第1章 13話 歓迎会②
カフェの厨房で忙しく動き回るターニャ達を見つけた。
邪魔にならないタイミングで、話しかけてみる。
「ターニャ、何か手伝おうか?」
「あ、タイガさん。こんばんは。今日はタイガさんの歓迎会だと聞きました。お手伝いをしてもらう訳にはいきませんよぉ。」
「でも大変じゃないか?」
「大丈夫です。もう少ししたら料理をテーブルに並べるだけですし、ギルドマスターから何人かにお手伝いをしてもらえると聞いていますから。」
「そっか。何かあったら声をかけてね。」
「はい。ありがとうございます。」
微笑むターニャに手を振って厨房を出た。
「あっ!?タイガ、ここにいたんだ。」
声のする方を見ると、ニーナがいた。細長いトランクのようなケースを持っている。
「リルに呼ばれて来たよ。あと、蒼龍が仕上がったから持ってきた。」
「おお、マジで!」
「ふふっ、タイガの目が子供みたいに輝いてる。何かうれしいよ。」
近くにいるフェリやパティが、「むむむ···」と声にならない唸り声をあげている。
なんだ?
どうした?
「見ても良いかな?」
「うん。早く見て欲しい。」
テーブルにケースを置き、中の蒼龍を手に取る。
人が多いので鞘から出す訳にはいかないな···。
「おおっ!それがタイガの装備か?刀···いや、大太刀というのか?」
さすがにアッシュは刀の分類を知っているようだ。
「ああ。歓迎会までまだ時間があるから、ちょっと試し斬りをしてくる。」
「それなら俺も見たいぞ。」
「あ、私も!」
「もちろん私も行くぞ!」
·······結局、フェリ、リル、ニーナ、パティ達も見学をすることになった。
他にも、「おっ、なんだなんだ?」という感じでギャラリーがついてくる。
ホールから人が減ると、ターニャ達の給仕がはかどるので、ちょうど良いのかもしれない。
「それで何を斬るんだ?」
「そうだな···。」
修練場に出るとアッシュがそんなことを聞くので、ギャラリーを見回す。
ヤバいっ!
奴と目を合わせるな!!
的な感じで、ギャラリーは俺の視線から目をそらしていった。
おっ!ラルフと目が合った。
じっと見る。
ラルフが見返してくる。
じっと見る。
ラルフが汗まみれになってくる。
じっと見る。
ラルフが意識を失い、その場に倒れる。
胆力が足りないな、あいつは···。
修練場にあった打ち込み用の丸太をセットした。
直径が20センチくらいある。無手による打撃練習用のものだ。
「え···まさかそれを斬るつもり?」
ニーナが心配そうに聞いてきた。
普通に考えると、刀で斬ろうとすると刀身がもたない。
「大丈夫。折ったり刃こぼれをさせたりはしない。」
「···わかった。タイガの腕を信じる。」
ニーナは腕の良い刀工だが、刀の本当の切れ味を知らない。
そもそも、使いこなせる者がいないのだから当然と言える。
刀は銃弾をも切断する。
鉛でできた拳銃弾なら素材が柔らかいので大した力もいらない。
鉄製の甲冑や竹、丸太を斬ったことがあるが、刀身に余計な負荷がかからなければ、恐ろしいほどの切れ味でスパッと斬れるのだ。
いかに集中して斬るか。
斬線をぶれさせることなく斬るか。
ただそれだけだ。
刀工が魂をこめて刀を鍛えるのと同じように、剣士は一瞬にすべてをこめる。
間合いを計り、呼吸を整える。
ゆっくりと腰を落とした。
ギャラリーが沈黙する。
抜刀。
居合い斬り。
青い稲光のような線を描き、一瞬後に鞘に納める。
ゆっくりと刀を仕舞い、最後に鍔を鳴らす。
カキィン。
「·······················。」
丸太に変化はない。
「なんだ?はずしたのか?」
「何か青い光が見えなかったか?」
ギャラリーがざわつく。
俺は気にせずに、左手に持った大太刀を目線まであげて鞘を見る。
「さすがニーナ。鞘の調整も完璧だよ。」
振り返って笑顔でニーナに話しかけた瞬間、
ゴッ!
斜めに断ち斬られた丸太が、地面に落ちた。
「「「「「!!!!!!」」」」」
その場にいた全ての者が呆気に取られていた。
「ニーナ、刃こぼれがないか確認をしてくれ。」
「···う、うん。わかった。」
ニーナを安心させるために、刀身を確認してもらう。
「線傷ひとつない···すごいわ!」
ニーナは驚愕という言葉がしっくりとくる表情をしていたが、すぐに鍛治士の顔となり満面の笑みを浮かべた。
エージェントは任務中に刀など使わない。
俺は修練の一環として刀を振っていた。初めて真剣を手にしてから20年以上もだ。
刀での修練は集中力を研ぎ澄ます。針に超高速で糸を通すようなものと例えるとわかりやすいか。とにかく尋常でない精神力を必要とする。
もともと忍びの末裔の家系なのだが、忍びとは忍者だけを指すのではない。
ここ重要。
テストには出ないが。
忍は隠密。
今で言うと諜報員、エージェントだ。
忍者は敵対組織の施設に忍び込んだり、暗殺を生業とする。
一方、隠密とは行商人であったり、武人であったりと決まった職業はなく、諜報活動に都合の良い人物になりきる。
過去の偉人の中にもそういった人物は多い。日本の全国地図を初めて記した人とか、茶人として有名なスキンヘッドとか、最強の剣豪なんかがそうだ。
エージェントもそれらと変わりはない。
様々な知識を有し、時には科学者であったり、士業と呼ばれる人物にすら為りきる。ちゃんと国家資格まで有してだ。
幸いにも、こちらの世界では培った知識や経験が役立っている。
ソート·ジャッジメントのスキルも含めて。
まるで···属していた組織が、こちらと何らかの密約を交わして俺を送り込んだのではないか?そう思えるくらいだ。
いやいや···まさかね。
「先日の模擬戦に続き、先程のデモンストレーションで、実力の程はみんなも確認できたと思う。魔族を素手でぶちのめし、対人戦闘で不敗だったこのアッシュ·フォン·ギルバートに、初めて敗北を味あわせたタイガ·シオタだ。みんなで歓迎するぞ!乾杯!!」
「かんぱーい!」
おい、待てアッシュ。
なんだ今の乾杯の音頭は?
給仕が終わって一緒の席に座っているターニャ達家族が一瞬顔を引きつらせたぞ。
「改めて歓迎するわ、タイガ。」
「これからもよろしくね。」
口々にそう言ってくれるが、実は席に座る時に一悶着していたフェリ達。
喜ぶべきなのか、俺の隣に誰が座るかで争奪戦を開始した。
最終的にじゃんけんで決めたようだが、一戦交えるのか?という雰囲気になっていた。
特にニーナとパティが···それに触発されたのか、フェリまで参戦すると言い始めたのだが、リルの采配で事なきを得た。
そして、なぜか俺の右となりにはリルが座っている。
俺の隣の席って、何がそんなに良いのかわからんが···。
新参者の横は縁起物なのだろうか?
「あの席すごくね?」
「ああ、きれいどころが揃ってるよな。」
「いやいや、そうじゃないだろ。危険人物ばっかじゃねーか。」
「危険人物?」
「知らないのか?乾杯の後に座ったギルマスは言うまでもなく最強のバトルジャンキー。その兄の庇護を受けたA級精霊魔法士は、別名"氷の女王"。ちょっかいを出すと、兄妹のどちらかに治療院送りにされる。」
「それは今更だろ?」
今更なんだ···。
トイレから帰ってきた俺は、通りがかりに俺達の席について語るこいつらに興味をひかれて立ち止まった。
もちろん気配を消して。
「それだけじゃない。鍛治士のニーナは無理難題を押しつけてごねたり、口説こうとしたランクAからBの3人を、顎へのストレート1発で沈めてる。」
「それも有名な話だろ?」
有名なのか?
そうなのか···。
「あのパティを子供扱いにして逆鱗に触れ、フルボッコにされたランクAは数知れず···。」
「そうなのか!?やべぇ···俺、知らなかった···。」
俺も知らなかった···。
「トドメはリルだ。いつも涼しげに笑ってるけど、怒らせたら一番怖い。前にここでナンパをした余所者スレイヤーが、パーティーまとめて昏睡状態にされてる。」
「マジか!?ヤバすぎだろ!!」
····················。
「タイガって、まだこの街に来て3日目くらいだろ?何であんな凶悪なのに囲まれて平然としているのかがわからん。」
ああ、知らないってことは最強だね。
真実を知って、おしっこをチビりそうだよ、僕。
「なぁ、もしかして、一番ヤバいのはあいつなんじゃないか?」
「そうだ、絶対にそうだよ!普通、魔族に素手で喧嘩売るか?さっきのデモンストレーションも斬れ味ヤバかったし。機嫌を損ねたら、速攻で首ちょんぱされるんじゃね!?」
なんだ?
なぜこうなった?
アッシュが悪いのか?
余計なことを触れ回るから···。
とりあえず誤解は解いておこう。
「よう、楽しんでるか?これからよろしくな!」
噂噺をしていたスレイヤーの1人の肩に手を置き、最高の笑顔で声をかける。
「··················。」
ん?
なぜ沈黙する?
「·····ひぃぃぃぃぃーっ!!!」
「すいませんでしたぁぁぁぁーっ!!」
「やめて!殺さないでーっ!!!」
····なぜこうなった!?
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