第1章 39話 スレイヤーギルドの改革③

「模擬戦と言っても、俺は武器を持たない。そちらの後ろにフラッグを立てる。それを取りに行くから、全員で阻止してくれ。魔法も武器も本気で使ってくれていい。どちらでも攻撃が5回触れたら俺の敗け、フラッグが奪われたらそちらの敗けだ。」


「ギルマス補佐は、攻撃をなさらないのですか?」


ホッとした様子で、セティが聞いてきた。


「しない。」


安堵のため息が、スレイヤー達から漏れた。


15人もいて、それもどうかと思うが···。


「ちょっと待ったぁ!」


来たよ。


模擬戦という言葉に反応した奴が。


「俺たちもそれに混ぜてくれ。」


「················パティ、奥さ···。」


「いやいやいやいやいや!違うぞ。そのメンバーだと、おまえを止めるのは難しい。それにこちらのメンバーが加われば、全体でのレベルアップにつながるだろ?」


アッシュは必死だった。


まぁ、言っていることは間違いじゃないが···こいつの頭の中は、本当にどうかしてるんじゃないのか?


「しょうがないなぁ。じゃあ、ルール変更だ。アッシュは武器なし、俺は警棒を使うぞ。」


「「「「「えっ!?」」」」」


スレイヤー達全員が、「嘘だろ!」って感じでアッシュをガン見した。


「OKだ!」


即答しやがった。


見ろ、スレイヤー全員の微妙な表情を。




修練場の端に高さ3メートルのフラッグが立てられた。


布陣としては、後衛の真ん中にアッシュ、その両端にミシェルやテスなどの魔法士が控えている。中衛にはステファニーやセティといった魔法剣士、前衛にはスレイド、パティ、バーネットといった近接戦闘のスペシャリストが揃っている。


正面から見ると、なかなかの面子だ。魔族4体以上の圧は感じられる。


これは本気でやらないと···敗けるな。


カキィーン。


伸縮式警棒が心地の良い音を鳴らしながら伸びた。


ビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュン!


準備体操代わりに両手の警棒を振り回す。


回数を重ねるごとに風を切る音が連なり、それに比例してスレイヤー達の顔が青ざめていく。


笑っているのは、一番後ろにいる戦闘バカくらいだ。


「さあ、いこうか!」


俺は開始の合図を出した。


模擬戦を開始した早々に、ミシェルのメテオライト·ドライブが来た。


修練場で出すような魔法じゃないだろ!?


ミシェルはまだわかっていないのか?と思って後衛の方を見ると、アッシュが腕を組んで笑っていた。 


なるほど···。


避ければ後ろに直撃する。


離れた位置にいるとはいえ、風属性魔法士達に被害が出る。俺がメテオライト·ドライブに触れて、消滅させると読んでの攻撃か。アッシュの作戦なんだろうが、さすが腹黒い。


俺は瞬時に後退して、修練場の端にあった打ち込み台を持ち上げ、投げつけた。


バァーンッ!!


打ち込み台がメテオライト·ドライブに直撃して爆発が起こる。


ギルドの建物が衝撃で震え、窓ガラスが何枚も割れて破片が落ちた。


建物内からは悲鳴が聞こえ、風属性魔法士達は、「えっ!?ヤバくね?」という顔でこっちを見ている。


爆発の奮迅に紛れて一直線に駆けた。


さっきの爆発は問題にされそうだが、すべてアッシュが悪い。責任は押し付けてやる。


前衛の数人が見えてきた。


一番デカイのは、スレイド。


剣を上段に構えて応戦する気だ。


俺は近くに落ちてきた打ち込み台の破片を警棒で打ち、スレイドを狙う。


ガキッ!


破片を剣で弾いたスレイドに、警棒を使って地面からすくいあげた別の破片を飛ばす。


ガンッ!


剣の腹で防がれる。


だが、攻撃に転じる時間は与えない。


スレイドの肩に警棒を叩きつけた。


「ぐわっ!」


膝を落として低くなった顎に、左肘を打ちつけ意識を飛ばす。


すぐに横からバーネットの盾が来た。


突進!


この攻撃は単発じゃない。


反対側に気配を感じたので、盾に足底を当てる。膝のクッションを使って斜め上方に跳んだ。


今までいた場所に、パティのダガーが横薙ぎに入った。空を斬り、隙ができたパティの首もとにサマーソルトからの当て身を入れる。


すぐにバーネットの盾が剣のように振られて来たので、バックステップで間合いを取り、かわす。


切り返しで間合いを詰めて、警棒を乱打した。


ガン!


ガン!


ガン!


盾に当たる度に警棒が火花を散らす。


さすがにバーネットはすぐに隙を作らない。


俺はバーネットの軸足を見定めて、重心が移動したタイミングで盾の端を掴む。相手の反動を利用してバランスを崩させ、その隙に盾を潜り抜けてバーネットの鳩尾に拳を入れた。


すぐに離脱して間合いを取ると、3方向から魔法が放たれた。


炎撃2つに、氷撃が1つ。


俺に一直線に向かってくる。


咄嗟にバーネットの盾を拾って炎撃2つが交わるポイントに投げ、氷撃はスライディングの要領で下から潜り抜けた。炎撃は盾に当たり、共に弾ける。そこに氷撃が加わり、盾を破壊した。


普段なら魔法が当たろうがお構い無しだが、この模擬戦だと触れるとダメージカウントがされる。


本来ならスピードで翻弄して、同士討ちの危険があるポジションに潜り混んで動きを封じることができたはずだが、近接戦闘のスペシャリストが揃うと簡単には事が運ばない。


先に前衛を潰すことにした。


右翼から攻める。


残った前衛は、スレイドがやられたことで狼狽している。この模擬戦では、そういった精神的な部分も鍛える意味が含まれているが、まだまだ甘いようだ。


俺は動きが鈍くなったスレイヤーにフェイントを交えながら接近し、1人ずつ意識を刈り取っていった。


途中で中衛が魔法を放とうとしてきたが、スレイヤーを盾にすると戸惑いが発生する。混戦になってしまうと、直線的な攻撃となる魔法はここが弱い。風撃による軌道の変化による攻撃が、有効な状況であることを理解しやすいだろう。


この模擬戦は、上位魔族と近接戦になった時の対処法を学ぶ場だ。


普通の魔族であれば、物理攻撃のコンビネーションだけで討伐は可能かもしれない。だが、混戦時に昨日のような剣術に長けた上位魔族に懐に入られると、仲間が邪魔になり動きが制限される。


風撃による補助で、変則的な魔法攻撃が可能となれば強力な支援ともなり、狭い範囲での乱戦でも連携で何とかなる可能性が高まるのだ。


これを身をもって感じてもらう事ができなければ、この模擬戦の意義はなくなってしまう。 


何事も経験と反省、そして改善が重要なのだ。




既に3分の1のスレイヤーが離脱した。


残っているのは中衛と後衛。


厄介なのは、アッシュだけだろう。


俺は左右に体を振りながら、アッシュへと向かった。


おっ!という顔をしたアッシュが、満面の笑みを浮かべた。


警棒を捨てて、無手による打撃で勝負を挑む。


他のスレイヤーは、アッシュが巻き添えになることを危惧して魔法を使えない。


来いという仕草のアッシュも望むところのようだ。


さて、お互いの素手での戦闘技術を試してみようか。


アッシュが掌底を打ってきた。


この世界の格闘技は大振りで大雑把なものと考えていたが、コンパクトなフォームで無駄のない動きをする。


図書館で格闘技に関する文献を漁ったが、戦場における実戦拳法のようなものが主流で、武器を使っての攻撃と連動するためのものばかりだ。だからこそ、変則的な動きには注意が必要だった。


掌底を紙一重で交わしてカウンターを狙ったが、アッシュの掌底はそのまま襟首を掴んできた。相手を抑え込んでの頭突きだ。さすが戦場での実戦拳法。エグい。


俺は片腕を上げて、肘をアッシュの額との間に入れた。頭突きが途中で止まる。合わせて脇の下に指を差し込んだ。


「ぐっ!」


脇の下は人体の急所の1つだ。


神経が集中しているため、わずかな力で突かれただけで激痛が走る。スポーツ格闘技では反則になるが、俺の技術は柔術と合気道をベースにした軍隊格闘術だ。命を奪わないための効率的な攻撃箇所も熟知している。


たまらず後退したアッシュだが、追撃をかけようとするとサマーソルトキックを放ってきた。さすがの格闘センスだ。


再度間合いを取るが、あまり距離をおくと後方から魔法が来るので、アッシュを中心に円を描くようにフットワークを使った。


締めや投げ技なら送り足だが、あまりゆっくりとした動作では周りから標的にされる。


ボクサーのように半身で構えるが、重心は後ろに置いている。蹴りを警戒するためだ。


「素手でも無敵かよ。」


アッシュが口でぼやく。


ただ、表情は楽しそうだ。


「スピードとパワーはそっちが上だな。技術の差だ。」


そう言葉を返しながら、牽制のジャブを打つ。


アッシュはジャブに向かって踏み込んできた。威力のない牽制とわかっていても、無視をするのはなかなかに勇気がいるはずだ。


こめかみを掠るような距離でジャブをかわし、一気に間合いを詰めてきた。アッシュが肘を打ち込んでくる。俺は思いっきり上体を反らしてそれを避け、顎に向けて蹴りを出す。


ギリギリでかわしたアッシュだったが、足が顎の先端を掠め、脳が揺らされたことによって一瞬動きを止めた。


俺はアッシュの横を抜けてフラッグを奪った。


こうして、模擬戦は終了した。















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