60、隣国の使者

その夜、ガルシアの元に知らせが走った。

国境のとりでに隣国トランより使者がきたという。


「とうとう来たか!」


ベッドから飛び起きたガルシアは、ガウンを羽織はおって寝所を出た。

そこには側近に案内された砦からの使いが、息を切らして膝をついている。

夜空をグルクで飛んできたのか、寒さに身体が震え、歯がカチカチと鳴っていた。


「その方が使いの者か?難儀なんぎであったろう。

気付きつけだ、飲むがいい。」


テーブルのグラスに酒を注ぎ、使いにすすめる。


「なんともったいない、しかし助かります。

では、失礼して。」


使いの男は頭を下げ、一息に飲み干した。


「使者は親書を持ってきているのか?

武装は?兵をどのくらい連れている?」


使者は酒にホッと息をつき、落ち着いて頭を整理する。

そしてグラスを返し、頭を上げた。


「トラン王のご親書をたずさえ、隣国の貴族の方1名にそば付きの騎士3名、そしてその他兵を15名お連れになっております。

武装はそれぞれ剣のみで、魔導師はお連れにならず正装の軽装と言った出で立ちでございます。

かなりお気を使われていると、お見受けいたしました。

砦のつかさアルカンド様は、ただ今出来るだけの歓待かんたいで使者の足止めをなさっています。

ガルシア様の指示を待ち、城へお通しになるとのことでございます。」


「わかった、別室でしばらく休め。

すぐに賢者、大臣達を招集しょうしゅうせよ、会議をり行う。」


「はっ」


慌ただしく、側近が出て行く。

変わってすぐに、身の回りの世話をする小姓の青年が入ってきた。


「お着替えを。」


「レイト、起きていたか?」


「いえ、少々眠りましたので目はさえております。」


着替えをしながら、ガルシアがクックと笑う。

レイトがちらりと、その横顔を見た。


「さて、使者との謁見えっけんが白と出るか黒と出るか。

戦いとなれば、まずはこのレナントから戦火に焼かれるだろう。」


「そのような……あり得ません。」


「人同士の戦いであれば勝つ。

国境の町なれば、ここはその覚悟を持って皆武道にけている。

だが、あの奇妙な魔導師どもが相手では、わからぬと言うことだ。

風殿がルランに行ったのは痛いな。」


「風様のお弟子の方がいらっしゃるではありませんか。

それに地の神殿の方と、魔導の戦力も十分でありましょう。

弱気など、ガルシア様には無縁むえんかと。」


「フフ……風の弟子はまだ子供、巫子も若すぎる。

子供に命をかけさせるなど、このガルシアも地に落ちた。」


神妙な顔で、わざとらしくため息をつく。

それは、レイトの意見を聞く合図だ。

彼は手を動かしながら少々考え、思ったことを口にした。


「風の方は自分を子供と思ってらっしゃらないのではないでしょうか。

聞くところによりますと、生まれは家無しの召使いと聞きます。

この国では、最下の最も厳しい身分の出です。それは、別の意味から毎日が戦いでありましょう。

十分、コマの一つになり得ます。」


帯をめて着付けがすみ、レイトが立ち上がる。

剣を下げるベルトを腰につけていると、ガルシアが彼の頭をゴツンとこづいた。


「ようわかった、あれを一戦士と見よと言うことか。」


「状況次第では。きっとガルシア様の無理難題にも、ニッコリ微笑みながら心でため息をついて答えることでしょう。

召使いとはそう言うものでございます。

しかしセフィーリア様のいない今、あの方の扱いをどうするか迷っておられる声も聞きます。」


「何故迷う。」


「魔導師か、使用人か。それは天と地でありましょう。」

「あれはレナファンを救った魔導師である。

そう伝えよ。

風殿のご子息と扱え、このレナントでは生まれは関係無い、今が重要なのだ。

あれは貴重な、この城最大の戦力となる。」


その言葉に、クスッとレイトが笑う。

ガルシアが、またゴツンと彼の頭をこづく。


「笑うな。」


「変わり身の早いことで。」


「このガルシアは、順応じゅんのうしやすいのだよ。」


「しかし、あまり私の頭を叩かれましては、私が馬鹿になります。」


「お前は馬鹿でちょうどいい。今のままでは頭の回転が良すぎる、嫁の来手きてがないぞ。」


「ガルシア様こそ、お早くご結婚なさいませ。

皆ご世継ぎを心待ちになさってます。」


「忙しすぎて、結婚などする暇がない。」


「私もです。」


ククッと笑い合う。

眠気も吹き飛び緊張感がほどよくほぐれ、ガルシアが目を輝かせて部屋を出る。

レイトは頭を下げ、その背中を見送った。

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