第59話 「暴走してない!?」
「いやジュン殿は聡明であられますな!グラウバーン卿もさぞ鼻が高い事でしょう!」
「恐れ入ります」
王都から帰って来て二週間。
明日には白天騎士団が到着する予定。
その間、グラウバーン領の周辺の貴族のみならず、王国各地の貴族がボクを訪ねて来た。
どの貴族も必ずと言っていいほど、娘か孫娘、或いは妹を連れて来ていた。
「ところで、ウチの娘をどう思いますかな?親の贔屓目を抜きにしても器量良しの自慢の娘なのですが。ジュン殿と歳も近いし、婚約者に如何ですかな?」
「ええと…光栄な御話しですが、少し考えさせて頂きたく…」
「そうですな、考える時間は必要でしょう。それでは今日はこれにて。良い返事を期待してますぞ」
目的は言わずもがな。ボクの婚約者にする為に、だ。
戦勝記念パーティーでも散々紹介されたが、帰って来てからも毎日のように…正直、こちらはそれどころじゃないんだけど。
で、全く知らない会ったばかりのお嬢さんなら、まだ断りやすいんだけど…それでも目の前で泣かれるのは弱った。
だからこれまで来た婚約話は殆どが一旦は保留…日を置いて手紙で断るのが一連の流れになってしまった。父上は全てお前が決めろと言って断ってくれないし。
更に厄介なのがセーラ・マクスウェル公爵令嬢を中心にかつての同級生達が押しかけて来た事だ。
「お父様にジュン君に張り付いているように言われたのよ。他の派閥に取られないように監視と、自分の派閥に入って貰う為に婚約者になるように口説けって」
「セーラさんは高等学院に進んでいる筈では?」
「休学して来たわ!」
「そんなアッサリ…大丈夫なんですか?」
「大丈夫…とはあまり言えないけど。休学中に課題をこなす事で単位は貰える事になったから、なんとかなるわよ」
「アリなんですか?それ」
「マクスウェル公爵家の力を持ってすれば!」
「…アリなんですか?それ」
というようなやり取りがあって、アヴェリー殿下には極力接触しない事を条件に、父上は滞在を認めてしまった。
表向きは、友人の家に遊びに来た少女達という扱いで。
セーラさん達はボクが素直に婚約者として認めたりしないと解っているので、長期戦の構えなのだ。一度断ったくらいじゃ諦めないと宣言してる。
父上も面白がって「ジュンが認めたなら何人でも婚約者になるといい」なんて言っちゃうし。
ここはボクの味方をしてくれてもいいだろうに。
「ま、いいじゃないか。グラウバーン家は長い歴史のある貴族家だが、分家が無い。代々の当主が妻を一人しか持たず、子も大体が一人、二人しか作らなかったからだ。だがお前が魔帝に至り、グラウバーン家が公爵家になった以上、それは通らない。どう足掻こうが妻を二、三人は押し付けて来る。王家にも未婚の娘は居るし、他国の王族、貴族からも話が来るだろう。今の内に慣れとけ。色々とな」
慣れたくないです、父上…早急に何とかして欲しいです。
…お互いの為に。
「だからな、ノルン。そんな眼で睨むな」
「………」
ノルンが殺気の篭った眼で父上やセーラさん達を睨んでる。
ノルンは結構ヤキモチ焼きなので、不満があるのは解ってた。
でも、ノルンはグラウバーン家のメイドで、騎士の娘だ。
公爵令嬢のセーラさんに無礼な口は利けない。
「お前だってわかっていたろう?ジュンが魔帝になれば妻がお前だけ、なんて事にはなり得ないと」
「……はい」
ノルンだけを妻にしてもノルンの身分は貴族としては最下級。
どうしても周りからのちょっかいは治まらない。
父上が言ったように、陛下の命令で王家の娘と結婚させられる可能性もある。
そして、それはニーナ殿下やクロエ殿下ではなく。
陛下の伯母や姪に当たる方達。
…中にはヴィクトル殿下より年上の方も居たりする。
正直、そこまで年上なのは勘弁して欲しい。
「まだ十四のお前にそんな年増を押し付けたりはしないだろうが…むしろニーナ殿下やクロエ殿下との縁談の方が可能性は高いぞ?」
「そんな事ありますか?」
「あるさ。次期国王がエディ殿下かジョゼ殿下に決まれば、ニーナ殿下もすぐに縁談が組まれる。その時、お前が選ばれる可能性もある。その時はニーナ殿下を正妻に、という話になるだろうな」
「えー…」
「どちらにせよ、まだ先の話だし、お前は成人したら暫くは自由だ。それまでの辛抱だ。上手くやれ」
そうか…成人したらボクは冒険者になる。
そしたら、自由に好きな場所に行っていいんだった。
まぁ、転移魔法があるんだから拠点はあくまでグラウバーン領だけど。
「どういう事?成人したら、何かあるの?」
「グラウバーン家の家訓というか教育方針と言いますか。グラウバーン家の男児は成人したら二十歳までの五年間は冒険者として生活する事になってるんです。経験や知識、見聞を広めるには実際に自分で見て、歩いて、暮らすのが一番良いと言うご先祖様の言葉に従って」
「へぇ…ガイン様も冒険者だったんですか?」
「ああ。冒険者時代にアヤネと出会ったのさ。アイツと出会ったのは俺が十七の時で――」
「あ、その話はまた今度で」
「そ、そうか…」
セーラさんも中々にハートが強い。
一応は父上は公爵ですよ?
「それよりも…ジュン君て今年の九月に成人よね?」
「はい」
「つまりは後、五ヶ月ほど…拙いわ、思ってたより時間が無い!」
「セーラ!」
「作戦会議が必要ね!」
何の作戦ですか、と聞くよりも早くセーラさん達は行ってしまった。
いや、聞く迄もないんですけども。
「クク…良い男過ぎるのも考え物だな」
「笑いごとじゃありませんよ…」
「ハッハッハッ!まぁ二、三人と言わず二十人でも三十人でも娶ってしまえ!お前ならなんとかなるだろ!」
「なるわけないでしょ!」
「旦~那~さ~ま~?」
「おっと…んんっ、ところで皇女殿下の様子はどうだ?」
「相変わらずですね。部屋に閉じこもってます」
うちに来て最初の間は…まぁ、普通だった。
だけど、翌日にはもう本来の姿…引きこもり皇女に戻ってしまった。
「そうか…あのメイドも相変わらずなんだな?」
「はい…」
あのメイド…ララさんは閉じ籠って部屋から出ないアヴェリー殿下を無理やり出して御風呂に入れたり着替えさせたりする度に、グズグズするアヴェリー殿下をお仕置きしていた。
その余波で部屋の中の家具が破壊されるのだが…一体誰が弁償してくれるんだろう?
そう言えば、クロエ殿下も引きこもりだって話だったか。
王族や皇族で引きこもりが流行っているんだろうか。
「ところで、具体的にいつまで皇女殿下をうちで預かる事になってるのです?」
「言ってなかったか?少なくとも三年。出来れば次期国王が決まるまで、だ」
「…長いですね。皇女殿下は三年後も王国にずっと居るのですか?」
「それは帝国との交渉次第だが…どうかしたか?」
「いえ、単純に気の毒だな、と」
捕まえたボクが言うべきセリフでは無いと思うけど。
これからもずっと、下手をすれば一生、アヴェリー殿下は異国の地で暮らす事になるのだろうか。
まだ若い、美しい女性であるというのに。
「…仕方あるまい。帝国から仕掛けた戦争で、敗れたのは帝国なのだからな。その責は皇族が負わねばならん」
「……はい。そう言えば、帝国が抱えてる問題、原因不明の荒地化については何かわかったのですか?」
「さぁな。それに関してはエメラルダ様も調査に行くらしいが。帝国が何年も掛けて調べてわからない事がエメラルダ様ならすぐにわかるとも思えん。時間がかかるだろうな」
「そうですか…」
そんなに悠長にしてて良いんだろうか。
帝国の南部から徐々に北に向かって荒地化が進んでいるという事は…放っておけばいずれは他国、アデルフォン王国にだって荒地化の波が来るという事だろうに。
「旦那様、白天騎士団の皆様がご到着されました」
「何?予定より早いな。よし、通せ」
「はい。謁見の間で宜しいでしょうか?」
「うむ…いや、この部屋でいいだろう。バーラント団長だけで良い」
「畏まりました」
もう来たのか。何か急ぐ理由でもあったのか、な?
「ジュンー!」
「え?アイシスさん?」
「ジュン!大丈夫!?暴走してない!?」
「暴走?」
「ちょっ、ちょっとアイシスさん!」
父上の前でなんて質問…まだノルン以外の誰も知らないのに。
「ジュン、暴走とは何の事だ?」
「さ、さぁ…ボクにもさっぱりで」
「何言ってんの!称号の事に決まって…ムガッ!?」
「(アホですか、あなたは!ここでその事をバラしたら困るのはジュン様だけじゃなくあなたもですよ!)」
ナイスだ、ノルン。そのまま抑えてて!
「称号?お前、何か新しい称号を獲得していたのか?」
「いえ、ほんとーにさっぱりで。兎に角、アイシスさんと話して来ますね、落ち着いた場所で!」
「おい…?」
確実に父上は不審に思ってるけど、ここはすっとぼけるしかない。
ほんとにもー…もっと周りに配慮して行動してくださいよ、アイシスさん!
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