な毛が数日もすれば頭皮をカバーするだろう。」
「····························。」
あ···引いているし、目が点になっている。熱く語りすぎたか。これでは、変人だと思われてしまう。
「ところで、名前を聞いても良いかな?」
「え、あ···カノン。」
カノンって、女の子の名前だよな。
やっぱそうなのか。
「キレイな名前だ。」
「そ···そうかな···。」
男の子なら、キレイと呼ばれるのに抵抗がありそうだが、頬を染めてはにかんでいる。
断定はせずに様子を見るか。
別に女の子が良いってわけじゃないぞ。「ロリコンか?」と思った奴は、廊下に立っていなさい。
「それで、どこに送れば良い?」
「···シニタに行きたい。」
「···本気か?シニタまではかなり遠いし、俺には馬車も馬もないぞ。」
ずっと徒歩で行くわけではないが、夜営をしたり、魔物や盗賊に遭遇する可能性だってある。
「···足手まとい?」
「いや。それは気にしなくても良い。むしろ、カノンは嫌じゃないのか?知らないツルツル頭の俺と一緒で。」
「タイガは···きっと優しい。」
ずっとうつむき加減で話すので、カノンの表情は見えない。耳は真っ赤だが。
コミュ障か?
「さっきも言ったけど、助けたのは職業病みたいなものだぞ。」
「違う···スレイヤーも冒険者も、商人も貴族も同じ。人を助けるのは、お金や地位のため。」
「俺は違うと思うのか?」
カノンがはっと顔を上げた。
心なしか、瞳がうるうるとしている。
じっと、俺の瞳を見る。
俺も視線をそらさずに、カノンの瞳を見た。
ボッ!
何か効果音のようなものが生じ、カノンの顔が赤色に染まる。
何だ?
コミュ障だから、人の視線に耐えられないのか?
「タイガは···違う。瞳が···澄んでる。」
そんなことを、モジモジしながら言うカノンに保護欲がそそられる。
それにしても···瞳が澄んでるか。
エージェントの時に出会っていたら、同じことを言われただろうか。濁っているとか、魚の眼みたいだとか言われていた気がする。
カノンは純粋なのだろう。そして、人の汚い部分を見てしまったことにより、疑心暗鬼になっているのかもしれない。出会った時の反応を考えると、あながち外れてはいないのではないだろうか。
「わかった。じゃあ、一緒に行くか。」
「···うん!」
その時に、カノンの満面の笑みを初めて見せられた。
めちゃくちゃかわいかった。
ドスッ!
俺は不審者の1人に、打撃を加えて昏倒させた。
カノンに出会ってから半日がかりで小さな町に入り、宿を取った後の出来事だ。
尾行をされていたのは大分前から気づいていたが、町に入るまでは遠巻きにされていたので手出しをしなかった。
宵闇が迫り、辺りは薄暗い。
俺はカノンがシャワーに入ったのを確認してから部屋を出て、宿屋の斜め向かいで監視をする2人に強襲をかけたのだ。
因みにカノンとは同じ部屋だ。
女の子かもしれないので、別の部屋を取ろうとすると、空きがないと言われてそうなった。カノンは緊張した面持ちだったが、どことなくホッとした様子でもあり、やはり何かを警戒していると感じられた。
「くっ!」
逃げようとしたもう1人に、足払いをかけて倒す。
倒れる寸前で受け身を取ろうとしたので、背中に足を乗せて床に叩きつけた。
「ぐふっ!」
胸を強打し、息を吐き出す。
少し落ち着いた頃合いを見て、尋問を始めた。
「誰を監視している?」
冷たい声音で聞いた。
「な···何のことだ?」
足に体重をのせる。
「別にとぼけてもかまわない。そっちで寝ている奴もいるからな。このまま吐かないのなら、助骨が折れて肺に刺さる。ただそれだけだ。」
足を押し戻そうとする骨の張りがある。助骨とは、内臓を守るためのものだが、一本一本の強度は低い。強い圧迫を加えていけば、やがては折れる。
「や···やめ···。」
少し力を緩める。
「誰を監視している?」
殺気を放ちながら聞いた。
「カ···カノンという···ガキだ···。」
「誰に言われてやっている?」
「···················。」
再度、足に力をこめる。
「ぐ···。」
それを何度か繰り返し、尋問を続けた。
最終的に、口を割らすために激辛スパイスを投入したのは、言うまでもない。
朝の陽射しが柔らかく注ぎ、カーテン越しに俺の顔を照らした。
眼を開ける前から隣で聞こえていた寝息。肩には規則的にかかる、微かな風を感じていた。
横を見てみる。
さすがに腕枕はしていないが、カノンの顔が間近にあった。
···なぜだ?
この子のベッドは他にあるし、昨夜はそちらに寝ていたはず。
状況を整理する。
昨夜、宿に戻るとカノンが途方にくれた顔でベッドに座り込んでいた。湯上がりで、宿屋備えつけのパジャマを着ていたため、やはり女の子なのだなと気づかされた。
カノンは俺の顔を見た瞬間、ポロポロと涙を流しながら、こちらに飛びついてきた。
どうしたのかと聞くと、
「見捨てられたと思った···。」
と泣きじゃくりながら、小さな声で答えたのだ。
短い間だが、カノンは一緒に旅をすることで、俺のことを拠り所に感じているようだ。
先ほど、尋問をした奴らからは詳しい話を聞くことができなかった。カノンを監視することを請け負ったらしいが、詳細については何も知らされていないようで、失神を何度か繰り返したが、依頼者の名前を繰り返すに終わった。
因みに、惨たらしい拷問などはしていない。辛味と殺気で、ある種のトラウマになった可能性はあるが、裏家業を生業にする小悪党のようだったので、気にすることはないだろう。
俺は、カノンに依頼者の名前を告げてみた。返ってきたのは、これから会いに行くつもりの叔父の名前だと言う。
「どうして、タイガが叔父さんの名前を知っているの?」
「ちょっとな。それよりも、何か悩みがあるのじゃないか?」
「···どうして?」
「何となくわかる。」
同じように、何かに脅える素振りをする子を知っていた。その子は特殊な能力を持ち、身柄を狙われて各地を転々と逃げ回っていたのだ。最終的に、俺が任務で付き添い、問題を解消した。
「························。」
「無理には話さなくて良い。何か力になれることがあれば、言ってくれ。」
「···どうして、タイガは僕のことを助けようとしてくれるの?」
カノンは自分のことを僕と言う。中性的な顔立ちでそう言われると不思議な感じがするが、男の子なら当たり前の代名詞で、女の子の場合でも僕っ娘がいないわけじゃない。
「ちょっとした縁で知り合った。それに、一緒に旅をしているからな。困っているように見えたら、手助けをするのが当たり前だと思うぞ。」
カノンはその言葉を聞いて、また涙を流したのだった。
カノンは少し悩んだ後に、ポツリポツリと話を始めた。
「···僕の両親は、魔石研究の第一人者なんだ。」
「魔石の研究···生活のための魔道具に使用するやつか?」
「うん。でも、その研究をさらに追求するために、ある貴族に仕えることになったの。」
貴族か···。
魔石の研究に投資をしたところで、平和利用に特化をしていては、大したリターンは得られないだろう。
例えば、生活必需品や日用品を新たに開発したとしよう。確かに人々にとっては有意義なものかもしれない。しかし、一般にその恩恵が広まるためには、生産コストを抑えなければならない。
大量生産を行い、販路を拡大する。そのためには貴族だけではなく、商人や多くの職人が必要となる。そう考えると、先行投資に見合った利益など見込めない。
貴族は基本的に利潤を追求する。自分や家を取り立ててくれる者、国や上位貴族に上納をするためだ。このあたりの構図は、マフィアなどの暴力組織と何ら変わらない。余程の酔狂か、変わり者でなければ、ハイリスク&ローリターンなものには手を出さない。
しかし、分野を変えれば、その成果によっては莫大な富や名声を得ることもできる。
「軍事目的に利用をされたのじゃないか?」
戦争のための研究開発は、その技術を大きく発展させる。元の世界でも、そういった研究が、今日の便利な道具を数多く世にもたらす結果を生んだ。
ティッシュペーパーやラップ、缶詰という日用品から、電子レンジに携帯電話など、今や生活必需品と言える物は、全て戦争から生まれたと言っても過言ではない。
そして、貴族が求めるのは、そんな副産物以上に、強力な魔道具の開発、それによる戦争の優劣、その売買による利潤だろう。
「うん···潤沢な研究予算を用意してくれたことに、不審を持つべきだったと思う。でも両親は、周りが見えなくなっていたんだ。自分達の研究に集中をしすぎていて、おかしいと感じなかったのだと思う。」
「カノンは両親と一緒に行かなかったのか?」
「行ったよ···そこでは、人質のような扱いだった。僕が無事に生活ができるように、両親はやりたくもないテーマの研究に手を染めたんだ。」
カノンの何かに脅えるような仕草や、人間不信の要因は、その時の経験によるものなのかもしれない。
「よく抜け出してこれたな。」
「···両親が、何日もの時間を費やして、僕を逃がす計画を立ててくれたんだ。だから···。」
そう言ったカノンの瞳からは、また涙が溢れ出していた。
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