第57話 「考え直す時間を貰えますか?」
戦勝記念パーティーと式典も終わり。
父上と共にグラウバーン領に帰った来た。
グラウバーン家から戦争に参加した騎士や兵士達はゆっくりと自分達の足で帰ってもらって、ボク達は転移魔法で一足先に帰った。
ボクと父上は当然、ノルン達使用人とミゲルさん達も一緒だ。
「ああ~楽しかったなぁ。王都観光」
「ほんと。また行きたいわねぇ」
「うまいもんも一杯あったしなぁ」
「美人もいっぱいいるし…」
「なぁ、ジュン。いっそ王都で暮らさないか?」
「ハハハ…」
本当にミゲルさん達とは友人になってるんだな…まぁ、気の良い人達だし、ボクも仲良く出来そうだから良いんだけど。
「ようやく帰って来たか、我が家に。少し休みたいとこだが…溜まってる仕事をこなすとするか。セバスチャン」
「畏まりました。急ぎの案件からお伝えします」
「うむ。それから、メリーアン。皇女殿下をお迎えする用意を。急ぎでな」
「はい」
「ジュンは準備出来次第、皇女殿下を迎えに行け。お前なら大丈夫だと思うが、粗相の無いようにな。ノルンはジュンに付いて行け」
「はい」
「お任せ下さい、旦那様」
皇女殿下…あの強気な皇女殿下が大人しく人質になってるというのは少し違和感があるけれど。
いや、戦争が終わった今、暴れても意味が無い処か帝国が不利になるだけか。
「ああ、アヴェリー殿下が来るのかぁ…」
「ミゲルさん達は第三皇女とは面識が?」
「無い」
「俺らみたいな下っ端騎士を皇女殿下が知ってるわけないだろ」
「私達も遠目に御見かけした事がある程度よ」
「強くて美人。それくらいしか知らないな」
「元々、公の場に出る事が少ない方だったからな」
それは…そうだろうな。
ボクだってエディ殿下やニーナ殿下とはこの前初めて会話したのだし。
「なぁ、ジュン。俺達の事はアヴェリー様には黙っててくれよな」
「流石に故国を裏切った騎士が居るって知ったら…どんな事になるか、わからないものね」
「…ですね」
普通は不快に思うだろう。
何にも感じないなんて事は無い筈だ。
「ジュン様、そろそろ」
「うん。じゃあ行って来ます」
「おーう」
「皇女様にセクハラしちゃダメだからね」
「……するわけないでしょ、何言ってんですか」
「前科者が何言ってんの。絶対にダメだからね?」
ぜ、前科者?ボクが何したって…あ、いや、アイシスさんか…
「…おのれ、あの不埒者…ジュン様にあらぬ汚名を被せるとは…グヌヌヌヌ」
「…行くよ、ノルン」
「あ、は、はい!」
王都のグラウバーン家の屋敷に転移してから王城へ。
陛下から話が通ってるのだろう、スムーズに皇女殿下の部屋まで案内して貰えた。
「こちらです」
「案内ありがとう」
「いえ…あの、挫けずに、最後まで面倒みてあげてください」
「はぁ?」
「優しく、やさしーくしてあげてくださいね。可哀想な方なので」
「あ、ああ、はい。わかってます」
そりゃまぁ、可哀想ではあるよね。
敗戦国の人質として、他国に囚われてるわけだし。
「御願いします。それでは、私はこれで」
「ご苦労様」
…さてと。
この部屋に第三皇女が居る…わけだけど。
「随分、静かだね」
「ジュン様が迎えに来る事は先方も承知の筈です。準備を終えて待っているのでは?」
「そうかもね」
まぁ、皇女ともなれば廊下まで声が聞こえる程に騒いだりもしないか。
いつまでも廊下に立っててもしょうがないし、取り合えずノックして、と。
「(ほら、アヴェリー様!来ましたよ!)」
「(いつまでそうしてるつもりなんですか。早く出て来てください)」
………?。アヴェリー殿下以外にも誰かいる?
気配は……二人。でも、声からして殿下以外に二人いるから、三人分の気配が無いとおかしいんだけど。
「(ああ、もう!いつまでもお待たせするわけにいかないし、ララ、入ってもらって)」
「(うん)」
ようやく開けてくれるらしい。
ドアから顔を出したのは……メイドさん?
若い女性…王城のメイドとは違うメイド服を着てる。
察するに帝国から来たアヴェリー殿下付きのメイドか。
いや…アヴェリー殿下を捕虜にした際、砦の中に居たメイドの一人か?
何となく見覚えがある。
「…アヴェリー殿下のお迎えに参りました。グラウバーン公爵家が嫡男、ジュン・グラウバーン男爵です」
「お待ちしておりました。アヴェリー様は御部屋の中です。どうぞ」
「失礼します」
部屋の中にはメイドがもう一人。
最初に出て来たメイドさんとよく似てる。
それは良いとして…肝心のアヴェリー殿下が見当たらない。
「あの、殿下はどちらに?」
「はい。そこです」
「そこ?どこです?」
「ですから、そちらに」
んん?
メイドさんがが示す先は…ベッド?
でもベッドの上にも誰も居ないな。
「居ないようですが」
「いえ、居ます」
「ですが…」
「あ~もう!ジレったい!ララ!ジュン様を困惑させてるわよ!ていうかアヴェリー様!ほんといい加減にしてください!」
もう一人のメイドさんが、ベッドの下に手を伸ばして何か引っ張ってる。
え?もしかして…ベッドの下に居るの?
「あの…」
「はい。アヴェリー様はベッドの下に居ます」
「…何故?」
「アヴェリー様は非情に照れ屋で人見知りで陰気で根暗なのです」
「は?」
「ですので、グラウバーン領に移動する事、ジュン様が迎えに来る事、先ほどまで全て秘密にしていました。早くに知ってしまえば、何のかんのと理由を付けて部屋から出ようとしませんから」
え~…おかしくない?
だって、あのアヴェリー殿下でしょ?
戦場で飛竜に乗り、勇敢に戦い、ヴィクトル殿下と一騎打ちをしたアヴェリー殿下でしょ?
「ですが…いつまでもこのままじゃ拉致があきませんね。少し失礼をします、ジュン様」
「はい?」
「下がってください、姉さん」
「え、ちょ、やるの?あまり派手にやんないでよ」
え?何やるの?
ララと呼ばれたメイドがスカートから鞭を取り出して…
「フンッ!」
「ぴぎゃあああああああ!!!」
「えええええええ!」
な、何してんの、この人!?
鞭でベッドをバラバラにしちゃったぞ!?
「ひ、ヒィ!」
「何がヒィですかアヴェリー!ずっとジュン様をお待たせしてるんですよ!ほら、早く着替えなさい!」
「イ、イヤ…何処にも行きたくないぃ…」
「そんなわけにいきますか!此処はアヴェリーの自室でも無ければ帝国でもないんです!サッサと着替えなさい!」
「い、いやぁ…だって知らない人が居るのに…」
「それはジュン様が来る前に着替えないからでしょう!ええい、姉さん!やってしまいましょう!」
「…はいはい。アヴェリー様が悪いんですからねー」
「え、いや、ちょ、きゃああああああ!」
ベッドの下に隠れていたアヴェリー殿下は寝間着のままで髪はボサボサだったのだが、メイド二人の手によって、アッという間に下着まで剥かれて全裸に。
そこから新しい下着を着せられ、髪をとかされてる。
「ぐすっ…ぐすっ…もう御嫁にいけないぃ…」
「心配ありません。元からアヴェリーに嫁の貰い手なんてありませんから」
「ひどいぃ…」
「ひどくありません。そんな事より、もう逃げ出さないでくださいね。次に逃げ出そうとしたらアヴェリーの処女は私が奪ってしまいますよ」
「ララ、あんたもいつまでもドSモードになってないで。通常モードに戻りなさい」
「あ、ごめんなさい姉さん」
ドSモードって何。
何なの、このメイド二人とアヴェリー殿下の関係。
「あの…」
「あ、すみません、ほったらかしにして」
「色々とお聞きしたいのでしょうが、もう少々お待ちください。アヴェリー様がまともな状態になってからの方が、話は進むと思いますので」
まともな状態?今のアヴェリー殿下はやはり普通じゃないと?
「それだと誤解されちゃうわよ、ララ。ジュン様、アヴェリー様は今のこの状態が通常モードです。ジュン様がお噂で聞いていると思われる、戦場で勇ましく戦う姫君『龍姫』は仮の姿なんです」
つまり…ボクが戦場で見たあの姿こそが偽の姿で、今、ボクの眼の前でメイドに全裸にされ髪をとかされながら泣きべそかいてるのが、アヴェリー殿下本来の姿だと?
「捕虜にされた当初は王国の方々はお手上げ状態で。同じく捕虜にした私達に泣きついてくるまで、そう時間はかかりませんでした」
「これでも一応は帝国の皇女ですからね。下手に扱えないし、放り出す訳にも行かないし。戦後の交渉でアヴェリー様は送り返して、別の皇族を人質に差し出すように交渉したみたいですけど、そこは帝国側が断固として折れなかったとか」
陛下…何のかんのと理由を付けてましたけど、本当のところはアヴェリー殿下がめんどくさすぎてグラウバーン家に押し付けただけなんじゃ。
大体、傍付きのメイドが二人いるなんて聞いてませんけど?
「…御二人はアヴェリー殿下とどういう?」
「あ、申し遅れました。私はララ。幼い頃にアヴェリー様に拾われて命を救われた者で…元奴隷の魔族です」
「ララの姉のリリです。私もアヴェリー様に救われた縁でアヴェリー様のメイドをしてます」
「魔族…という事は魔道国ルナティクスの出身ですか?」
「はい、おそらく」
「おそらく?」
「私達、物心つく前に奴隷にされてて…奴隷商人が帝国を通過する際に魔獣に襲われて、絶体絶命の所を、ワイバーンに乗って訓練中だったアヴェリー様が助けてくださったんです」
二人は見た所、ボクと同じくらいの年齢。
魔族は見た目じゃ年齢の判断は付かないけど、話からすると十五歳前後で間違いないだろう。
「…で、ドSモードというのは?」
「あ、それは………キャッ」
「今更かわい子ぶるんじゃないわよ…すみません、ララはどうもオドオドしてるアヴェリ―様を見てると、こう……イジめたくなるらしくて。普段は抑えてるんですけど」
「今回はジュン様をこれ以上お待たせしてはいけないという大義名分がありましたから。久しぶりにドSモードに」
…つまりは理由さえあれば主人であるアヴェリー殿下をもイジめる、と。
とんでもないメイドだな。
そんな危険なララさんは一見すると普通の人。
青髪のショートカットを七三分けにしてる。
耳がホンの少し尖ってるのが特徴的といえば特徴的か。
姉のリリさんも同じく一見すると普通の人。
赤髪のミディアムヘアで耳飾りを着けてる。
姉妹だけあってララさんと似ているが、双子ではなさそうだ。
「ほらアヴェリー様。後は鎧を着るだけですよ」
「早く着ないと、また裸にしますよ」
「うぅ…」
二人に言われてグスグスと泣きながら鎧を着るアヴェリー殿下。
というか、何で鎧?皇女らしく、ドレスを着るところじゃ?
「あの、何故鎧を?」
「グラウバーン家では危険な場所ではありません。殿下の安全は保障致します」
「ああ、いえ…そちらを信用してないとか、身の危険を感じてるとか、そういう事じゃないんです」
「鎧を着るのはアヴェリー様の都合です。申し訳ありません」
「都合?一体何の…」
「お待たせした!すまない!」
鎧を着こんだアヴェリー殿下は…以前会った時のように凛々しい騎士の姿に。
さっきまでとは殆ど別人…顔すら別人の顔に見えて来る。
「さぁ、行こうか」
「…どういう事です?」
「何、気にしないで欲しい。さっきまでの私は、アレだ。偽者だ。寝ぼけてたんだ。意識が朦朧としてたんだ」
「無理がありますよ、アヴェリー様」
「ちゃんと説明しないと。ジュン様、アヴェリー様の本来の姿は先ほどまでの、震えた小動物のような姿こそが本来のアヴェリー様。ですが鎧を着ると、騎士モードに切り替わり強気な性格になるのです」
騎士モード?何ですか、それ…
「私達姉妹が拾われる前の話なので聞いた話に過ぎないのですが…皇帝陛下はアヴェリー様の臆病で人見知りな性格をどうにかしたくて、鍛えに鍛えたのですが…一行に改善される気配が無く」
「それどころか悪化する一方で。娘の惨状を見かねた皇后様がアヴェリー様に暗示をかけたそうです」
「曰く…騎士の姿になったら強くなれるという暗示を」
「へ?」
「御蔭で鎧を着れば引きこもりの困ったちゃんから、民から愛される『龍姫』と呼ばれる強く凛々しい皇女殿下に切り替える事が出来るようになったのですが」
「反動で鎧を脱げば以前よりも臆病で怖がりの引きこもりのヘタレに」
…鎧越しの二重人格者?
鎧の脱着で人格が変わるの?
なにそれ。
「言いたい放題だな、お前達!それにさっきはよくも男の前で全裸にしてくれたな!貸せ!鞭を貸せ!お仕置きしてやる!」
「はい、どうぞ。姉さん、出番ですよ。ドMモードに入ってください」
「アアン♪久しぶりのアヴェリー様のお仕置きぃ♪…ハッ!ダメダメ!此処じゃマズいですよ、アヴェリー様」
「くっ…仕方ない。お仕置きは後だ。覚悟していろよ、お前達!」
「私の分の御仕置は姉さんに譲ります」
「ありがとう♪…じゃなくて!早く行きましょう、ジュン様!」
「あ、考え直す時間を貰えますか?」
もうやだ、この人達…皇女殿下は騎士モードでまともな人に。
お付きのメイドは妹がドSで姉がドM?
いやだ、濃すぎ…濃すぎるメンツ。
ボクのこれからの日常は侵されずに済むのだろうか…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます