40、術者の気配

「きゃああああああ!!」

「ひいっ!」


「女達は下がれ!見てはならん!」


様子を見ていた下働きの女が悲鳴を上げ、城内を兵が駆け回る。


「どけっ!」


ザレルが部下と共に駆けつけると、地面にめり込んだ遺体に呆然と唇をかんだ。


「魔導師を呼べ!すぐにだ!」


「はっ、はい、こ……ここに」


息を切らして3人の魔導師が駆けつけた。

1人が見るなり口を押さえ、気を失ってひっくり返る。

ルークは遺体に駆け寄ってひざまづき、手をかざして目を閉じた。


「ル、ルークよ、あまり近づいては危ない。」


他の魔導師のその声をよそに、ルークはかまわず手をかざして術の気配を感じ取ろうとする。

伸ばした手の先にある手紙の、燃えかすに指を添える。

それから感じるのは、清々すがすがしいほどの、それは……意外なことに清浄な火の気配。


そして、遺体に手をかざす。


「うっ!」


それは、苦しくなるほどの禍々まがまがしい気配。


一瞬、ルークの頭に暗雲あんうんと供に巨大な闇が襲いかかった気がした。

激しいめまいに襲われ、ルークが半回転して後ろに倒れ込む。


「ルーク殿!」


「だ、大丈夫です。」


慌てて彼に駆け寄った騎士の手を借り、ルークは頭を押さえて立ち上がると、水の魔導師に声をかけた。


「聖水で浄化を願います。いや、聖水だけでは、このご遺体は…………

地の神殿にも連絡をしましょう。聖水で浄化のあと、一旦ここから移動を。

今神殿の方が不在なので、巫子か神官か一人おいで願った方がいいと思います。


お前達、聖水で浄化するまで触れてはならぬぞ。」


「は、はい」


兵達が遺体を遠巻きにしながら顔色を変えて返答する。


「ふむ……しかし、これはいったい…………不可解な……

騎士長、少し頭を整理させてください。」


吐き気さえこみ上げ、ルークが口を押さえてそう言うとザレルがうなずく。


「わかった、報告は部屋で聞く!

隣国の王女の指輪を持っているならば事は重大だ。

今は微妙な時期、この者が隣国の者か国内の者か判断出来る物を探せ。」


「ザレル殿、行き倒れと言うことにしたらどうか。

城内に入れるのはやめた方が良い。」


他の騎士が耳元でささやく。

ザレルがあごに手を置き考え、彼に首を振った。


「いや、王女の指輪を持っているという事は重大だ。

しかもやったのが隣国の術士なら城に着いた直後というタイミングが良すぎる。

向こうはこの事を把握はあくしているのだろう。ならば城内で手厚くともなう方が良い。

遺体は麻で包み一旦地下の安置部屋へ。追って指示を出す。」


きびすを返すザレルが、集まった人の中にフェリアの姿を見つけた。


「またこのような所に!侍女は何をしている。

フェリア!子供が見るような物ではない!」


一喝いっかつされて、フェリアがバタバタと奥へ逃げ込んだ。


「あれは、きっと城内からじゃ。」


フェリアがつぶやきながら、ざわめく人を横目に城内を走り庭に出る。

そして噴水のフチに腰掛け、ゆらめく水面に手をかざした。


「水の精霊よ、わしに力を貸せ。風の精霊どもは、母上に命令を受けてわしの言うことを聞いてくれぬ。」



ぽちゃん、



水面から、一匹の魚が顔を出す。

それはパクパク口をさせ、しかし彼女には声が届いていた。


「お母様から、手を貸さぬよう言われております。

フェリア様は、おとなしゅうお待ちになるようにと。」


「わしにはわかったのじゃ、この城のどこかに敵の魔導師がいると。それでも手を貸さぬか?」


「ならば余計のこと、お父上様に話してまかせられませ。」


むううう、


フェリアが口をとがらせ、水をバシャンと叩く。

魚はスイッと、また水中へと逃げていった。


「えーい、二言目にはおとなしゅうしろとウザイのじゃ。

だからこっちの世界はわしの肌に合わぬ!」


きいいっ!


腹立たしげに、近くのバラをつかんでギュッと引っぱった。


「いたっ!いたいのじゃ!」


慌てて引いた手にはトゲが刺さり、手の平からじわっと血がにじんだ。


「う……うわああん!リーリーー血が出たのじゃー!リーリー、リーリー!」


どんなにリリスを呼んでも、その姿はどこにも見えない。



さびしい


さびしい



ずっと近くにいて、ずっと一緒にいたのに。


生きている、それだけはわかる。

お腹の中で、身体の中で、家族とどこかつながっていることが。



母はザレルの精気を受けて自らの一部からフェリアを作りだした、フェリアは半精霊。

自分は誰のために生まれたのだろう。

父も母もちっともかまってくれない。

リリスが好きで離れると不安になる。なのに、どうしてついて行けなかったのか。

くやしい、自分の気持ちを誰もわかってくれない。



泣いていると、どこからか首にハンカチを巻いた猫がやってきて、すり寄ってきた。


「あれ?ひっく、お前はどこから来たのじゃ。」


「にゃーん」


大きな猫で、抱こうとして手に血が付いていることに気がついた。


「お母ちゃまには、血を悪い奴に取られてはならんと言われているのじゃ。」


手に付いた血をペロペロなめても、じわりと血が出てくる。

リリスがいないことがまた思い出されてしくしく泣いていると、バラの間から青年が顔を出した。


「アイ、どこです?おや?先ほどの泣き声は……君は確か、騎士長のお嬢さん?」


「わしは……風のセフィーリアの、む、むむ娘じゃ。じゅるるる……」


「おや、手に血が出てるね、大丈夫、ほらもうすぐ止まるよ。

服を汚さぬように、ハンカチでしばってやろう。」


ふところから白いハンカチを取りだし、器用にフェリアの手に巻いてくれた。


「あ、ありがとう。お礼を言わねばリーリとお父ちゃまに怒られる。」


「ふふ……ありがとう、いい子だね。」


「うむ!いい子じゃ!」


うなずいて、明るい顔でアイ猫を抱っこする。

アイがザラザラの舌で、フェリアのほおをペロリとなめた。


「ライア、アイは見つかったかい?」


フェリアが、その優しい声に顔を見上げる。

花に囲まれ現れたのは、杖を手にしたレスラカーン。

フェリアも初めて出会った盲目の美しい青年だった。

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