第13話
(おかしい、どうしてこうなった?)
前世を思い出し、リオが来てから早6年の月日が流れていた。
木の枝の上だというのに器用に私の腰に腕を回しべったりとくっついて膝の上で眠るリオがそこにいた。
この6年間、リセットを繰り返しまるっと無視してきたはずなのに今では完全に自分にべったりのリオが出来上がっていた。
(あー足が痺れてきた、早くどいてくれないかなー)
図体もデカくなったリオの頭を本の隙間からちらりと見下ろす。
あの思いっきり殴られた日を境にリオの急成長ぶりには目を見張った。
あっという間に屋敷全体の位置の把握から、人々の動き全てを瞬時に感じ取り、それぞれの趣向から癖まで更にはお手伝いさんの家の事情まで全ての情報を把握し、私が必要だと思ったものは、いや思う前に机の上に置かれていた。
あの日以来、殴られるとか見つかったことが一度もない。
お陰で義理の家族やお手伝いさん達からも、完全に諦められ忘れ去られていた。
(うーん、これはこれでぐーたら生活とも言えなくもないか…)
春の木漏れ日とそよそよ注ぐ春の風を感じながらふとそう思うが、ふるふると頭を横に振る。
(いやいや、こんな生活ではダメだわ)
やせ細った腕を見る。
平和だと言えど、結局たいした食糧も得られないままだ。
今の季節はいいけれど、特にあの寒い冬なんか隙間風だらけのあの屋根裏部屋で過ごさないといけない。
一生こんな生活だなんて絶対に嫌だ。
(いい加減、徴現れろってのですよ)
ちょっと手を翳してみるも、やはり魔法なんて出てこない。
あれから少しずつ貯めたお金も家を買うまでの仕事や宿を探す準備期間用の資金分は溜まった。
後は魔法が使えるようになる徴だけなのだ。
「はぁ~、そろそろいい加減、こんな家ともおさらばしたいのに」
肩を落とし、またいつものように本の文字に目を落とした。
そう思った数日後の事だ。
リオが手に入れてくれた鏡を手にする。
前の鏡の切れ端と違い、小さいながらも前よりも見やすくて重宝している。
そしてその鏡を手にしながら台の上にある櫛を持つ。
これもリオが器用に木の板で作ってくた櫛だ。
リセットしていても便利なモノはちゃっかり貰ってしまっている相変わらずクズ志向のリディアだった。
その櫛で鏡を見ながら髪を梳く。
梳き終わった櫛と鏡を置こうとして手が止まる。
「ん?」
鏡を置こうと傾けた時に何やら変なものが映った気がする。
改めて鏡を自分の顔から徐々に首元へと落とした瞬間、瞳孔が見開く。
「お、おお、おおおおおおおっっ」
首の根元に何やら紋章が浮かび上がっていた。
「こ、これはっっ!!」
何度も何度も確認するように鏡を覗き込む。
どう見ても間違いない。
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
思わず絶叫する。
「ね、姉さま!?」
そしてハッと口を押える。
(しまった、つい、絶叫してしまったわ)
「大丈夫、今は屋敷に誰もいないよ、この後半時もしないうちに戻ってくると思うから、そろそろ移動準備はじめて、姉さま」
リオの言葉にホッと胸をなぜ下す。
6年ぶりに見つかるかと思ったが、大丈夫のようだ。
「こうしちゃいられないわ!」
「姉さま?」
ベットの下から次々と物を取り出す。
「ど、どうしたの?姉さま??」
そして奥の方にしまっていた袋を取り出す。
ジャリっと音を鳴らしながら中身を確認する。
(うん、これだけあれば暫くは大丈夫よね)
少しずつ少しずつ貯めたお金の袋を鞄にしまう。
「姉さま、そんな大金どうするの?」
もちろん、リセット状態は今も変わらないリオの質問に答える気もさらさらなかった。
「あとは…」
「姉さま?!」
ベットのマットをずらし出したリディアにリオが更に怪訝な表情を作る。
ずらした奥のマットの端からマットの中へ手を突っ込む。
「お、あった、あった!」
「!それは…」
ベットのマットから、とても綺麗な紋章の入った小さな護身用のナイフを取り出す。
業突く張りなこの義家族に見つかると絶対取られると隠していたナイフだ。
「…その紋章、それにローズ… もしかして姉さまのお母様の形見?」
一瞬で見破るリオ。
ピクッと肩が反応するも、一瞬でリセットする。
すぐさまリセットはすでに体に染みついていた。
(流石リオね、恐るべし)
そう思いつつ、その護身用ナイフを胸元にしまう。
そう、これは父が母に贈ったもので、父の男爵家の紋章と母の名前が入った綺麗なきめ細やかな細工が施された護身用ナイフだ。
これから先、違う意味での危険が付き物だ。
この先の生活はどういったものになるかも全然解らない。
しかも戦乱は落ち着いてきたもののその影響はまだ大きく、また魔物の出現というのもあり、安定していない環境なため不逞な輩も結構居る。
護身用ナイフと言えずっと仕舞っていたので使ったことはないが、もしもを思えば持っておくに越したことはない。
それにナイフは色々と役に立つ。
「あとは…」
「姉さま」
ベットの下に手を伸ばしかけたその腕を不意に掴まれる。
「姉さま、この家を出ていくの?」
「!」
リディアはフリーズした。
今まで本を読んでいるときや寝ているときに抱き着いたりという事はあっても、リディアが行動するときには邪魔をする事は一度もなかった。
だから瞬時にどんな時でもリセットしてリオの存在を消すことが出来たのだ。
完全に腕を掴まれ初めてリセットできない状況に陥り、リディアの頭はパニックし思考が停止する。
「なら僕も連れて行って!」
「!」
(ど、どうしよう・…)
これはどう考えてもリオと会話をしなければならない状況だ。
今や大人と変わらない18歳になったリオの腕をほどくことは不可能。
(これはフラグか?ねぇねぇ、フラグか?!)
リディアの脳が急速回転し始める。
(考えろぅ考えろぅ思い出せぇ思い出せぇー)
乙女ゲームのここはまだ序盤のはず。
この日のために一生懸命思い出していたものを、もう一度頭で整理するために脳裏に浮かばせる。
(確か…)
徴が出た後、しばらくして城からの使いと称する者がやってくるはず。
義妹達に徴が出ているか確認しにくるのだ。
その後私ことリディアが街にお使いを頼まれ行く途中、人とぶつかるイベント発生。それがまぁ詰まる所、攻略男子2号で確かこの国の第一王子だっけか?そんな感じだったはず。
そこで確かぶつかった拍子にちらりと見えた徴に探していた聖女かもとかになって、そこで攻略男子3号が現れて、2号は3号に連れてかれてリディアを見失うといった感じなはず。
その後、何かでこの家にもう一人娘が居ると知って、そこで私が見つかるんだよね、確か。
(しかし、うーん)
リオがその時どうなったかは、すっかり覚えていない。
まぁでも、大体なんやかんやで付いてきたパターンだと思うんだ。うん。
(あの乙ゲー、よくあるパターンのオンパレードだったしね…)
あの序盤でリオとの選択肢ってあったかなー?と必死に思い出そうとするも、やっぱり思い出せない。
(てことは会話してもフラグは問題ない?)
「姉さま?」
(いやいやちょっと待て、それよりもよ)
徴が出た後、城の使いの訪れがあった後に外に出るのはまずいよね。
ということは、訪れる前にこの家を出ないといけない。
でないと、街であらうっかりぶつかっちゃったー!テヘペロイベントが発生してしまう。
(ということは、今すぐ出ていく方が得策)
徴が出た後、どれぐらいでこの家に訪れるかは解らないのだ。
とにかく早く出ないとやばいという事だけは確かだ。
「お願い、姉さま、僕、絶対足手まといなんかにならないから」
(問題は、あとはリオよね)
リオを連れていくかどうか。
ほっといてもついてきそうな気もするが、一応私に従順な彼だ。
「来るな」と言えば来ないかもしれない。
でも「来るな」という会話が発生してしまう。
(ここでの問題は、フラグだわ)
序盤の会話でもフラグを用意されているモノも乙女ゲームにはある。
もし本来のゲーム内でこの会話がなければフラグは立たない。
でももしもあったならば、フラグが関わる。
だが、序盤だとフラグが立たないパターンも多い。
(ここは掛けるしかないか…)
一つ息を吐くと、決意を決める。
そして、振り向こうとした瞬間、
――――― パタンッ
ドアの開く音。
「しまった…気を取られて気づくの遅れた!ごめんなさい、姉さま、下の義妹が帰ってきたみたい」
「!」
(義妹が帰ってきた…てことは…外に出られない?)
いつもより早く帰ってきた義妹に焦る。
義妹に見つかって殴られるとかよりも、外に出られない間に城からの使いが来る方がヤバイ。
窓の外を見る。
そこには裏の木の先の方が見える。
リオはこの木に器用に飛び移り、よく外に出ていく。
だけど私には到底無理だ。
しばらく義妹の様子を見て、外に出られるチャンスを待とうかと思った時だった。
―――― パタンっバタバタ…
「今日はもう一人の義妹も帰ってきたようです」
「! ダメだわ…」
「?」
私の脳裏に一つのシーンが浮かび上がる。
城からの使いと義妹二人が会話しているシーンが。
(ふたりが揃っているという事は、もしかしたら…)
”まもなく、城からの使いがやってくるかもしれない!”
「リオ」
「! は、はいっ」
私は初めて彼の名を呼ぶ。
「あの木に私を抱いて飛び移れる?」
「!…も、もちろん!」
「そのまま外に出るのも可能?」
「大丈夫!絶対成功させてみせるよ!」
「そう…」
6年間まともに見たことがないリオに振り返る。
リオの目がキラキラと輝くように大きく見開く。
「今すぐ、私を外に連れ出して」
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