第36話 「もう死んでる」
「貴殿がヴィクトル・レフ・アデルフォン殿か。一騎打ちを受けてくれた事、感謝する」
「何、ちょっとした余興だ。なにせこの二ヶ月は退屈極まりない日々だったのでな」
使者が来た日の翌日。
王国軍と帝国軍が睨み合う中、二人は言葉を交わす。
あれから団長達は必死に説得したが殿下は折れず。
結局殿下は一騎打ちを受けてしまった。
今は両軍の間で、共に幾人かの護衛を連れて話している。
第三皇女側は五人。
内、一人は筆頭宮廷魔道士だ。
こちらは四人。
バーラント団長にヒューゴ団長とビッテンフェルト団長。そしてボク。
なんでボクまで?
「いや剣帝だからでしょ?王国の最強戦力が殿下を護らないでどうするのよ」
「ですよね…」
でも、ここは凄く居心地悪いです。
帝国軍から送られて来る憎しみの視線が凄い。
「剣帝か。こうして会えば年相応の娘にしか見えないな。とても私の部下を虐殺した者には見えない」
「それは皇女殿下も同じですよ。とても奇襲で無差別攻撃を仕掛けた残虐な皇女と同一人物とは。今日はワイバーンに乗らなくてよろしいので?」
「貴様!殿下を愚弄するか!」
「止めよ!…剣帝の言に間違いは無い。確かに私はそれをしたのだ。対して剣帝はあくまで戦場で戦っただけ。恨み言を言うのは筋違いであった。許されよ」
ふうん…やはりこの皇女は悪人というわけじゃなさそう。本当にあの時の奇襲は彼女にとって不本意なんだろうな。
だからといって許される話ではないが。
「奇襲?……ああ、サンメルドを襲った飛竜騎士団を率いていたのは貴殿という話だったな」
「…その通りだ」
「ふん…ならば女とて容赦はいらんな」
「元より女を捨てた身だ。容赦など不要。ではそろそろ始めよう、ヴィクトル殿」
「その前に一つ聞きたい。護帝はどうした?来てるんだろう?」
「…想像にお任せする」
「そうか。では想像しよう。死んだのか?」
「…黙秘する」
殿下の言葉に皇女の顔が曇る。
後ろの護衛も若干苦々しい顔に。
思ったより正直な人達だな。
「(確定的…ね)」
「(そうみたいねぇ。これで殿下が負けたとしても和平交渉には持ち込めそうねぇ)」
帝国から王国軍が撤退。
休戦期間を設けたとしても帝国には最初ほどの力は無い。更に護帝が居ないとなれば…王国の優勢は覆らない。
帝国も終戦を望む声が大きくなるだろう。
「(それは帝国もわかってるんでしょうね。だから殿下の命は保障した)」
「(一騎打ちとはいえ殿下の命を奪ったなら…和平交渉どころじゃないからな)」
「(勿論、一騎打ちには勝ちたいんでしょうけど)」
一時的にでも王国軍を追い出してからの方が和平交渉は有利になる。少なくとも帝都を陥落された後よりは好条件で。
「(つまりはこの一騎打ち…受けない方が王国の利にはなるんだけど。そりゃ勝てば悪い条件じゃないし、負けてもさしたる損害も無いけどさぁ)」
「ブツブツ煩いぞ、ニューゲイト。そろそろ始めようか、皇女…いや、アヴェリー殿」
「うむ。ルールは負けを認めさせるか、戦闘不能にするか。但し私はそちらの命を奪わない。それで宜しいか?」
「ふん。それだと私が侮られているようで好かんな。私の命を奪うつもりで来るか、互いに命は奪わないに変更して貰おう」
「…では互いに命を奪うのは無し、それでよいか?」
「…つまらぬが、良いだろう。ああ、勿論他の者は手出し無用だぞ?」
「無論。では始めよう。お前達、下がれ」
「お前達も下がれ」
両殿下から双方の護衛が下がり、二人が武器を構える。
「アデルフォン王国第一王子ヴィクトル・レフ・アデルフォン!」
「ファーブルネス帝国第三皇女アヴェリー・アーデルハイト・ファーブルネス!いざ!」
「参る!」
二人が名乗りを挙げ、一騎打ちが始まる。
ヴィクトル殿下は大剣。アヴェリーは長槍だ。
腕前は…今の所は互角に見える。
「殿下の腕前って実際のとこどうなんです?王家の中じゃ武闘派だとは聞いてますが」
「そうねぇ…仮にクリスちゃんとこに入ったら部隊長になれるくらい?」
「…そうだな。多少贔屓目に見て、それくらいか」
「対してアヴェリーちゃんは…ラティスから見てどう?」
「…悪くは無いわ。でもウチの部隊長を任せられるかは…微妙なとこね」
団長達の評価は若干ヴィクトル殿下の優勢か。
「フハハハハ!思ったよりはやるでは無いか!だがその程度なのか!?まさかワイバーンに乗らねば実力を発揮出来ないとでもぬかすか!」
「くっ!舐めるな!喰らえ!陽炎突き!」
陽炎突き…確か「槍術LV5」で使えるスキル。
槍の切っ先が陽炎のようにブレて見えづらくなるスキルだ。
回避の難しいスキルだが殿下は難なく躱す。
「ふん!その程度ではな!」
「ならば!この魔槍の力を見よ!」
アヴェリーの魔槍から…強力な魔力が発せられる。
これは…氷の精霊が宿っているのか?
「顕現せよ!氷聖霊グラキエイス!!」
アヴェリーの背後に巨大な氷の騎士のような姿をした者が現れる。
アレは聖霊か。聖霊が宿った魔槍…国宝級じゃないか。
「我が槍は帝国の至宝!氷槍グラキエイス!本来であれば剣帝を倒す為に用意したのだが…この力で勝たせてもらうぞ!」
「ほう…氷槍グラキエイス…面白い!ならば見せてやろう!我が大剣の力を!出て来い!イフリータ!」
殿下の持つ大剣からも強力な魔力が。
今度は…火の精霊か?
「私の剣は王家の秘宝!炎剣イフリータ!炎の聖霊が宿った剣だ!」
「くっ…よもやそちらも聖霊が宿った魔剣だとは…だが負けぬ!」
殿下の背後には炎の身体を持つ女性が。
こちらは火聖霊イフリータ…殿下の大剣も国宝級だったか。
「団長達は殿下の大剣が魔剣だって知ってたんですか?」
「一応ね。私は陛下が使ってるのを見た事があるし」
「あたしは知らなかったわぁ。まさかあんな凄いの持って来てるなんて」
「陛下が持たせたのだろうな。アレがあるから殿下も強気だったのか…やれやれ」
アレが無かったら一騎打ちは受けなかったかもしれない、か。
いや、殿下の性格からして、それでも受けただろうな。
「武器は互角…ですよね?」
「そうね。火と氷と相性は最悪だけど」
「普通なら槍と剣では剣が不利だが…殿下の武器は大剣だし、体格差で殿下が勝ってる。射程距離の不利は相殺だな」
「となると…後は純粋な腕の差と時の運…かしらね」
ボクの見立てでは…腕前もほぼ互角。
なら後はヒューゴ団長の言うように時の運と…LV差かな。
「殿下のLVはご存知ですか?」
「王家はステータスは秘匿してるからねぇ…あたしは知らないわ」
「私もよ」
「私もだ。だがウチの部隊長に近いLVだろう。40前後と見た」
「あたしも同意見。ついでにアヴェリーちゃんもそのくらいじゃない?」
という事は…本当に互角か。
年齢的には殿下が一回り以上違うんだが。
……おやぁ?
「何だか殿下が押してきてますね」
「そうね…何でかしら?」
「…気持ちで差がつき始めたようだな」
気持ちで?どういう…あ。
「う、うぅ…私は負けない…負けられないのにっ」
「どうした!一騎打ちの最中に泣き言か!それでも皇族か!」
アヴェリーの眼には薄っすらと涙が。
最初に会った時のような強気な姿はもうない。
「…ああ見えて、実は戦いに向かない性格の娘なのかもねぇ、アヴェリーちゃんは」
「殿下と同じで皇族の中でも武闘派って話だったけど?」
「それは周りが無理矢理そうしただけなのかもしれないな。私も彼女は戦いを好まない人物に見えて来たよ」
しかし、状況はそれを許さない。
腕は互角、でも気持ちで負けたら…
「これで…終わりだ!」
「う!くあっ!」
殿下の上段からの一撃でアヴェリーは槍を飛ばされた。決着だ。
「……敗北宣言をしてもらおうか」
「う、うぅ…御父様、御母様、兄様、姉様…ごめんなさい…私は…」
終わった、か。
これでこの砦は王国軍の物。
そして戦争も…
「ふん。些か拍子抜けだが…これでこの戦争は……かはぁっ!?」
「…え?」
「「「なっ!」」」
で、殿下が…矢で射たれた!?何処から…帝国の砦か!?
「かっ…ちち、う…」
「で、殿下!ヒューゴ!早く回復魔法を!」
「…ダメ。もう死んでる」
「ば、馬鹿な!」
ヴィクトル殿下が…死んだ?そんな…こんなにあっけなく?
「…アヴェリー・アーデルハイト・ファーブルネス!それが帝国のやり方か!」
「ち、違う!て、帝国は…こんな…私は知らない!」
「もはや言い訳無用!王国軍!帝国の卑怯者どもを蹴散らせ!」
ビッテンフェルト団長の号令で王国軍が突撃を開始する。
…此処に居るのは拙い、な。
だが…
「ア、アヴェリー様をお守りしろ!何人も…ぐあ!」
「あぁ!フェデリック!」
「…こうなった以上、貴女を逃がすわけにはいかない。捕虜になってもらう」
「う…」
アヴェリーには色々聞かなければ。
殿下が死んだ今…終戦は遠退いた。遠退いてしまった。
これから…どうなるんだろう…
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