エピソード4 ファイトヘルパー

 あれから半年以上の月日が経ちオレも七歳になった。最近の朝晩は肌寒く感じ、夏の終わりに差し掛かった。

 イーサン兄さんとは仲良くしており、今日は朝から訓練所で剣の訓練を指導してくれる事になった。

 訓練所と言っても少し広い庭のような場所で、申し訳ない程度のリングが存在している。ヒュンメルは相変わらず訓練所の隅で待機している。時折りイーサン兄さんとオレを指導する事があるが、基本は護衛として職務を全う中である。


 イーサン兄さんには悪いがハッキリ言って逃げ出したい。だって剣ですよ。そんなの覚えたく無いし。


「兄さんやっぱりボクには剣の訓練はまだ早いような気がするんだけど」

 兄さんなら気づいてくれるはず、遠回しに嫌がっている事を!


「大丈夫だよスノウ! 心配しないで木剣だから!

 今日はね帝国式剣術について教えようと思うんだ。両手剣か片手剣とバックラーのどちらがいい?」


 と食い気味に言ってきた。


 (そこじゃないよ! 

 どうしたんだイーサン兄さん、目がキラキラと輝いているよ。あなたは戦闘狂なのか?)


 オレは駄々をこねていたが、イーサン兄さんとの話し合いでは勝てるわけがない。

 安全第一を願う為に片手剣とバックラースタイルの訓練をお願いした。

 

「スノウには、これぐらいの長さの木剣かな?」


 イーサン兄さんから少し小ぶりなバックラーと木剣を渡された。両方とも手にしっくりときて、俺の身体にはちょうど良い重さだった。

 しかし、剣道すらも全くやった事ないんだけどオレは大丈夫なのだろうか?

 

 イーサン兄さんから構えや移動、盾や木剣の使い方や素振り等のガチ指導を受けて、いつのまにか昼前になっていた。

 疲れ切って木陰に倒れ込んでいたら、メイドが水差しとタオルを持ってきた。


 (そろそろ休憩の時間だな)


  水で喉を潤してタオルで汗を拭いてから、芝生に大の字に倒れこんだ。イーサン兄さんの口から耳を疑うような言葉がオレの耳に流れてきた。


「よし、基礎は終わったから簡単に実力を見せてもらおうかな。スノウ無理はしなくていいからね」


(えっ! もう無理ですけど! 見てますかオレの姿を! 倒れてますよ! 休憩モード感だしてますよ! いきなり実技ですか? ハァー! そんな事は望んでおりませぬが! やっぱりあなたは戦闘狂ですか?)

 

 イーサン兄さんはこれでもか! という爽やかな笑顔でオレに手を伸ばして来た。

 その手を掴んだのが運の尽きだった。


「スノウどこからでも打ち込んでいいよ」


 不敵な笑みを浮かべるイーサン兄さんの頭の中には、どうやら実技訓練を止めると言う選択肢はなかったようだ。もうすでに両手持ちの木剣を選んでいる。

 

(多分アレだ。年齢も十四歳、思春期特有の厨二病的な感じでダイアナ王妃の血が騒ぎ出したのだろう…………)

 

「それじゃ兄さんの胸を借りるつもりで頑張るよ」


 自分でも驚いたが、今まで剣を持った経験が無いはずなのに、イーサン兄さんに教わった動きが出来るようになっていた。


(やっぱりイーサン兄さんは凄いや。オレでも何とかそれっぽく動けるようになったよ)

 

 お互いに木剣を構えて呼吸を整えた。


「はじめ」


 ヒュンメルの合図によりオレから動き出した。

 まずは、牽制程度に剣を突き出したり、ステップしたり、イーサン兄さんの出方をうかがった。

 まったく微動だにせず受け止められていた。


(このままだと埒があかないなぁ)


オレはバックラーで右手を守るよう構えて、イーサン兄さんの間合いを見極めるようにジワジワと足を擦って行く。

 イーサン兄さんは両手剣を上段に構えたまま全く微動だにしなかった。

 まずはこちらから先手必勝! 先制攻撃だ。

 ガラ空きの腹部を目掛けて横一閃の水平切りを放った。

 イーサン兄さんは僅かにバックステップし、上段から一撃を振り下ろす。

 オレは先程の水平切りで体勢を崩していた。

 何とか左足で踏ん張り直して、すかさず左手に持っているバックラーで斬撃を受けた。

 上段から強い衝撃に六歳差の筋力では耐えきれずバックラーを吹き飛ばされてしまった。


「しまった」


 今のオレは木剣一本の状態だ。

 これでは余りにも分が悪過ぎる。

 急いで転がりバックラーの元に移動したが、先程の一撃で左手が痺れて握力がなくなり、バックラーを上手く持てない。

 これでは次の攻撃は防げないと悟った。

 

 大人気ないよイーサン兄さん……

 恐怖で脚が震えた。

完全に誘われてからのカウンターで、もしまともに受けていたらいったいどうなっていたのか……

 完全に戦意を失ったオレに


「ごめんごめん、つい」


 とイーサン兄さんは爽やか笑顔で言った。


「手加減をして下さい! ボクはまだ七歳ですよ! 怖くて泣きそうになりました!」


 オレは膝をガクガク震わせながら怒りとともに精一杯の言葉を伝えた。イーサン兄さんにヘタレ認定されてもいい命が助かるのなら!


 もう一度試合が再開され、お互いに呼吸を整える。

(さっきの言葉でイーサン兄さんは少し甘くなるはずだ。そこが勝負だ)


オレはイーサン兄さんの表情を見ながら、頭をフル回転させる。

 今度はバックラーの影に木剣が収まるようにして、剣先を隠す。

 そして、イーサン兄さんに向かって全力で走り出した。

 一瞬イーサン兄さんの「えっ」と声が漏れたが、オレは膝を目掛けて刺突を行った。

 もう少しという所でまた両手剣で阻まれた………かと思いきやオレはすぐに手首を返してイーサン兄さんの右手首に一撃をあたえた。

 イーサン兄さんに比べると弱い一撃だが、オレにとっては凄く嬉しく両手でガッツポーズをした。

 イーサン兄さんはポカーンとした顔をしていたが、意思に反して既に右手は動いており、木剣がオレの頭にクリーンヒットを決めた。

 

「ごめん! スノウ大丈夫!」


 イーサン兄さんの焦る声を聞きながら、オレは壊れかけの人形のようにガクガクと崩れさり、目の前は真っ暗になっていく…………

 ヒュンメルがメイドを呼ぶ声が聞こえ、遠くから先程の水差しとタオルを持ってきたメイドが「スノウ様」と駆け寄ってくるのが聞こえた。

 そして、意識を失う寸前に……


「スノウ様ハァハァ やっと介抱がハァハァ」

 

 荒ぶる鼻息が聞こえた。


 絶対にあの時のメイドだ…………

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