第32話 「お前に先陣を切ってもらいたい」

 大森林の魔獣討伐、街道の整備が完了した日の翌日。

遂に帝国の砦を攻め落とす為、進軍が始まる。


 意外…でもないのかもしれないけど魔獣討伐や街道整備の間、帝国軍は特に行動を起こさなかった。監視や偵察は行っていたようだが、攻撃を仕掛ける事は無かった。


「恐らく、戦力を減らすのを嫌ったのでしょうね。砦で籠城して戦った方が有利なのだし」


 というティータさんの意見にボクも同意だ。

そして、ある噂が王国軍の中で流れていた。


「本当にこの戦いに勝てば…戦争は終わるのかな?」


「だと良いな…本当に」


「可能性はあるわ。あの砦と南の城塞都市を落とせば帝国の東部はほぼ王国の手中に落ちたも同然。そこで和平交渉を持ち掛ければ帝国は敗北を受け入れ和平は成立。戦争は終結する…と、いいわね」


 此処から南の戦場では父上が居る。

あちらも大きな戦いになる筈…父上の事だから大丈夫だと思うけど、どうか御無事で。


「魔獣は…襲って来ないねぇ」


「ま、殆ど狩りつくしたしね。それより私は王国軍が森を通ってる間に、帝国軍が森に火を点けないか心配だよ」


「それは無いわよ。帝国南部の荒廃化が進んでいる以上、緑豊かなこの森を焼き払うなんて出来ない。そんな事したら民からの批判も大きいし、軍内部からの反発も出る。やりたくても出来ないわよ」


「だといいけどね」


 そのダイナさんの心配は杞憂に終わり。

森を抜けるまで帝国軍の攻撃は何も無かった。


 そして今は、帝国軍の砦が見える距離…凡そ3km離れた位置で王国軍は陣地を構築中だ。


「結構…近くない?」


「遮る物が何も無いしよく見えるけど…これ、近づいたら一方的に攻撃され放題じゃない?」


「そこは指揮官次第だけど…ヴィクトル殿下だものね。全軍一斉突撃!とかいきなり言いそうで怖いわね」


「ハハハ…普通にありそうで笑えなーい」


 前回も大森林を焼き払うなんて作戦を実行しようとしたし、決して無くはないな。それに…


「奴隷兵…どのくらい生き残れるかな」


「…殿下も、多分奴隷兵を前面に出すだろうしね」


「団長達とのやり取りを見る限り、殿下も悪い人ではないんだろうけど…そこら辺は無慈悲というか…」


「…それは殿下に限らず、全ての指揮官がそうすべき事、当たり前の事なのよ。まさか奴隷兵より騎士団を先に突撃させて消耗させるわけにはいかないのだから」


 それはその通りで。

反論の余地は無い…でも、せめてあの子だけでも護ってあげたい。


「アイシス」


「ルクレツィア副長?何か?」


「ヴィクトル殿下がお呼びよ。貴女に任せたい事があると」


「私に?」


 何だろう…先陣を切れ、とかかな。

いや、流石にボク一人で突撃しろなんて命令はしないか。


「お前に先陣を切ってもらいたい」


「……」


 絶句した。

各団長や部隊長が集まって会議をしてる天幕に入って挨拶もそこそこに殿下に言われた言葉が、これだ。


 まさか本当にそんな事を言い出すとは…そこまでボクを…いや、剣帝を評価してるという事か?

まぁ…今のボクなら本気出せばあの砦を破壊するくらいなら出来なくも…


「どうした?」


「どうしたじゃないわよ、殿下。それじゃ流石にアイシスちゃんも困惑するわよ」


「せっかちにも程があります。もう少し言葉を足してやってください」


「そうか?ふむ…アイシス、お前は魔法も得意だったな?」


「…はい。それなりに使えると自負してます」


「うむ。そこでお前が使える魔法で最大距離でかつ最大威力の魔法を敵の砦に撃ち込んで欲しい。それを開戦を告げる一撃としたい」


 …つまり距離と威力がほどほどに伴った魔法を打ち込め、と。そういう事か。


「可能ならその一撃で砦を破壊しても構わんぞ?だが、恐らくはそれは叶うまいがな」


「…というと?」


「先刻、黒天騎士団から情報が入った。あの砦には『護帝』がいるそうだ」


「! あの…」


 ファーブルネス帝国に存在する『帝』に至った唯一の存在。

三十年以上に渡り帝国を護り続けた帝国の盾。

「盾術LV10」を持つセドリック・サザーランド。

帝国の重鎮、皇帝の側近中の側近だ。


「セドリック・サザーランド…『護帝』の他に『帝国の守護神』とも謳われる帝国きっての名将だ。奴が出て来たら剣帝のお前に任せる事になるだろう…出て来たらな」


「護帝は守る事に特化した能力。彼の指揮官として得意とする戦術も防衛戦。恐らくは彼が砦の外に出て戦う事は無いでしょう。だからこそ厄介極まりない」


 殿下の言葉を補足したのはタッカー侯爵。

あのカルメンさんの父親で軍務系貴族とは思えない程に穏やかな容姿。


「…それで、こちらはどういう作戦を?」


「…持久戦だ。腹立たしいがな」


「王国軍は先ず、砦を包囲。敵の補給路を断つわ」


「今、密かに我々から見て砦を挟んで反対側に部隊をまわしてる。敵にバレないように大周りでね」


 兵糧攻め、か。

確かに有効ではあるし、それが最も犠牲が少なく済む…ようには思うけど。

敵に時間を与えるという事でもある。それにそれくらいは敵も想定してる筈。

何より短気な殿下がよく持久戦なんて作戦を認めたもんだ。


「…お前の言いたい事はわかる。私が持久戦なんて作戦を選んだのが意外だと言いたいのだろう?」


「…失礼ながら、その通りです」


「ふん。私自身、そう思うがな。戦において最も重要なのは勝つ事だ。そして次に重要なのが如何に少ない犠牲で高い戦果をあげるか、だ。私が指揮官である以上、その為になら主義くらい曲げてやる。…多少はな」


 へぇ…ちょっと意外。

父上の評価じゃ視野が狭いって話だったけど、思ったよりはまともそうだ。

そうでなきゃ次期国王なんて言われない、か?


「だが攻撃を一切しないわけではない。包囲網を作ろうとしてると悟られるわけにはいかんし、可能なら砦の外へ引きずりだしたいし、帝国の出方も確認したい。その為にも一度帝国軍とぶつかる。その開戦の一撃をお前の任せたい。やってくれるか?」


「承りました。全力を尽くします」


 それから二時間後。

太陽が真上に来た時、殿下の声が響く。


「全ての準備は整った!全軍進め!」


「「「「オオオオオオオオ!!」」」」


 殿下の号令と騎士達の雄叫び。

帝国に止めの一撃を刺す為の戦が、始まった。

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