第1章 40話 スレイヤーギルドの改革④

「あ~!誰だよ、俺の盾を壊したのは!?」


バーネットが周囲を睨む。


「バーネット。直接壊したのは、あの辺で青い顔をしている魔法剣士達だ。」


俺はステファニーやセティ達をすっと指差した。


「「ギ···ギルマス補佐···!?」」


あ、なんか泣きそうになっている。


「だが、バーネット。この結末を生んだのは、模擬戦で指揮を執っていたあそこに転がっている奴だ。」


「そうなのか?」


バーネットは気絶をしていたので、事の顛末を知らない。いずれバレるだろうから、悪ふざけはこの辺にしておこう。


「まぁ、あれでも俺の上司だからな。補佐である俺が責任を取って弁償をしよう。」


「えっ!?マジか?」


「バーネットの盾がないと俺も困る。頼りにしているからな。」


「···本当に、そう思うのか?」


ものすごく真面目な顔で聞いてくるバーネットに、本心からこう言った。


「当たり前だろ。お前なしなんかは考えられないぞ。」


口をつぐみ、目を見開いて俺を凝視するバーネット。なんか耳が赤い。


「···せ、責任持てよな。」


ボソッと、つぶやかれた。


えっ?


何、責任って?


「セティ、ギルマス補佐って···怖い。」


「同感···絶対に敵に回したくないね。」


ステファニーとセティは、何かあったらアッシュよりもタイガ側に付こうと、秘かに誓い合うのだった。




俺はまだ意識を取り戻さないアッシュの所に行き、頬を軽く叩いた。


「お~い、アッシュ。起きろ。」


「ん···むにゃ····。」


「··············。」


起きないな。


よし。


俺はポケットから瓶を取り出して、フタを外した。


「悪いが、あまりゆっくりと寝かせておく訳にはいかないんだ。」


にまぁ~と笑って、アッシュの口に赤黒い液体を一滴落とす。


その行為を見ていたスレイヤー達からは、息を飲む音が聞こえてくる。


「ぐ···ご····がはぁぁ···!」


「おはよう。」


「タ···タイガ···ぶっ···ふぉぉっ!」


アッシュは走って建物に入っていった。


「大袈裟だなぁ。ただのトマトソースなのに。」


『『『『絶対に嘘だ·····。』』』』


青ざめる周囲を無視して、ステファニーを呼んだ。


「ひっ!····は、はい!何でしょうか!?」


「今の模擬戦での反省点と、相手を上位魔族だったと仮定した場合の対策案をみんなで考えて欲しい。」


「わかりました!」


「大丈夫だと思うが、真面目にやらない奴がいたら、これを使ってくれ。」


そう言って、先程の瓶を渡す。


「えっ···あ···これをお預かりしても良いのですか?」


「プレゼントするよ。料理とか護身用にでも使ってくれ。もっと強烈なやつを開発してるから、気兼ねはいらないぞ。」


「···ありがとう··ございます。」


『『『『もっと強烈なやつって!?怖ぇぇぇぇ····。』』』』




「それで、どこまで行くんだ?」


バーネットが行き先を聞いてきた。ギルドを出て、盾を買いに行く途中だった。


「知り合いの武器屋だ。」


「武器屋?防具屋じゃないの?」


パティも一緒だ。


シスとテスは他のスレイヤー達とのミーティングに参加している。


「ニーナの所だ。」


「····ふ~ん。」


ん?


なんだ?


「そのニーナって人は、美人なんだろ?」


「うん。かなりキレイ。」


2人がジト目で見てくる。


「どうかしたか?」


「タイガは美人さんが良いんだね。」


「節操がなさそうだしな。」


ひそひそと話すのはやめて欲しい。


モテない男にとって、目の前でこちらを見ながら内緒話をする女の子達の視線が、どれだけ痛いものかを知らないのだろう。あれは無形の暴力と言える。


「盾術は攻撃と防御が表裏一体となった技術だ。盾だからといって、防具屋しか選択肢がない訳じゃない。」


実際に、ニーナの店には盾も商品として並んでいる。


防御に特化した盾なら、防具屋の方がラインナップは多い。しかし、攻撃にも応用する盾術に適したものは、なかなか見つからないはずだ。


「どこの店でも、盾術に適したものはほとんど置いていない。そのニーナの店なら、選べるくらいの品揃えがあるってことか?」


「品揃えと言うより、バーネット専用の盾を作ってもらおうかと思ってる。」


「盾のオーダーなんて、やっているのか?」


盾術用の商品が少ないのは、あまり需要がなく、売れないからというのが一番の理由だ。


一般的に盾のオーダーをするのは、騎士団くらいのものだろう。彼らは盾術の基本を修得するし、団で統一された武具を使う。


それ以外では高くつくので既製品を購入する。盾は剣よりも需要が低く、耐久性がある分だけ商品としての回転率が悪いからだ。


「わからん。だが、ニーナは鍛治士として一流だからな。作ってくれるのなら、既製品よりも遥かに使い勝手の良い盾になるはずだ。」


そんな話をしながら歩いていると、ニーナの店の前に着いた。




「盾?良いよ。」


ニーナはあっさりと盾のオーダーを引き受けてくれた。


「悪いな。忙しいんだろ?」


「タイガのパーティーが強くなるのなら喜んでやるわ。」 


微笑みながらそんなことを言われたら勘違いをするぞ。


「ニーナって、何か変わったよね?前はオーダーを受ける前に、相手の技量を確認していたのに。」


むぅ、とふくれながら、パティが指摘?をした。なぜむくれる?


「そうねぇ。それは今でも変わらないけど、タイガの人を見る目は確かだと思うの。私は鍛治士よ。自分の作品の性能を最大限に引き出してくれる人になら、出し惜しみはしないわ。」


ニーナの表情には、鍛治士としてのプライドが見て取れた。


「それと···パティにも新しいダガーを提供しようと思っているのだけれど、どうかしら?」


「えっ?私にも?」


「ええ。以前はまだ新人スレイヤーだったけど、表情が変わったもの。リルも誉めていたわよ。最近のパティは積極的になったって。」


「···本当?」


パティは嬉しそうに顔を綻ばせた。


ニーナは職人らしく、お世辞を言わない。特に武器を扱う者に対しては、厳しい査定をする。リルの幼なじみということもあり、パティとは長年のつきあいがある。先程の言葉は、本心からの誉め言葉だと解釈をしていいものだ。


「ええ。あなたはもっと強くなるだろうから、今よりも使い勝手の良い武具を持つべきよ。」


パティが照れていた。


リルやニーナのような、ジャンルは違えども身近な実力者に評価をされるということは、それだけ嬉しいものなのだろう。


俺にはこういった経験はない。


物心がつく前から文武両道が必然な生活を送り、誰かに誉められたことなど記憶にはないのだ。


『誰かに敗けることは死と同意義』


身内のその言葉を真に受け、ただ生き残るために自分を極限にまで鍛え抜いた。


自分の人生に初めて疑問を持ったのは小学校での級友との交流からだが、全寮制の今の陸上自衛隊高等工科学校、防衛大学へと進学し、世間一般の常識を周りから教えてもらった時には、自分の育った環境の異質さにショックを受けたものだ。


その後、自衛隊幹部になって普通の生活を送ろうとした俺は、1年後に3等陸尉となり、なぜか特殊作戦群という、いわゆる特殊部隊に配属をされた。そこからは各地で実戦を経験し、気がつくとエージェントとして世界中を飛び回るようになっていた。


今から思うと、浮世離れをした人生だと思う。


異世界に飛ばされたことが、俺にとってこれまでの人生のやり直しをする良い起点となったのも頷けるだろう。


ニーナが2人の身体能力のチェックや測定を始めたので、俺は売り場を見て時間を潰した。




「武具製作の費用は俺が出すから、予算は気にするな。」


ニーナにそう告げた。


バーネットとパティが「体で返すからっ!」とか言ってきたが、「働きで返すから。」の言い間違いだろう。


誤解をされるから、言葉はちゃんと使ってくれ。


ニーナが苦笑いをしていたじゃないか。




売り場を見ていると、気になる商品があった。


セーフティスティック。


別名をクボタンや護身棒と言う。


エージェントとして、この武器に助けられたことは一度や二度じゃない。


小さくて携行しやすく、敵への攻撃以外にもガラスを割ったり、ツボを押して肩こりの解消もできる優れ物だ。俺は前の世界では、これを応用したペン型のタクティカルペンを常備していた。


全長15センチ、直径1.5センチくらいの鉄の棒で、魔族との闘いで役に立つかはわからないが、懐かしさのあまり購入をすることにした。携帯がしやすいので、女性の護身用武器としても使える。1本はタ―ニャにでもあげよう。


他にもおもしろい武器はないかと探してみたが、気を引くものは特に見当たらない。ヌンチャクやトンファーなどがあればおもしろいなと思ったが、魔族や魔物と闘うのに打撃系武器は効果が低い。なくて当たり前かもしれないな。




1時間程経ってから、3人が戻ってきた。


「待たせてごめんなさい。」


ニーナが謝ってきたが、退屈はしなかったのでそう言っておいた。


「聞いてくれタイガ。俺の新しい盾はアダマンタイト合金製なんだ!」


「おお、マジか!?それで殴られたら死ぬな。」


アダマンタイトはダイヤモンドなみの硬度を持ち、この世界の金属の中では最も軽い素材だ。レアメタルとして有名だが、盾の素材としてはこれ以上のものはないだろう。


「成形しやすいように、ミスリルと鋼を混合した合金よ。軽すぎると盾としては扱いにくくなるから、バーネットの身体能力に合わせた重量とバランスに設定するわ。」


「ありがとう。パティの方はどうなんだ?」


「ふふ~ん。私のダガーは100%ミスリル製。」


ミスリルは鉄よりも強く、銀のように美しい輝きを持つ金属だ。こちらもレアメタルではあるが、加工はしやすいと聞く。


「パティのダガーにはしなるような柔軟性を与えた方が良いから、アダマンタイト合金よりもミスリルを選んだの。」


刀身が短いダガーだと、しなりがあった方が斬れ味は増す。さすがの素材選択だ。


「さすがニーナだな。これで、パーティーの近接戦闘に不安はないよ。」


俺の言葉にバーネットとパティがまかせろという感じのガッツポーズをとった。












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