第1章 2話 魔族vsエージェント

アッシュが他にも仲間がいると言うので、一緒に合流地点へと向かった。


異世界で言葉が通じる相手に、早い段階で出会えたのは大きい。


「家名からして、アッシュは貴族か何かなのか?」


この世界の常識を知るために、道中で疑問に感じた事を聞いてみた。


「ああ。辺境伯の次男坊だ。大した身分ではないがな。」


辺境伯と言うと、国境に位置する領土を治め、外部からの防衛を主とする職務を担っている。


国の防衛の要となる要職で、身分はそれなりに高いはずだった。貴族制が存在するのであれば、中世の西洋文化に近いものがあるのかもしれない。


「それなのに、スレイヤーをやっているのか?」


貴族の次男坊と言うことは、領主にはなれないのだろうが平民とは異なる。


危険な職務についているのが不思議に思えた。


そもそもスレイヤーとは、何を討伐する存在なのかが、俺にはよくわかっていないのだが···。


「俺達は魔族や魔物専門だからな。奴らは国にとっての脅威だ。特にここは魔族が占有している地域に隣接しているから、辺境伯であるギルバート一族の責務でもある。」


基礎知識がない上で話を聞いているが、これまでの情報を要約すると···


·この世界には魔族、魔物、魔法が存在する。


·貴族制度やアッシュの装備を見る限り、中世西洋文化に近い世界なのかもしれない。


·ギルバートの当主はこの国の辺境伯で、隣国だけではなく、隣接している魔族の支配地から、危険分子が侵入してこないように守護をする責務を担っている。


·アッシュは辺境伯の次男で、魔族と魔物専門のスレイヤーである。


と、推測である部分も含めて考察できる。


当然、俺が住んでいた世界とは状況が異なるとは思っていたが、魔族に魔物に魔法か。まぁ、エイリアンを相手にするよりは全然マシな気がする。見た目の話だけだが。


「魔族や魔物が出ても、俺達が相手をするから心配はするな。それよりも、行くあてがないのなら、俺達が街まで連れて行くが、それで良いか?」


頭を整理するために、黙りこんだ俺が不安にかられているとでも感じたのか、アッシュは優しい言葉をかけてくれた。


イケメンだし、こういった気づかいができるのであればモテるのだろうな。


「ありがとう。アッシュに出会えて良かったよ。」


素直に礼を言うと、


「あ、いや···まぁ、ついでだし、タイガは強そうだからな。」


なんか歯切れの悪い返答が返ってきた。


照れているのか?


「強そうって、何か関係があるのか?」


「いや···別に。」


少し嫌な予感がした。


こいつにはこいつの意図があるのかもしれない。


まさか、奴隷として売り飛ばすとか、ホモだったりはしないだろうな?


もしそうなら、全力で倒す。


息をつく間もないほど、手早く倒す。


疑心暗鬼になったところで合流地点に近づいたのか、アッシュの仲間らしき者達の気配を感じるようになった。


3人。


いずれも、危険を感じるような存在ではなかったが、そこからさらに後方に何かがいた。


人間とは異なる異様な気配。


殺気は出していないが、邪気を感じる。


他の3人は気づいていないのか、緊張感もなさそうだ。


「アッシュ、魔族や魔物は単独で動いたりするのか?」


「ああ。魔物に関しては強力な個体もいるが、殺気を振り撒いているから存在を察知しやすい。厄介なのは魔族の方だ。人間に化ける奴もいるし、気配を消して人を襲ったりもする。聖属性の魔法士なら魔族の気配を察知できるから、教会のある街にはあまり近づいて来ないがな。」


「お前の仲間に、その···聖属性の魔法士はいるのか?」


「いや、この前まではいたが、今は産休中だ。」


おいおい、いきなり魔族に遭遇か?


自分が感じた邪気が魔族のものなのかはわからないが、今はアッシュの仲間に危険が及ばないようにすべきだろう。


「アッシュ、魔族かどうかはわからないが、邪気を感じる。合流地点に急いだ方が良いかもしれない。」


「何っ!?」


こうして、俺達は全力で走り出した。




合流地点が見えてきた。


銀髪の女の子と、桃色髪の妖艶なお姉さん、それに金髪のゴツいおっさんの3人組だ。


そして、後方から···空を飛んでくる赤髪の男···何でもありだな、おい。


赤髪の男は3人の背後に迫り、邪悪な笑みを浮かべながら剣を構えていた。殺気はないが、間違いなく攻撃態勢に入っていると見るべきだろう。


アッシュは俺のスピードについてこれずに遅れているし、3人は前から走ってくる俺に気を取られていて、後方から迫る赤髪の男には気がついていなかった。


赤髪の男が銀髪の女の子に向かって剣を振りかざそうとしたので、それに向かって跳躍した。


他の3人は、頭上を飛び越えた俺を視線で追うことで、初めて後方の存在を認識したようだ。


15m程の距離を一瞬で詰めて、飛び膝蹴りを赤髪の顔面にぶちこんだ俺は、そのまま剣を奪い取り、地面に落ちた相手を抑え込んでいた。


「えっ!何!?」


「ま···魔族!?」


「何、今の···。」


三者三様の反応だが、やはりこの赤髪は魔族らしい。


「無事か!?」


すぐに追いついてきたアッシュが状況を確認する。


3人は俺とアッシュを交互に見ながら、何が起こったのかを悟ったようだ。


俺は外野の混乱に流されずに、魔族に集中した。


どんな力を持っているのかわからない状況なので、すぐに命が絶てるように隙は作らない。


「アッシュ、こいつはどうしたらいい?」


目線を魔族に向けたまま聞くと、アッシュを含めた4人が俺と魔族に視線を送ってきたのが気配でわかった。


「ぐう···貴様···何なのだ···。」


魔族が苦しそうに聞いてきた。


膝で頸動脈を押さえつけ、片腕は関節を逆方向にねじりあげている。


奪った剣は動脈に当てているので、人間と急所が同じなのであれば、妙な真似はできないはずだ。鼻と口からは、おびただしい紫の血が流れていた。


鼻骨と上顎が陥没しており、普通の人間なら意識を保てないほどのダメージを与えた。それなのに、普通に話ができていることがおかしい。


「タイガ、すぐに始末しろ!」


アッシュが叫んだ。


声に焦りの色を感じて、剣に力を入れようとした瞬間、赤髪の体に異変が起こった。


急激に体が盛り上がり、それと同時に禍々しいオーラに包まれる。


「まずいわっ!」


妖艶なお姉さんが、きれいな顔を歪めて叫ぶと同時に、俺が手にした剣が真っぷたつなった。


陥没していた魔族の顎には鋭い牙が生え、それが剣を噛み砕いたようだった。


放たれるオーラは禍々しさを増し、俺を包み込む。


このオーラは、人体に何か影響を及ぼすのだろうか?


非現実的なことの繰り返しで、俺の思考は焦るどころか冷静さを増していく。オーラ自体は、まとわりつくような不快感を微かに感じさせるが、何か影響が出ているような気配はなかった。


「早く逃げて!そのオーラは、魔力を介して精神干渉をしてくるわ!!」


妖艶なお姉さんが叫んでいる。


そうなのか?


じゃあ、そういうことにしておくか。


「ぐうぅぅぅ···。」


俺はとってつけたかのような苦悶の表情を浮かべてみた。


「クックックッ。身体能力の高さには驚かされたが、所詮は人間。我に血を流させたのを悔いるがいい。」


仰々しく話す魔族の体はさらに巨大化し、俺が極めていた腕が強引に振りほどかれた。


バランスを崩しかけて横に飛んだ俺の首を、片手で掴み宙に吊し上げる魔族。


すでに変体が完了した魔族は、青銅色の肌をして3メートル近い身の丈へと変貌をしていた。動きも速く、パワーも尋常ではない。


赤い眼に、両端がつり上がった口。背中からは、大きな黒い翼が生えていた。


昔見た漫画でこういうキャラがいたな···そんな感じか。


首に食い込んだ爪が不快ではあったが、大したダメージはなかった。


「タイガっ!」


「ダメよ、兄さん!不用意に近づいたら、精神干渉を受けるわ!!」


俺の名を呼び、近づこうとしたアッシュに、銀髪の女の子がストップをかける。


兄さん?


あの美少女はアッシュの妹か。


「クソっ!」


悔しそうに言葉を吐き出すアッシュ。今度からお兄さんと呼ばせてもらいます。


「ぬっ···貴様、なぜ精神干渉にかからない?」


魔族が不思議そうな眼で俺を見ている。バレたようだし、そろそろ潮時だと感じた。


「媒体にする魔力が元からないからじゃないか?」


そう言いながら、俺の首を締め上げている奴の手首を掴み、両足でその腕を挟みこんで勢いよく体を捻った。


ゴキュッ!


嫌な音を立てて、青銅色の腕が脱臼する。


「グガァッッッ!」


苦悶の表情を浮かべる魔族。


痛みを感じるということは、ダメージを与えられるということだ。魔族も人間と同じ対処法で、有効と考えることにした。


俺は魔族のこめかみをそのまま踵で蹴る。


一瞬ふらついた魔族から離脱して間合いを取り、そのまま体重を乗せた回し蹴りを反対側のこめかみに放った。


こめかみを狙った回し蹴りは、わずかに上体を反らされて頬への打撃となる。


「くぅぅぅ···。」


魔族は反対方向に仰け反る感じとなったが、足を踏ん張り倒れない。


さすがにすぐには倒れないか。


重力の影響で、俺の打撃は以前の数倍から10倍の破壊力となっているはずだ。


エージェントという仕事柄、元々が素手で熊を倒せる···たぶん···闘ったことはない···くらいの実力は持っている。


それでも、一撃必殺と言う訳にはいかないのが魔族なのか?


「す···素手で闘ってる···。」


「相手は魔族なのに···。」


「化け物か···。」


アッシュの仲間達が、口々に所感を述べている。


しかし、最後のやつは失礼だろ。金髪のおっさんか?


魔族の状態を見ると足にきているようで、踏ん張った方の膝がガクガクと揺れている。脳へのダメージは人間と同じようだ。


俺はステップで間合いを詰める。


相手の手前で体を沈め、地面に転がっていた石を右手に拾って、そのままアッパーの要領で拳を突き上げた。


顎を狙う。


かわされた。


瞬時に嫌な予感が襲う。


とっさに斜め後方に回避するが、その瞬間に炎が向かってきた。


魔法!?


炎に包まれかけたが、違う方向から強烈な冷気が降り注ぎ、炎を相殺した。チラ見をすると、アッシュの妹がこちらに手を向けていた。


魔法で援護をしてくれたようだ。


グッジョブ!


そのまま惚れてしまいそうだよ。


一度、距離を取って体勢を立て直す。


先程は魔法が襲ってくる直前に、魔族の口が何かを呟いていたような気がする。もしかして詠唱というやつだろうか?


一呼吸おいて魔族を観察する。


ダメージはあるが、致命傷はない。


やはり、打撃だけだと厳しそうだ。


泥仕合の予感がした。


そんなことを考えていると、アッシュ達が口々に詠唱らしきものを呟き、魔法を撃ちだした。


炎撃。


氷撃。


風撃。


魔法を至近距離で見ると、なかなか迫力がある。


金髪のおっさんは魔法を使えないのか、剣を構えてじりじりと間合いを詰めていた。


集中砲火を受けている魔族は防戦一方となっているが、冷静に観察すると、障壁のようなものが体の周囲を被い、直撃は免れているように見えた。一体だけでもかなりの強さがあるようだ。


だが、いつまでもこんな消耗戦を続けてはいられない。エージェントは、戦闘専門の職業ではない。俺は魔法の間隙を縫って、魔族に特攻をかけることにした。


幸い、アッシュ達の攻撃に魔族の意識は割かれている。


アッシュが炎撃を放つタイミングを計り、炎の玉が発動した瞬間に、そのすぐ後ろについて魔族に迫る。


障壁を打撃で打ち破れるかはわからないが、防護壁のようなものなら殴っても痛いだけだろう。拳か潰れるリスクはあるが、死ぬよりはマシだった。


アッシュのファイアーボールが、目の前で障壁によって消滅する。なぜだか、熱さは感じられない。


そのまま上体を落とし、地を這うようなアッパーパンチを繰り出す。


狙ったのは顎ではなく、股間。


クリーンヒット。


なにかが潰れる感触が拳に伝わる。


魔族は梅干しを食べたような顔をして、悶絶していた。


「「!」」


見ていたアッシュと金髪のおっさんも、同じ表情で内股になった。


返す左の拳でこめかみを殴り、そのままのコンビネーションで右の拳を反対側のこめかみに入れる。


手の中では、握った石が潰れる感触。


魔族はそのまま膝から崩れ落ちた。




倒れた魔族は動かない。


脳へ与えた振動で、意識を完全に刈り取ったようだ。


今の闘いで学べたことは少なくない。


すばやく頭を整理するが、


·魔法には詠唱が必要である


·魔族は強靭な肉体をしているが、攻略法は対人戦と同じ(ただし、対等に闘える身体能力が必要)


·魔族の放つオーラは、相手の魔力を媒介にして精神干渉をする。ただし、俺には効かなかった。


·個々に使える魔法には属性があるようだ。アッシュ達は、それぞれが同じ属性の魔法ばかりを連発していた。


·魔族やアッシュの炎撃に熱は感じられなかった。魔法とはそういうものなのか、それとも···。


そんなふうに頭を整理していると、金髪のおっさんが近づいてきて、いきなり魔族にトドメをさした。


「ちゃんと息の根を止めとかなきゃ、足下をすくわれるぜ。」


「ああ、悪い···。」


と答えたものの···いやいや、おっさんよ。あんた、今まで何の役にも立っていないよな。


「タイガ、ケガはないか?」


アッシュが心配そうに聞いてきたが、眼には面白がるような光が宿っていた。


「首に血が滲んでる。ラルフ、治してあげて。」


アッシュの妹がそう言ってきた。


瞳が大きく、白い肌をしている。やっぱり、かわいい。少女と大人の間という感じか。


···言っておくが、俺はロリコンじゃないぞ。


「わかった、嬢ちゃん。」


金髪のおっさんに、嬢ちゃんと言われてアッシュの妹はムッと頬を膨らませた。子供扱いをされるのが嫌なのだろう。プクッと膨らませた顔がまたかわいかった。


ラルフは何やら呟きながら、こちらに手をかざす。


すぐに仄かな光が放たれた。


···ん?


「あ、あれ?」


おっさんが厳つい外観に似合わない表情をして驚いている。


「ねぇ、真面目にやってる?」


アッシュの妹が何か怒っている。


「あ···ああ。ちゃんとヒールをかけた···。」


そっと首に手をやるが、魔族の爪痕部分がひりついた。


「「「「···················。」」」」


みんな無言だ···。


「もしかして···魔法が効かないの?」


妖艶なお姉さんが、驚いた顔をしている。「だめだよ。眉間にシワを寄せたら、せっかくの美貌が台無しだよ」とでも言いたかったが、初対面なので空気を読むことにした。



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